第6話 誘拐と再会

 どうやら、年限付き休戦が成立するという噂が流れてきた。今回の大攻勢で両国ともかなりのダメージを受けたため、十年の年限をきって休戦し、そのあとはその間に決めるという事になるらしい。当然、最終占領ラインがお互いの線引きになるため、王都の一部とこの魔法陣がこちらの範囲になる。その前に魔法陣だけでも奪回したいと思っているようだが、十分な戦力を抽出できていないため、都度撃退されるという結果になっているようだ。

 しかし、休戦になれば俺も動員解除してもらえるだろうし、そうすればやっと大学にも行ける。少しだけ希望が見えてきた。

 とはいえ、そうなると魔族側に取り残される村の連中が騒ぎだす。

「なあ、先生。わしらどうなるんじゃ? 」

 聞かれても答えようがない。

「魔族は平等主義だから、今より悪くはならないと思いますよ」

 そんなごまかししか言えない。

「悪くないって、先生や大先生の回診もなくならないのかのう」

「そればかりはちょっと」

「なあ、休戦になってもここに残ってくださらんか」

 無言で答えるしかなかった。どうにもならないことだ。

「そうかぁ」

 村の老人が残念そうにいった直後何かが俺の頭の上に広がった。

 くそ、また投網だ。からめとられて随行の警邏兵に助けを求めようと思ったとき、聞き覚えのある軽く力強い音が響いた。

「銃? 」

 三人のパトロール兵はどんな攻撃をされたかわからないままに朱にまみれて倒れた。

「ご協力、感謝します」

 王国兵、とはちょっと違う服装の男たち四人が現れた。手には見慣れないが突撃銃とおぼしき銃があり、たぶんボディアーマーってやつだろうなって分厚いベストとヘルメットをかぶっている。なにより驚いたのはピックアップトラックによく似た車が静かに進みでたことだ。たぶん電動だろう。その荷台にはロケットランチャーなどが積み込まれている。

 網でぐるぐるにされた俺はそのうちの二人に荷台にほうりこまれた。あちこち当たっていたい。

「どうするつもりだ」

「医療魔法使いのあんたに用があるんだとさ」

 リーダーがそういう。ロケットランチャー、迫撃砲、ここで思い当たった。あの都市の門を破壊したのはこいつらだ。迫撃砲弾や、ランチャーの弾頭はもっとあった痕跡がある。

 彼らは本陣の背後に侵入した。まだ少し距離があるので察知されていないようだ。

「今回は迫一発ぶちこむだけにする。十分混乱するだろう。なるべく魔法で片付けろ。銃は使うな。だが、命の危険のあるときは遠慮しなくていい。反対から二個小隊突入するまで混乱を長引かせろ。そして突入を支援しろ」

 リーダーが残り二人に指示。一人は迫撃砲を発射後、トラックを運転して脱出する段取りらしい。

 迫撃砲が下ろされた。俺は手も足も出ず、間違って踏まれても悲鳴しかでなかった。

「おっとすまんね先生。あんたも大事な荷物なのに」

 にやにやしながら言うなよ。

 三人が匍匐前進を開始した。運転手は合図をまっているようだ。

 とりあえずこの状態で使えるのはアサスの邪鬼召還くらいだ。まずは虫型を出して荷台、運転席を確かめる。使い方がわかる武器は二つ。まきびしと手榴弾だ。手榴弾の作りは地球のものと同じであったので、彼らは似た世界からきたのだろう。

 かなりへってはいるが、これらの武器はこの世界では反則に近い。彼らはこれがある限り、強気だでいられるのだろう。だから出し惜しみもしてるのだと思う。今回やっとでてきたのも、王国にかなりの条件をつきつけて飲ませるのに手間取ったというところか。

 心配なのは本陣にいる同僚たち。攻撃魔法もちはいないし、彼らはこちらの世界の魔法を学んで使えるようだ。隊長なら触れれば相手を無力化できるが、連中は飛び道具を得意としている。

