第7話 約束

 彼女に医療魔法を教えるにあたり、とてもよい教材があった。

 他でもない彼女の息子だ。ものもろくに言えない子供の体調は彼女の最大の関心事で、いつも心配している。初歩の課題をこなしたあとは、彼の状態をさぐることで深めていくようにした。予想通り、おどろくべき集中力で、彼女は医療魔法の初歩を身につけていった。

「ありがとう。とても不安だったの」

 愛した夫の忘れ形見。自らの分身、そしてなにより可愛いらしい子供である。実際、なかなか男前になりそうだ。

 魔法だけで病気はなおるのではなく、栄養や衛生が重要であるということもきっちり教える。併用がもっともよい。

 それにしても少々困るのは、彼女がひどくエロティックに見えることだ。俺にとってオグウェンはこっちの世界で一番古いなじみであり、無力を目の当たりにした人であり、そういう思いで見たことはなかった。だが、墓前で憂いをたたえていた彼女には心をわしづかみにされるものがあったし、子供をいくつくしむその表情は見た事のないものだった。出産を経て体つきも変わっているし、フェロモンも結構でている。関係をおかしくしないためにはかなり努力が必要だった。おかげで隊長に教わったことの習熟が進む。

「連絡をとったら是非習いたいって、あさってにはくるわ。もう一人連れて行っていいかって」

 医療魔法を教える心当たり、のことである。

「合計三人ならちょうどいいくらいかな」

 助かった。未亡人の色気にくらくらしてる状態脱出だ。

「ところで、どんな人がくるの? 」

「きれいなひとよ」

 まて。

「女の人なのか」

「そうよ、いわなかったわね」

 兵士でもないのにあの鬼猿を返り討ちにしたと聞いたからマッチョな男性を勝手に想像していた。

「てことは連れてくるのは? 」

「そっちは男の子らしい。下心でついてくるんだとちょっと先行き心配よね」

 同感です。なぜか丁寧語でそう思う。俺もわき上がる下心の制御で大変。

「そういう方面の衝動も医療魔法で制御できるから、そういう学びをしてほしいかな。さすがに手ずから教えるのははばかられるので、自習あるのみだけど」

 手づから教えられたけど、あれも短期で俺をしあげないといけないと判断したゆえだった。あれで隊長には操をたてている人がいると確信したことがある。さすがに立ち入り過ぎで詮索は控えたけれど。その証拠といえるのかわからないが、彼女はまったく乱れなかった。最後の最後に少し顔をしかめるようにしただけである。平然としてちゃんと感じていたようだ。

 そしてこの人も操は俺じゃない人にある。お互いの人生を、そこには彼女の旦那さんとの思い出もふくめて持ち合う覚悟があるなら、変えるもともできるかもしれないが、軽々しくできる覚悟ではない。まして自分の欲望に流されてなんて後悔しかないだろう。

