第5話 駐屯

 焼け落ちた家や倒壊した家、無事なようだが戸や窓の抜けた家の多く並ぶ市中を俺たちは行進していた。占領された王国の小都市で半年前くらい前に一ヶ月ほどの攻城戦を経て陥落したそうだ。

 町の住人は戻ってきていたが、ぼろぼろの格好で壊れた我が家に古い軍用テントやむしろで作った仮住まいからこちらをうかがっている。

「すぐ戻る」

 隊長が不意に隊列を離れた。見ると路地の奥で許しを乞う若い娘の前でズボンをがちゃがちゃやってるホブゴブリンの兵士の背中が見えた。

 気になるので邪鬼の応用で虫の使い魔を放つ。視覚と聴覚を共有し、なりゆきを見るつもりだ。まずいことになったら駆けつけなければ。

 隊長は兵士の肩をぽんと叩いた。その瞬間、ふくれあがったその股間がしぼむ。彼女は本当に達人だ。びっくりする兵士は隊長の顔と階級章を見て目を丸くする。

「やめとけ、やつらは不衛生だ。病気になるぞ」

「そ、それもそうですね」

「面倒でも従軍娼館にいけ」

「へい」

 兵士はズボンをあげるとそそくさと立ち去った。隊長は今度はお礼をいう娘の肩をぽんとたたく。

「お主は今日は寝場所にもどって休め。肺の病気でだいぶよわっておる。我が軍が迷惑かけたおわびに治療しておいたが、無理するとまた病気になるぞ」

 びっくりする娘をそのままに隊長は早足で隊列に戻ってきた。

「見てたな」

 鋭すぎる。彼女はいきなり俺に聞いてきた。

「なんのことでしょう」

「あの虫、お主であろう。アサスの魔法か? 医療魔法以外も使えるのだな」

「使えますが、殺すのも殺されるのも嫌なのでどうかご内密に」

「わかった」

 俺がどうしてここにいるか隊長は知るはずもない。しかし何か察しをつけられたと感じた。

「それと、心配してくれてありがとう」

「まだまだ隊長に学ぶことがありますからね」

 医療魔法の内視はかなり上達してきた。隊長のように相手の体を操るなんてとんでもないが、診断はだいぶつくようになってきたし、隊員のちょっとした風邪くらいは魔法を適切に送り込むことで治せるようになってきている。治せる症例、病根もだいぶふえてきた。だがまぁ本場のタオできちんと学んだ上に、想像を絶する現場をふんできた隊長にははるかに及ばない。

