そして命が輝いたから

矢田川いつき

プロローグ

終わりの色と、始まりの気配





 これは、「死」から始まる「生」をえがいた物語。





 ずっと、そこは真っ暗だった。





 灯火すらも見えず、ただただ罪悪感に苛まれ続けていた。





 そんな暗闇に満ちていた日々に、そっと光を灯してくれた君のことを、






 今でも鮮明に、覚えているよ。









 *****









 私は、絶望していた。



 冷気を宿した雨が、暗い空からひっきりなしに顔を打ってくる。それだけならまだしも、季節外れの北風が容赦なく私の皮膚を撫で、無慈悲に身体を突き抜けていった。



 まぁ、そんなことはどうだっていい。



 私は視線を前へと向ける。



 今の私の心の温度に比べれば、むしろ暖かいくらいだ。



 そう心の中でつぶやき、上へと続く坂道を登る。


 皮肉とも事実ともつかないような心中とは裏腹に、我が身は馬鹿正直に震えていた。そんな自分にイラつきつつも、グレーから黒に色を変えたコンクリートの上を一歩一歩踏み締めて歩く。はぁーっと吐き出した息が、音もなく暗闇に溶けていった。


 ふと、私は歩みを止めた。


 なだらかな坂を延々と登ってきたが、どうやら一区切りのようだった

 前には、片側一車線の道路が山の傾斜に沿って左に傾いている。時間帯的に車通りはほとんどなく、降りしきる雨音だけが響いていた。


 なんで、私はこんなところにいるんだろう。


 全身ずぶ濡れで、お気に入りだったバックも雨でふやけて、しばらく手入れを怠った髪からは水滴が滴り落ちている。今さらな気もしたが、なぜかそう思わずにはいられなかった。


 すると、冷気を帯びた山風が雨音とともに再び夜の闇を駆け抜けた。


 それに押されるように、私は止めていた歩をもう一度進める。


 機械的に、無意識に、無感動に。


 バシャッ。


 突然、路肩に溜まった水が、目の前で大きく波打った。思わず一歩身を引く。

 そのまま視線を左にやると、車の赤いテールランプが遠ざかっていくのが見えた。



 ――この場所はスピードを出す車が多いから、渡るときは気を付けなさいね。



 いつか聞いた懐かしい声が、脳裏に響いた。



 ――大丈夫! わかってるってばー。



 満面の笑みで、その時の私は頷く。心配そうにしながらもどこか柔らかな微笑みが、幼い私の、引かれた右手の先にあった。



 うっ……



 あまりの眩しさに、私は反射的に目を細めた。ハイビームにした車のライトが、その数秒の間に目の前を横切って行った。光が去った後には、もう昔の面影は残っていなかった。


 私は黙ったまま、赤い光を引いて走り去る車の後ろ姿を見送る。


「ふう……」


 さっき引いた一歩を、私は進めた。泥だらけになった白い靴の中に、じんわりと冷たい水が染みていく。




 ――信号が青になったら、まず右を見て。




 一点の光もない闇の中、私は顔を右に向ける。




 ――車が来ないことを確認してね。




 視線の先には、先ほどと変わらない闇が続いている。




 ――今度は左よ。




 夜の帳の中、小さな光がゆっくりと近づいてくる。




 ――最後にもう一度、右を見て。




 さっきまではなかった光の線が、一際速く暗闇を舞った。




 ――大丈夫なら、手を挙げて渡りましょう。




 私は、小さく祈りながら歩き始めた。



 そう、一歩ずつ。



 着実に……。





 でも、その祈りは届かなかった。


 すぐ目の前をひとつの光が横切ったかと思うと、ものすごい速さで大きく蛇行しながら小さくなっていく。



 光の色は、白から赤、そしてゆらゆらと揺らめく橙色へ。


 なにもない黒色の中で、その移り変わりがやけにゆっくりと、私の網膜に焼き付いていった。

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