 察するところがあったのだろう。オグウェンは少し距離をとった。

「自習しといてね」

 俺は苦笑しかできなかった。

「でないと変な男がよってくるから」

「わかったわ。なにか気をつけることがある? 」

「坊やをいたわるように、自分もいたわってね。誰にも介在されないところなら変な道徳観は無用だよ」

「あなたもそうしてるの? 」

「まあね」

 オグウェンは微笑んだ。

「じゃ、わたしもそうするわ」

 なんとなく俺たちは握手した。失礼だと思ったのでここで診断するのは控えた。

「じゃあ、あと二日。自習だけにしてそろそろそあなたに私の魔法を教えておこうかと思うわ。明日かな」


 あ。


 アサスの魔法を使えることを彼女に打ち明けてなかった。まあ、明日でいいだろう。

 公爵の館に戻ると、コウノが報せをもっていた。

「奴隷の中に医療魔法使いがいたよ」

 おお、いい報せと思ったら違う話がでてきた。

「ただし、まだ初歩を習っただけの徒弟だった。せっかくなので、うちで引き取って君に教えてもらおうと思う。自分の代価を稼いでもらって解放という話になった」

 まってまって、一人増えたのだけど。


 翌日、オグウェンの館で邪鬼を出したり虫をだしたり、的を粉砕するのを見た彼女は素っ頓狂な声あげた。

「なに、あんた結構使えるじゃないの! 」

「殺し合いはまっぴらだから秘密にしてた。師匠はこういう人だ」

 師匠の名前と特徴を言うと、彼女は名前を知っていた。

「うん、理論研究ではそこそこ知られた人よ。面識はないけど論文は何本も読んだわ」

「身なりに無頓着な変人だったけど」

 元気かな。

 今日のオグウェンはフェロモンがかなりおさえられていて、服装も清楚なもの。だいぶ警戒させたかな、とちょっと傷ついたがこちらも邪念がおさえられて助かる。彼女に性的な魅力を感じてるが、その前に彼女は縁があって大事な人だ。友人ではいつづけたい。

「じゃあ、お姉さんがいろいろ見てあげようかな。今からいう魔法を使ってみてね」

 少し人がかわってないかな。

 まあいい。

 その日はさらにいろんなものを開陳することになった。不足についても指摘、ご指導を受け、ついでに叱責も受けた。


「夜明けの花、だ。父からその名をいただいた。旧中心市医学院で医学を学んだ」

 名乗る女性は俺と同じ世界の人物ではなかった。ブルーブラックの瞳がなければエルフと間違うような容姿。ややアジア的な風貌に見事な漆黒の髪、白磁のような肌の持ち主。そしてこの小柄な体でどうやって鬼猿を圧倒したのか。

 その答えは腰につった奇妙な拳銃にあるようだ。後で理論をきいてもさっぱりだったが、映画や小説に出てくるレーザーガンのようなものらしい。だいぶ文明が進んだ世界のようだ。

「トリルといいます。昨年、魔法学院を卒業しました」

 中学生くらいに見える男子は茶色い癖っ毛の育ちの良さそうな少年だった。

「夜明けの花さんは医師だから習う理由はわかるが、トリルくんはなんで医療魔法なんて学ぼうとおもったのかな」

「そりゃあもう、花さんといっしょにいたいからです」

 いきなり全開だな。そんな俺の顔をみてその小僧はにやりと笑った。

「いやそれは半分だけですよ。僕は魔法のコレクターなんです。もともとあった元素魔法に加えて妖精世界、アサス、アルトテラ、大密林の各世界の魔法の基礎まで学びました。タオが魔法世界とは知らなかったので、ぜひその魔法を学びたいと」

「初歩なら俺もそれに加えてスモールスカル、ホーンドマウント、火炎世界のものをかじったけど、広くやればいいってものじゃないんじゃないかな」

「聞いたことのない世界ですね」

「ゴブリン、角鬼族、山羊足族といった魔族の故郷だから王国側には使い手がいない」

「それはいずれぜひ学びたいです」

 トリルはにっこり笑った。魔族といったのに忌避感もない。なにいってもくじけそうにない少年だ。

「そんなに魔法をあつめてどうするんだい? 」

「僕がやろうとしていることは、おそらくこの先何十年かもっとかけて進める最初の一歩になると思います。異なる世界の魔法を融合し、整理統合してより洗練された魔法の系統をつくりたいのです」

 とんでもないことを考える。

 この少年が本当にとんでもないことはすぐに分かった。ものすごく頭が回る。理論の理解と組み立ては驚くほどだ。そして医学的知識が医療魔法の効率を高めるということは、医学も当然進んでいる高度文明人の夜明けの花の習得の早さに反映された。少し遅れて参加したタオ人奴隷の少年も一歩先んじて学んでいたオグウェンも彼らのレベルについていけない有様だ。

 おまけにおませな少年は医療魔法の性的な方面の応用に自分で気付いてしまった。

「それで相手の体になんかするのはさすがに倫理にもとるぞ」

 一応警告する。あっけらかんな彼はみんなの聞こえるところで堂々といってくれたのだ。

「そのときは私が物理的に君を悪さのできない体に改造してあげよう」

 夜明けの花が警告する。彼女は手術道具をもっており、外科手術と医療魔法の併用を提唱していた。タオでは添え木と整骨、傷の縫合はやるが現代医学的な施術は考慮してない。授業というより研究会のようになってきた。奴隷だった少年が記録係になり、どんどん新しい知見もたまってくる。