 皮肉なことに、治すだけでなく害するほうも実践こそしてないが手数がふえてきた。使う気はない。しかし自衛のため、などの場合はやむをえないかもしれない。

 その都市は通過しただけだった。ぼろぼろになった内城には守備隊の旗がひるがえっていたが、師団を宿泊させる場所がないとのことで、野営することになったのだ。

「町、だいぶひどくやられてましたねぇ」

 整骨院の元院長が隊長と俺の分の食事をもってきてそう言った。

「戦争だからな」

 隊長は仕方ないとは言わなかった。

「あたしもこないだやられた町で開業してたんですが、そりゃあひどいものでした。あそこもたいがいなことになったろうってのは理解できます」

 敵だから仕方ない、と院長は言わなかった。

 戦争だから仕方ない、敵だからひどいめにあうのは自業自得、そんな言い草はそこかしこで師団の兵士たちがささやいていた。

 院長はあの地獄にいたのか。

「隊長、伝令がきました」

 院長といれかわりに今度は妖精伍長が入ってきた。

「通せ」

 半月弓をせおった師団兵がはいってきて敬礼する。隊長と俺も立ち上がって答礼。

「七点鐘より明日よりの行軍について師団本部にて会議です。ご出席お願いいたします」

「心得た」

 伝令は敬礼、答礼を受けてくるっと鮮やかな仕草でかかとを返して退出する。

「元儀仗兵も損だな」

 隊長が腰をおろしながら苦笑する。

「所作がきちんとしてるからこういうときに引っ張りだこだ。ほかの速成兵ではどんな不調法やらかすかわからんからな」

「この師団、兵士のほとんどが速成ですね」

「最初の実戦ではひどいことになるぞ。覚悟をしておけ」

 隊長は時計を見た。

「ちょっと早いがいってくる。本部でしておきたい話もあるし」

「食事は? 」

「帰ってからにする。すまんがハエがたからんようにしてくれ」

 たぶん、戦闘がはじまったら食事もろくにとれなくなるんだろうな。と思いながら俺は防虫ネットを隊長の食事にかけ、自分の食事を済ませた。

 翌日、俺たちの救護班と一個連隊が師団主力とは別のルートで進む事になった。何やら極秘の特別任務らしい。連隊はめいっぱい偽装して森の中、山の端、そういった目立たないところを進む。

 といっても、まるでその行動がばれないわけはない。まず、間道とはいえ道を進んでいるのに土地の人間と全くあわない。警告が放たれ、避けているのは明白だ。いずれどこかで迎撃を受けるだろう。

「たぶん、明日会敵する」

 隊長が地図を広げた。これまですすんできた山間が開けた場所がある。それは沿岸の三角州であり、東に進めば遠く王都が臨める場所だ。

「ここから東新して王都の後方をおびやかすのですか」

「いや、ここをおさえる」

 彼女は三角州の真ん中の緑地らしい地形をさした。

「ここは? 」

「お主も知っておるところだよ。召還の間だ」

 狙いが見えた。召還者の供給を絶つのか。

「連隊はここを占領、防御陣を構築する。王都防衛に集中するべき敵兵力のひきはがしも任務だ。死守は論外。支えきれない敵がきたら撤退することになっている」

「撤退って歩けない負傷者がいたらどうするんですか」

「おいていくしかないから気合いいれてなおせよ」

 それは後で悪夢を見そうだ。死なれるものも出るだろう。俺の内心は読みやすいのか、隊長にぽんと肩をたたかれた。

「そのままだと眠れそうにないな。自分に誘眠をかけてねろよ」

 私もそうする、と隊長はいった、これほど修羅場をくぐった人でも合戦前夜はそうなのか。

 来てほしくもないが翌朝が来た。連隊の空気は緊張につつまれている。偵察らしい兵が小走りに連隊本部にかけこむのを見た。救護所をどこに開店するか、その打ち合わせをかねて隊長も夜明け前からそちらにつめている。

 簡単な朝食をすませたところで隊長が戻ってきた。用意しておいたサンドイッチを勧めると彼女は豪快にぱくつく。

「で、お店はどこに開けば ?」 

「もうすぐラッパがなるからいま四中隊がいるあのでかい木のへんまで進め。だが、開店はしない。次にラッパがなるようなら全軍一気に目的地をめざすから様子をみながら追随するぞ」

 どうやら、敵は迎撃の構えはとっているが見せかけで十分な兵力の集結ができてないらしい。

「応急処置のかばんだけさげとけ、抵抗がほとんどないといってもケガ人はでるからな。ようし移動準備」

 準備自体はできている。荷駄をせおったロバのような駄獣数頭、馬車一台。馬車の屋根には魔法をかけた盾をのせてある。火の玉の魔法が降り注いでも一発くらいは耐えるだろう。

 ラッパがなりひびいた。突撃ラッパだ。

 偵察が見抜いた敵陣の弱点むけて連隊に十頭配置されているトリケラトプスのような魔物が地響きあげて突入していく。ただでさせ分厚い皮膚に鉄板をはりつけて禍々しいことこのうえない。騎乗する魔物使いもおどろおどろしい甲冑をつけて威圧効果をあげている。中の人が本当にこわいかというとそうでもないことを俺は知っている。彼らが魔物たちの面倒をみているところを見かけたから。