 せめて動揺をさそって作戦を失敗させなければ、容赦なく殺されるだろう。隊長は殺してもしなないかもしれないが、院長ほかはどう考えても心配しかない。

 なら、危険だがやるしかないか。

 ぽんっといい音がして迫撃砲が放たれた。

 炸裂音と悲鳴を背景に発射した運転手は大急ぎで積み込めるよう解体にかかるが、やはり少し手こずっている。その間に俺は段取りを決めた。邪鬼を出してまずまきびしを回収する。俺の体の影にそれを隠して邪鬼を一度消す。手榴弾も同様にする。

「よっこいしょ」

 運転手が砲身を放り込む。ぶつかりそうになるのをみてごめんよ、と彼はいう。そして少しして今度は砲座を乱暴におしこみ、運転席に乗り込んだ。この隙に邪鬼を出し、まきびしを持たせる。発車する前に死角から車の前に走り込ませ、グリッドにつかまらせた。

 あとはスピードのるのを待つだけ。基地のほうでは爆発音が聞こえる。気にはなるが、今はできることをやるのみ。

 運転手が気分よくアクセルを踏み込んだところで片方の車輪の前にまきびしをありったけ投擲。邪鬼を消す。車はつんのめって後尾を天にたてた。重火器の数々とともに俺は放り出される。空中で邪鬼を出し直し、自分と地面の間に入れる。おかげで深刻なダメージは受けずにすんだ。がその邪鬼はだめになったので再度召還。これが打ち止めだがこいつにはグレネードのピンをぬいてあさってのほうに投げさせる。

 爆発音は本陣の三人に届いただろうか。

「くそ」

 はい出してきた運転手が呪いの言葉を吐いた。

 だが、さっきの手榴弾の爆発であきらかに不安になっているようだ。トラックが完全にひっくり返っている事、重機材を回収するのは無理らしいことを察すると、銃の弾倉をありったけ集め、手榴弾も集め、どこからだしたか大きなかばんにつめて担いだ。

 そして俺をちらっと見る。つれてけないなら射殺とか考えないでほしいと都合のいいことを考えていたら、彼はなんと俺も反対の肩に担いで驚くべき速度で走り始めたのである。

 十分離れたところで赤く塗った手榴弾を出してピンをぬき、見事なコントロールで散った重火器の上に。炎が地面をなめる。焼夷手榴弾というやつだ。

 背後で大きな爆発がおきた。


「すまん。なにか見落としたらしい。パンクして横転した」

 どこかわからない森の中で俺をかついではしった男は残りの三人に謝罪していた。

「これだけは回収したが残りはいくら俺でも無理だ」

「気にすんな。補給できない以上いつかはこうなるはずだったんだ。迫の砲弾は残り二だったし、ランチャーの弾頭は二個だけ。銃弾もフルオートで射撃したらすぐなくなる程度だったしな」

 リーダーは落ち着いたものだ。

「一応、ロケットランチャー二本と弾頭十個は別に隠してあるからやつらが俺たちを警戒する理由はまだ残ってる。むしろ、やつらの被害妄想につきあう理由もなくなるってものだ」

「作戦は失敗しちまいましたけどね」

「突入班が遅すぎる。おまけにびびって逃げて損害ふやしやがった」

「ふーむ。いろいろ考えられるが、まずはこの先生届けて半分成功ってことにしようか」


 いきなり奴隷生活だったので、王国の町をきちんと見るのは初めてだった。魔族の都市にくらべるとのどかでいかにも田舎町だが、その分落ち着いてすごせそうで好感が持てる。奴隷の連れ込みも禁止とかでこの国のもっとも悲惨な人生も見ずにすむ。

 ここは王国第二の都市、黒竜公爵赤薔薇公の都。今、王家はここに仮住まいしているし、当然だが王国魔法学会もここに下宿している。学会の本部建物は王都の外壁のすぐ内側だったので、魔族に占領されたばかりか建物も半壊してしまったのこれはやむを得ない。

 黒竜公爵は王家の親族であり、最大の勢力を誇る家柄であり、そして今では宰相の地位にあり、王家より影響力があるといわれる家となっている。

 あの四人組は、王家からは魔法陣の奪回を、公爵家からは俺の誘拐を依頼されていたらしい。なのに公爵には直にあっていなくて、公爵家の従士であるコウノという男の管理下にある。