 この奴隷少年も油断ができない。頭のきれや高度な知識はもっていないが、吸収力はそうとうなもので、記録係を引き受けたのも、それによって自らの学びにするためだということはわかっていた。非常によく記録を覚えていて、前の議論のことなどすぐ思い出してくれるのだ。

 これらの状況はコウノ経由で公爵に報告があがっていたらしく、研究会に幾分の予算がついた。その予算を使って難病の患者のところを訪問し、花の知識と診断結果をもとにカンファレンスを開いた。たとえば結石の治療ではこんな感じだ。

「みんな診断でわかったと思うけど、これは体内に石状のものができていろいろ障りがでている状態だ」

「それと取り出せばいいわけですね」

「アルトテラの位置交換呪文で外に出してはどうでしょう」

「この小さい上にいびつな石を正確に交換できるのですか? 」

「ああ、無理そうです」

「ごいうことは砕くのもむずかしいですね」

「オールドスカルの硬度操作はどうかな。ゴブリンがトンネルほったり補強するのに使う地味な魔法なんだが、指定したポイントの硬度の上限を制限することができる。一応、初歩で使える呪文だ」

「それと蠕動の刺激を組み合わせれば穏便に排出できそうですね。呪文を教えてください」

 こんな感じで結石排出の複合呪文が産まれたりするわけだ。

 トリルが大喜びで複合のための式を考え、みなに診断させながら花が実演してみせる。この呪文は即座に記録された。

 気の毒なのはこの面々に囲まれ触られ、意味不明の議論の中心で置いてけぼりの患者であったろう。最後に楽になるので感謝はされるのだが、もうごめんだという顔はする。

 治療のほうはそんな感じでやや残念な感もあるのだが、患者訪問の旅そのものはいい気晴らしになった。王国は魔族の国ほど都会的ではなくどこもかしこも田舎ののどかさがあり、古く美しいものが残っている。合理的に更新していくあちらの国にはないよさだ、中にはもう二度と作れないような見事なものもある。そして料理は素朴だが世代をへて積み重ねられた工夫でなんともいえない美味なものばかり。召還者にあんな扱いをする国とは思えない。

 と、いっても農作業など見てるとあまり生産性のあがるようなやりかたはしていない。料理ほど身がはいらないのだろうか。魔族の国で使っているものより明らかに時代遅れの感のある道具、農法。そして農事に大事な暦は主要作物の種まきや刈入れのタイミングしか書いていない。おまけに少しずれている。泊めてもらった農家で数年分見せてもらったのだが、ひどいずれかたをしている年もあった。聞いてみるとやはり凶作の年であったらしい。

「気付きましたか」

 暦を見て眉間に皺をよせていると、奴隷少年が声をかけてきた。彼の本名は舌をかむような発音なので文字に起こすのがむずかしい。花さんこと夜明けの花だけはちゃんとよんでいた。理論家と記録者、この二人は最近は博士と助手のような関係になりつつある。

「君も気付いてたのか。俺は自分の世界では無学なほうなんだが、こういうのは難しいものなのかい? 」

「難しいですね。この国の天文観測はタオのより大分いいかげんです。うちの農園主は自分で暦を作っていましたよ」

「難しいのに? 」

「あの人も召還者で、元の世界では趣味で天体観測をしてたらしいです。望遠鏡というのを自作して何年かかけて作り方を研究したそうです。よくできてて農園で暦のずれで凶作になることはなくなりました」

 それはすごい。

「他の農園でも使おうってことにならなかったの? 」

 少なくともいま、世話になってる農家では使ってない。

「王国天文方に禁止されました。道具は没収して破壊、暦は全部焼却です。暦を普及させることはできなくなりました」

 なんというか、即戦力の召還者をつぎこみながら王国が劣勢だったのもわかる気がする。

 その農園主とは別の患者への旅先でであった。

 なんということはない、俺の主人だった農園主だった。無事だったのか。少し老けようだ。彼の農園の奴隷はあいかわらず血色良く働いている。

 患者はその奴隷の一人だった。借金奴隷で自由だったころの不摂生で肝臓がひどいことになっていたようだ。花が診断した病名ははじめてきくものだったので俺の世界ではまだ他の病気と判別されてないものなのだろう。かなり高度な魔法施術が組み立てられ、二日かけて治癒をした。奴隷少年が診断のポイントと呪文を記録した。