 次のラッパがなった。待機していた兵は俺たち救護班もふくめて全員動き出す。

 目の前が開け、壊された逆茂木やふみつぶされた人体が散乱しているのが見える。よく見ると人体ではなくかかしだ。古鍋をかぶせられ、先を斜めに切った枝を手にくくりつけられている。

突進していった魔物が一匹だけのこっているなと思ったら、そちらから大声で呼ばれた。

「救護班! 」

「いくよ」

 行ってみると太ももに矢のささった騎手が座り込んでいる。兜をとったその顔は可憐なエルフの少女のものだ。そして矢は据え付け式の機械弓からうちだされたもので、さしも頑丈な騎手の鎧も打ち抜いたらしい。

「見せろ」

 隊長が彼女の傷口に触れる。そして顔をしかめた。

「おい、手伝え」

 俺を呼ぶ。医療魔法使い二人がかりとはかなり難しい状況のようだ。

「見てみろ」

 若い男性に肌を触れられるとあって、患者は苦悶しつついやいやをする。かわいそうだが、俺は平静をつとめてぐいっと触る。奇麗な肌だな、と邪心が一瞬だけよぎった。

「どうだ。わかるか」

 大動脈をかすめている。運良く大出血になってはいないが、破れれば大変なことになる。そして大腿骨が半分くだけていた。これを整復するのは難しい。

 俺の表情で状況を読み取ったことを理解した隊長はうなずいた。

「合図したら十秒間、ここから先の血流を止めろ。お前の技術ならぎりぎりできるだろう」

 脂汗が浮かぶ思いだ。止血の魔法は医療魔法にも通常の回復魔法にもある。しかしそれは圧迫止血のようなものだ。隊長の要求は大動脈含めて全部の血流をとめろということ。方法は何通りかある、例えば切り離して両面を圧迫し、済んだら素早くくっつける。骨の切れ目はきえないし、後処理が面倒だ。

「血流制御でやれ」

 難しいほうを指定されてしまった。毛細血管を除く全部の血管に一時的に魔力で栓をするやつだ。うっかりすると栓が抜ける。でも、隊長の言う通り片脚十秒ならぎりぎりなんとかできそうだ。

「わかりました」

「おまえたちは患者を固定しておいてくれ」

 兵たちに隊長は指示する。救護班の兵はどうやればいいのかわかっているので、か細い抗議の声を無視して少女の口に舌をかまないようまるめた手ぬぐいをおしこみ、その手足を押さえつける。

「ではやるぞ、三、二、一」

 これ以上ないという集中力で俺はエルフ少女の足の血管を塞いでまわった。動脈など名前の通り動くのだからかなりむずかしい。五秒。悲鳴がすごいな。あと三秒、気が遠くなる。一秒。よし、十秒たった。

「もういいぞ」

 隊長の疲れきった声が聞こえた。顔をあげると、患者は気をうしなっていた。傷口も一応ふさがっている。十秒でこれは神速の手術だ。

「起きろ」

 隊長は失神した患者を魔法で起こした。

「完治には一ヶ月以上かかる。後方に移送することになるだろう。骨は可能なだけ整復したが不十分だ。定期的に医療魔法を受けに行ってくれ。それでも完全に元通りにはならないと思う。足はひきずりぎみになるだろう。診断書は後で部隊にとどける」

「は、はい」

 少女は心なしかおびえているようにも見えた。彼女ののる魔物が心配そうに鳴く。とてもあの猛々しく突っ込む魔物とは思えない。

 添え木を当て、即席の杖をもらって彼女は自分の部隊を追った。

 この日はあと十五人の軽傷者を手当するだけですんだ。隊長と俺の出番はなく、院長と助手と妖精伍長だけですんだ。その間、先ほどの手術についてレクチャーを受ける。理解はできた。が、まだまだ俺の腕ではできそうにない速度の手術だった。