 名前と容姿から俺と同じ世界の同じ国の人間に見えるが、実際は数百年前の召還者の子孫らしい。

 王国のほうでは医療魔法使いに興味があり、一人捕獲したいと思っていたらしい。基本、戦線後方にいるので難しく、一度一人捕らえたがそうと気付いた時には脱出された後だった。たぶん隊長のことだろう。

 魔法陣近辺の村に残して行った諜報員から、間抜けそうな男の医療魔法使いの情報を入手した公爵は俺の誘拐を計画したらしい。その結果、俺はいまここにいるというわけだ。

「いやまて医療魔法使いが王国にいてもおかしくないと思うけどね」

 コウノからその話を聞いたときの俺の反応である。

「なぜだ」

「医療魔法は魔法世界タオの魔法だ。タオからの召還者の全部ではないにしろ、心得ている人が少しはいたはずだ。魔族の国で俺は少なくとも二人のタオ人の医療魔法使いを知っている。二人がどういう経緯で魔族側にいるのかは聞けなかったが、あの魔法陣から出てきたのは間違いない」

「しかし、実際いない」

「医療魔法は戦闘に向かないから、死んでなければ奴隷になってるんじゃないかな」

「さがしてみよう」

 見つかったという報せはない。俺に知らせる必要も特にないからだろう。保険なのか、王国魔法学会から派遣された若い魔法使い二人に医療魔法を教えさせられている。

 あまり態度のよくない二人で、俺のことを小馬鹿にしているのは間違いないし、医療魔法を覚える気も全然ない。説明しているのに大あくびをしているので、簡単な課題一つ与えて放置している。真面目に取り組めば、医療魔法の重要な理解につながる課題だ。

 同じ課題をコウノに与えたところ、彼は二日でものにした。くそまじめな男である。最近は剣の稽古につきあうようになった。彼の練習を興味をもってみていたらやってみるかと誘われたのだ。

「おもしろいな。召還者の剣術だと思うが、こんなコンビネーションはみたことがない」

 俺の剣は複数の流派がわりとうまくまざっているので彼はおもしろがった。

 稽古に打ち身などはつきものである。課題をこなしたコウノに少し治療イメージをあたえると、打ち身擦り傷、ちょっとしたねんざくらいは治せるようになった。

「あの二人もできるようになったかね」

「いや、最初の課題さえまともにやらずに自分たちの魔導書を読んでるよ」

 コウノが舌打ちした。

「あんな頭でっかちより、回復師の若いのでもよこしてくれ。習わせるなら、価値を見いだせるやつのほうがいい」

「検討しよう」

 しかし、あの二人は相変わらずでやる気のない俺は散歩に出て自己鍛錬しながらぶらぶらすることが多かった。鍛錬は二種類。自分の体をモニタして不具合を治したり、魔法で操作を行ったりする医療魔法の訓練。そして虫型を出して偵察するアサスの魔法の訓練である。

 その虫型に気になる人がけが映った。

 場所は墓地、ベールのご婦人が墓前に花を備え憂いをひめた表情でたたずんでいるのだが、その横顔に見覚えがあった。

「オグウェン」

 彼女は駆け付けた俺を見ていぶかしげな顔をした。あれから少し変わったし、今は王国魔法協会制定の火球魔法使いのローブ姿なのでわからないらしい。

「おひさしぶりです。もう三年くらいになりますね」

「あ」

 ようやく気付いたようだ。こんな笑顔をできるのかという笑顔になって俺の手を取る。

「驚いたわ。立派になって」

 彼女に接触したので簡単に診断をする。心因性のものだろう。疲労がたまっている。肝臓がくたびれぎみなので酒量が多いと知れた。少し血流を整えてやる。これで少しだけすっきりするだろう。