 農園主は奴隷少年を見てうれしそうだった。

「お前を手放した甲斐がある。また面倒な病気が出たらよんでいいか」

 どうやら風邪程度の対処はもともとやらせてたらしい。暦の件で王国を信用していなかったので、公にはしなかったが、公爵の手のものには見つかって大きな目で見て手放す決断をしたらしい。

「まだまだ学ぶことはありますが、一人前になって自由になったら喜んで」

「それでよい。今は公爵閣下のもとにいるように」

 ちょっと含みがあるな。と思ったが、詮索はしないことにした。王都をほぼ失って王室の権威は下がり、王家の血筋である公爵が一番の有力者となっているが、そのせいでいろいろな噂がとびかっていることは知っていた。農園主は公爵に期待しつつ、暗殺の危険を危惧していたのだろう。

 奴隷の一人が俺の顔をじっと見ていた。知ってる顔だ。別に仲はよくも悪くもなかった。十九世紀くらいの文明の世界からの召還者で、あちらでは機関車のかまたきをやっていたらしい。

 その後、彼とはものかげで少し話をした。

「医療魔法の先生様か。なあ、どうやったらあんたみたいになれるんだ」

「魔族の国で年季奉公しつつ向いたものを習うといい。おかげで剣も魔法も身につけた」

「ほお、ありがとよ」

 屈強だが馬鹿ではない男だ。なんとかするだろう。

 別の患者のところでは、懐かしい出会いもあった。

 美しい湖畔に建つ頑丈な倉庫二棟をそなえた三階建ての館。そこに住まうのは湖畔の薬草畑を領主から借りている領主の親族の女。あのとき回復魔法の実験のために性的にも虐待されていた少年をつれさった女魔法使いだった。すでに四年近くたっているが、妖婉さはますますましている。

 そして患者は十二、三になったあの少年だった。

「わたしの薬でだいぶよくはなったんだけど、どうもそれだけじゃだめでさ」

 少年は俺のことは覚えていなかった。それはそうだろう。虐待していた三人以外の、見てみぬふりの一人だったし、彼が育ったように俺も大分かわっている。 

 少女かとみまごう美少年にそだった彼は、今は魔法使いの助手になっていた。魔法もいくつか教わっているし、医療魔法の見地でいえばおおまかすぎる解毒魔法なども習得していた。何より勉強していたのが薬草の知識である。

 少年と話があったのはちょっと意外なことにトリルだった。このふてぶてしい天才は少年が議論となると鋭く切り込んでくるのを気に入って、論破したりさらに議論を発展させたりして楽しそうにしていた。俺や奴隷少年などは時々おきざりになるのを少年はきっちりついていく。こんな賢い子とは思わなかった。彼の師匠が手放さない理由はその容姿だけではないようだ。

 花が一カ所、俺が二カ所の問題を発見し、少年が薬草との併用を提案してきた。薬効成分と体への影響、そういう今までにない議論になる。少年、トリルをはさんで花、魔法使いが主に議論し、俺が使えそうな術や体内操作のコツを提供する。奴隷少年はよどみなく筆を走らせていた。

 ようやく治療方針がかたまった。まず、施術で問題のもっとも大きな物を処置する。それだけではいずれもとにもどるので、かなり複雑なレシピでつくった薬を服用しつつ、本人に医療魔法の初歩と呪文を一つ教える。毎日これを実行する。状況を毎月コウノ付で知らせる。そんな感じだ。

「旅ができるほどよくなったら、医療魔法をちゃんとならいたいです」

 別れ際、少年は俺にそういった。

 もしかしたらそのころにはもういないかもしれない。それは言えなかった。

 さて、これらの治療出張には幼い子爵の後見、つまり母親であるオグウェンはついてきていない。

 さすがにそんなに長い間子供と領地から目ははなせないのでこれはやむをえない。その分の補習は俺の仕事になっている。そうだよな、俺がみんなに教えていることになってるものな。