 連隊は召還の間を占領した。守っていた兵も召還師たちも逃げた後で捕虜は数名しかでていない。いや、試練用の鬼猿は彼らが逃げる前に放ってけしかけてきたので全部で三十一匹討伐したのもある。

「こいつが怖くって奴隷になったんだけどなぁ」

 俺と同じ選択をしたらしい人間の兵士がその屍体をつつきながら感慨深げだ。そんな彼がどうして兵士になれたのかというのは魔法兵の徽章でなんとなく察しはつく。

 連隊は陣地構築を開始した。魔法陣を使わせなければいいだけなので、一個大隊をにらみのきく広めの守りやすい地形に布陣、一個大隊を間道との連絡を維持するために拠点を適宜作成しながら配置、残り一個大隊は分割して近辺の村落の占領に向かう。撤退の合図と行動については打ち合わせ済みらしい。救護班は本陣に所属し、俺か隊長が他数名つれて定期的に他を回ることになっている。

 数日は、金槌で指を叩いてしまった、とか風邪を引いた、という兵士くらいしかこない平和な日がつづいた。その間にも遊撃となった大隊の兵たちは情報収集と警戒のために走り回っている。

 巡回も二回ほど出た。とある農村では兵士より村の病人を大勢みたと思う。隊長の方針で、患者に敵味方などつけるなということになっているからだ。避難民たちの面倒を見た時の経験が生きて、妙に評判がいい。前の世界で仕入れた年寄りに関する知識のはしくれもやくにたったと思う。

「年で血の筋が固くなって破裂しやすくなってるからさ、塩辛いものはあんまりたべないようにね。ちょっとならいいけど、とりすぎると血の筋に負担かけるから」

 そういう指導は隊長はしなかったらしい。後でじっくり尋問されることになったが。

 魔法陣のところでも、寄生虫にやられたらしい兵士を診た。そのときに山羊足族とエルフの魔法使いが魔法陣の下にもぐってなにかやっているのを見かけた。

 診察と処置を終え、何をやってるのか興味をもったので見せてもらうと、この魔法陣は実は何層にもなっていて、その一部を修理しているのだという。

「修理って、召還できてたじゃないですか」

「人間族か、彼らの基準でそう判断できる者だけをね」

 どうやらあの大学でも偉い先生らしい山羊足族の博士が眼鏡のような魔法具をかけなおしながら答えてくれた。

「そうなるように壊されていたと? 」

「正確には手を加えていたということだね。離れたところに鬼猿に食われた被害者の亡骸を捨てた穴を見つけたが、全部人間の骨だった。王国の連中、同類にもひどいことをする」

「即戦力が欲しかったみたいですね。俺は無理だったから奴隷を選びましたが」

「その君は、今や救護班の大事な戦力じゃないか。落命した者だっていろんな可能性があったろうに」

 あの日、頭を割られたふたりの高校生のことを思い出す。あいつらだって本当は怖かったと思う。そして何にしろ俺なんかより優れたところがあったかもしれない。

 試練を越えた即戦力三人だって行方不明、戦死と二人消えている。二年前にあと一人、アサスの魔法使いオグウェンには再会したが、あのときの戦闘でどうなったのかわからない。どんな形でも生き延びるのが大事と言った彼女は無事なのだろうか。

「これ、なおしたらどうなるんです? 」

 よい質問だ、と博士はご満悦。語りたかったらしい。

「この魔法陣は本来、何もしなくてもそういう人物を拾ったら出現させる場所だった。王国が生まれる前には世話係がいて最低限の装備と金と情報を渡していたそうだ。その状態をゆがめたので、儀式が必要になったんじゃよ」