「あら」

 彼女は目を丸くした。何かされたことに気付いたらしい。

「今は俺も魔法使いです。出身世界のものではないですが、医療魔法を使います。お疲れのようなので、ちょっとだけ血の巡りをよくしました」

 本当は彼女の出身世界の魔法も使えるが、これは万一のため秘密だ。

「ありがとう。わかっちゃうのね」

 それからベンチを見つけて並んで座り、あれからの消息を語り合った。

 オグウェンはあの時の戦闘で負傷し、養生している間に同じく養生中だった王国の軍人と知り合い、一年ほど交際して結婚したのだという。

「責任感が強く、勇敢だったけど戦争には向かない人だったわ」

 のろけもきかされた。猫の額のような領地を持つ貴族で、一度妻を迎えたものの死別、オグウェンとは再婚だという。

 その旦那さんは先ほど彼女が献花した墓の下にいるという。

「魔王討伐の強襲作戦に参加を命じられて帰ってこなかった」

 まて、それって俺の住んでた都市をめちゃくちゃにしてくれたあれか。

「魔王なんていませんよ。魔族の国は共和制で議長がいるだけです。おまけにあの町は魔族第三の都市ですが首都ではなかった」

「なぜ知ってるの? 」

「住んでました。あの時は仕事でずっと北の大学に出張してて難をのがれましたが、帰ったら友人知人が大勢死んでいたり住むところがなくなっていたり」

 そこで俺はあの日魔族の国に連行されたこと、年季奉公で教師をしていたこと、医療魔法を学んだこと、大攻勢をかけるにあたって脅迫されて救護班として従軍されたことを語った。

「いいカモとおもわれたのか、閣下の指示でさらわれて今日ここにいるという次第です」

「そうなんだ」

 彼女は唇を噛む。夫の死がどういうものか、複雑な思いなのだろう。

「それで、君はこれからどうするの? 」

「どうするもこうするも、僕は閣下のとらわれ人ですよ。医療魔法を教えるって仕事が終わるまで自由はありません。といっても休戦発効しましたし、何人か仕上げたところで帰国をお願いしたいものです」

「あちらにいってしまうんだ」

「王国には、あんまりいい思い出がありませんから」

 殺されかけたり、奴隷にされたり、誘拐されたり。

「だったら、こっちにいる間にわたしにも医療魔法を教えてくれない? 休戦がまもられるなら、わたしの魔法は雑用にちょっと便利って程度でしかないから。もしそんな魔法でよければ教えるわよ」

 もうある程度使えます、という話は今はまだしないほうがいいだろう。

「わかりました。俺の責任をもってる公爵家の従士に相談してみます」

 連絡先を交換して俺たちはわかれた。

「子爵夫人か」

 コウノはオグウェンのことを知っていた。

「協会の特別上級会員で、ご子息が長ずるまでの後見ゆえ軍務からはもうはずれたお人、うむ。問題はないと思う。あの二人よりは有望だ」

 最近はあの二人は姿も見せない。協会のほうで何か勝手なことを言ってるような気もするが、少なくともこちらからもコウノ経由で報告はあげている。

「他にもその気のある者がいれば教えますよ」

「それはかまわないが、教えるのは協会所属の者に限ってくれないか」

「何か問題が? 」

「王国において魔法使いは協会の管理になければならない、ということになっているのだ」

 面倒くさい話だ。

「会員になるには? 」

「会員の紹介と金貨五枚、それに階級に応じた年会費」

 俺は公爵家の紹介ということで入会し、年会費ももってもらってるらしい。公爵自身の会費にくらべれば産毛のようなおまけだという。それでもそこらの市民にはなかなかのハードルの高さだ。

「協会はもうかってしょうがないですね」

「魔法学院は授業料無償だ。試験さえ通れば誰でも通える。そういうとこに還元しているよ」

 それでも巨額の収入があるに違いない。その行く先はお釈迦様でもご存知あるまい。

「そういうわけで、誰か協会員で興味もちそうなの知らないかい? 」

 数日後、子爵家の屋敷でオグウェンと面会した俺はそうきいてみた。彼女は一つほどの自分の子供をあやしながら首をかしげた。

「召還者なら、一人いるな。技術の進んだ世界の医者よ。たまたま自分の世界の武器をもって召還されたせいで試練を生き残った人。こっちにきて回復魔法を覚えて今では協会員だから問題はないと思うわ」

 武器というと銃であろうか。ハサンのように自動銃をもっていれば生き残れるかもしれない。

「声だけでもかけておいて」

「わかったわ」

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