 そのオグウェンはもともと友人である夜明けの花と熱心に話し込んでいることが多い。テラスで女性二人話し込んでるのを見かけたのがオグウェンが何やら恥じらっていたりするあたり、恋の話かなんかだろうか。たぶん旦那さんとの甘い思い出だろう。別の時には二人して深刻な顔で話をしていた。女同士、どんな話をしてるのか興味はないわけではないが、たぶん聞かないほうがいい話だと思う。召還されるまえの高校生だったころに女子たちの話を偶然耳にして怖いと思ったことがある。

 テラスの二人は俺に気付いた。花がにやっと笑って手をふり、オグウェンがなぜか表情を失っているのが気になっているが、言葉をかわさないわけにはいかない。

「やあ、補習かい? じゃあ我は帰る事にするからごゆっくり」

「どうせなら話ついでに君がやってくれると楽なんだが」

「だめだめ、先生はそなただ」

 クールなブルーブラックの瞳にこんな茶目っけのある表情ができるとは思わなかった。

 先生らしいところは少しだけで、最近は花の医学知識に俺のノウハウにトリルの天才の鼎立で一歩引いて地味だが奴隷少年の記録と記憶というチームワークが主になっている。教える立場、という意味ではかなり立場がない。

「すごく遠慮してるようだが、彼女はそなたに運命を感じている。受け入れてやってくれ」

 通りすがりにそういって夜明けの花は去って行った。何をいっているのだろう。

 とまどいながらいつも補習に使っている部屋に入ると、オグウェンがお茶をいれているところだった。

「さっき花ちゃんからきいたけど、あなたもきいてる? 」

「えっと、何を? 」

「公爵様の指示で、医療魔法を教える学校を開設するそうよ。魔法協会がしぶしぶ承認済、費用は公爵と協会の折半。病院併設で、王国中から集めた難病患者をみながら実学を教えるらしいの。花ちゃんが教授確定。記録係の子も解放の代償に教授助手に就任確定、トリル君は就任しないけど、軌道にのるまでお手伝い。手がたりないからわたしにも初歩を教える講師やってくれと話がきたわ」

 俺だけ何もきいてないぞ。

「あなたは魔族の国に返すかどうかまだ決めてないそうよ。選べるとしたらどうしたい? 」

「魔族の国の北のほうの島に大学があるんだ。まずそこにいきたい」

「大学。自治権のある学問を目的とした組織ね」

「そこでいろいろな魔法や魔法以外のものを学んでみたい。そのあとどうするかはわからないけど」

「いいわね」

 オグウェンはにっこり笑った。彼女は地味な風貌だが、こんな風に笑うと花がほころんだように華やかになるんだな。俺より年長なのに、十代の少女のように見える。

「私はここで息子が成人するまで夫の残した物をまもることになるわ」

「いやいややるわけじゃないんだろ? 」

「ええ、夫も息子もとても大事な人。後悔なんてありえない。でも、その後は話が別」

 彼女は俺の手をとった。

「ねえ、もしそのときにお互い生きて再会できたら、あなたの旅に私もついていっていいかしら」

 どきりとした。

「いやかしら? 」

 そこで未亡人のフェロモンを全開にしてくるのは卑怯だと思う。

「その頃にはおたがいいい年だと思うけど」

「かまわないわ」

「旦那さんのことは忘れてしまうのかい? 」

「まさか。夫の事も、あなたのことも全部わたしがひきうけること。あなたは何も背負わなくていいわ」

 なんて男前な発言だ。これでびびったらあれだぞ。それに、俺自身はどう思ってる?

「わかった。生きて再びあおう」

「ありがとう」

 彼女は俺を抱きしめた。くらくらする。しかも、医療魔法で俺の体にそっと干渉してやがる。こちらもお返しをしてしまった。

「医療魔法って便利ね」

 オグウェンはくすくす笑った。

「これは遠い未来にむけての約束」

 俺たちは口づけをかわした。 

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