 では、ゴブリンや角鬼なんかの召還者はどうなったと思う? と学生にでもきくように博士は尋ねる。もう完全にフィールドワークの教授と大学生だ。

「そのまま死んでしまうか、でてこれなくってどこかに詰まっているか? 」

 そうじゃ、と博士は嬉しそう。エルフの魔法使いがため息をついてこっちを見ている。俺のせいなんだろうか。

「では、どっちが難しいと思う? 」

「呼ぶ時点で選んでおくほう、かな? 」

「正解じゃ」

 博士大喜び。

「手を加えられた術式を調べてみると、出てこれず詰まってる可能性が高い。で、明日その結論がでるというわけじゃ」

「結論? 」

「明日には修繕が終わり、自然召還が再開する。もし詰まってるなら一斉に出てくるぞ。人数の予測がつかんほどたくさん」

 是非、見に来てくれ。博士は俺の手を握って熱っぽくそういった。

「何が起こるか本当にわからないから、こないほうがいいよ」

 エルフのほうが帰り際にぼそっとそうささやいた。俺としても同感だ。後で人づてにきけばいいだろう。

 翌日、魔法陣のほうが一日中さわがしかったが、俺は淡々と仕事をこなしていた。様子を見に行った隊長と院長が無言で帰ってきたが、俺は何もきかなかった。さらにその翌日には、ぞろぞろと間道のほうへと歩いて行くオーク、人鬼、ゴブリン、トロールなどの隊列を見かけた。

「四千人くらい出たそうだ」

 隊長がぼそっと言った。さすがにあふれただろう。

「そのわりにはケガ人とか来ませんでしたね」

「そりゃ、のこのこ見学にいった医療魔法使いと回復魔法使いがいたからな」

 そのあと、知ってたら言えと頭を叩かれた。

 それから四日ほどたって、また巡回で魔法陣によると、召還者に案内係を仰せつかったらしいエルフの将校が説明をしているのに出くわした。エルフでも男前のほうなので、たぶんいきなりおっかない顔のトロールより印象がいいとかそんな理由で選ばれたのだろう。

「お、いいところに」

 博士二人組は俺を見かけると、その召還者のところに連れて行った。

 召還者は人間だった。三十手前くらいの男性で疲れた顔をしている。見慣れない服装なので、俺の世界ではないようだ。とはいえ、同族らしい俺を見て明らかに安心している。

「まず、健康状態を見てやってくれ」

「人使い荒いですね」

「君んとこの隊長にいいつけるよ」

 どうも俺が彼女を生け贄に差し出したことになっているらしい。四千人全部でないにしろ軽傷ふくめて結構な人数だったはずだ。

「ちょっと触りますよ。リラックスしててください」

 聞かなかったことにして召還者の肩に触れる。

「少し肝臓にきてますね。腎臓も機能低下してる。全体に疲労物質が多い。肩こりもひどい。デスクワークと飲み屋の往復のような生活をしてませんか? 」

「わかるのか」

「ここにはいろんな魔法があります。俺が使うのは医療魔法です。いま、循環にちょっと刺激をいれたので睡眠をきちんととればかなり楽になるはずです。腎臓と肝臓は生活改善と通院で長期的に施術しないと回復しません」

「すごいな」

 男は目を丸くしている。たぶん、別世界にも社畜と呼べる人たちはいるんだな。

「この人はどうせなら人間の国に行きたいそうだ」

 エルフ博士がここで説明を始めた。

「そっちの彼はやめとけという。どうしてやめとけといわれるのか、ちゃんと説明できてない」

 顔だけで選んだらそうなるよね。

「あなたは何か戦う技術をもってますか? 」

「十年前だが、兵役で二年軍にいたよ。一応格闘術は二段だ」

「それで普通の人の三倍のすばやさと力を持ち、こん棒をふりまわす生き物に勝てますか」

「いや、それはさすがに」

「ここはいま魔族側がおさえていますが、王国がおさえていたころは召還された人間でそれに勝てる人間は戦力として歓迎され、戦うことを拒んだ人間は奴隷に、そして戦って勝てなかった人間は死んでその化け物のえさにされていたんです」

「本当かね。じゃ、君はその勝った? 」

「いいえ、無理とわかりきっていたので奴隷になりました。いろいろあっていまは魔族側で救護班をやっています」

「奴隷」

「あなたが王国に保護を求めた場合、同じように使えるかどうか試されるかもしれません。そういう仕事してた人たち、逃げ帰りましたし」

「ちょっと、ちょっとだけ考えさせてくれ」

 男は混乱してる頭を整理しようとしていた。

「そうですか。では、ご縁があればまたあいましょう」

 エルフの将校がにこにこ会釈してくる。いいけど今の説得、ちゃんと覚えてくれた? 

「ありがとう。彼もこれからは苦労しないと思うよ。たぶん」

 博士二人に礼をいわれたが、あんまりうれしくもない。彼らはこれから大学に戻るらしい。魔法陣のスケッチや王国の手を加えた内容、いろいろ資料をかばんにつめこんでいる。

「たぶんそろそろ何かあるよ。君も早くこんなとこは離れて大学にきなさい」

 行きたいのはやまやまだが、そうはさせてくれないだろう。

 博士たちはほくほくした顔で連絡の荷駄隊とともに間道を戻って行った。

 駐屯を開始してそろそろ二ヶ月。王国軍は偵察をちょろちょと派遣するだけで手をだしてこない。

 王都のほうでは一進一退の攻防がつづいているそうだ。両軍、被害甚大。

「あっちにいってればお主の腕もそうとうあがっておったのにのう」

 隊長は残念そうに言うがまっぴらだ。一度風車の歯車に挟まれた村人を治療したが、かなりひどかった。あれが毎日のように来るとか勘弁してほしい。

 主戦線がひどい状態で膠着している間、配置転換の話が来てしまった。

 連隊はそのまま駐屯するが、俺たち救護班は交代員がくるのを待って主戦線に異動せよというのだ。交代員は志望者を育成した速成の医療魔法使い一人と、回復魔法使い二人だけらしい。

 ところが、何やら雰囲気が変わってきた。膠着した主戦線では休戦状態で噂では両軍の現地指揮官が話し合いの場をもっているそうだ。王都は外壁をうしなったものの内壁で攻撃をしのぎきっており、制圧地域の住人は疎開。どちらも譲らないとすればあまり楽しい状況ではないだろう。

 連隊のほうにも散発的な攻撃が来るようになった。小競り合いのようなもので、小隊規模の王国軍が巡回部隊に襲撃をかけたのだ。最初の一回のときは俺と整骨院助手、妖精、応急手当兵数名で野戦病院の出張を行った。足首を失って捕虜にされた敵兵と、ついたときには事切れていた人鬼の兵士、そして矢傷の兵士多数を診た。矢傷は回復魔法使いの二人で十分であったが、事切れた兵士と捕虜は俺が診た。

「あんた、人間なのになんで化け物たちと一緒なんだ」

 捕虜は立場もわきまえず俺に侮蔑の目を向けてきた。

「医療魔法使いとして言わせてもらえば、あんたのいう化け物たちは人間と何ら変わらないよ」

「そんなわけあるか」

「興奮すると傷にひびくぞ」

 足首の麻酔を少し弱めてやると、捕虜は顔をしかめて黙り込んだ。この兵士は召還者ではなく普通の王国民らしい。

 召還者についてどの程度知ってるかと思って少し探ってみたら、まるでなにも知らないことが判明した。まあ、知ってればここまで無邪気なことは言えないわな。

 それから数回、襲撃があってその度に少数ながら戦死者や重傷者が出た。交代の話はいつのまにかなかったことになり、俺たちは主戦線ほどではないがそれなりに忙しくなった。

「まあ、まだまだゆるいもんだけどね」

 隊長はそんなことを言う。そういいながら俺たちの仕事はしっかり見ていて、問題がある場合はとめてレクチャーを入れてくれる。レクチャーといっても患者に不安をあたえないよう、それでもいいけどそれよりこうしたほうがいいという感じだ。まるっきり間違ってた時などは俺も院長も助手も妖精も脂汗ながしながら作り笑いを浮かべていた。

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