第4話 出征

 都市が見えてきた。まず、目にはいったのがどうやら再建されたらしい門前町である。元の土台の上に廃材の寄せ集めで作られている。強度の問題で平屋だけ。そしてそれが仮設住宅であった。

 足りるわけがないので、軍の放出した古いテントでテント村も作ってある。

 もともと門前町はこういうときのために解体して材料にできる約束になってたらしい。そのかわり門前宿などは免税となっている。裕福な門前承認は巻き込まれそうにない場所に別荘、別宅をもっていて営業に用のない財産を避難させてあるそうだ。

 そして門は、これはどんな力が働いたのか、真っ二つになって片方が完全に崩壊していた。

「門で粘れると思ったんだが、あっさり突入されたらしい」

 軍から割当を聞いて、移動してきた人たちを割り振りしながら上司は門を見た。

「噂では、あれをやったやつはわしらの王をさがしておったらしい。王制じゃないんだけどねぇ」

 おまけにここは首都でもない。でも首都といっておかしくないほど大きな都市だ。

「そのとんでもない敵って、結局どうなったんですか? 」

「数の不利を悟って撤退さ。またきたらたまったもんじゃない」

 割当の仕事は終わった。どうしても狭い不便な思いをさせるしかない。俺と上司は小さなテントを一緒に使うことにした。

「明日から早速現場だとさ。まずは登記と所有者の確認だ。あ、君の年季についてはちゃんと数にいれてくれるらしい。終わる前には自由だよ」

「助かります」

 見慣れた町が変わり果てた姿になっているのはきついものがあった。戦闘の激しかった区域では建物が崩れ、木材などは燃え尽きている。屍体がごろごろしていたそうだが、そちらは軍のほうで仮埋葬したそうだ。遺品はひとまとめにして箱にしまい、墓地にふった番号とわかっていれば名前を記入してある。こちらは別の人の仕事。

 俺と上司は住所の確認と、再建の相談だ。調査予定区画を告知し、住んでいた人を募る。現地で地図をもとに区画を確認、更地になっている場合は杭をうって確定し台帳に記入する。所有者がいない区画は壊れていれば更地にして一年市役所で保管の後、競売に付すらしい。その間に所有者か、その相続人であることを証明できる者が現れるのを待つ。

 この仕事のおかげでだいぶいろいろ消息がわかった。師匠は無事。師匠の家もドアがこわされた他の被害はない。本人、ちゃっかり家に戻ってドアの修理をしていたので、お互いの無事を喜び合う。

 ドアがこわされているのは、残党が潜伏していないか軍が確認したせいらしい。俺の部屋も無事だったが、ドアがはずれていて金目のものが消えていた。魔法で封印しておいた書庫が無傷だったので本当にこそ泥の仕業らしい。

 人が続々戻ってくると、仮設住宅が足りなくなるので、家が使える人は帰宅するよう指示される。

 上司の家は跡形もなかったので彼だけテント生活を続け、俺は部屋に戻った。といっても当分やることは同じだ。

 この市街戦で軍は千五百人の死傷者を、民間人は二千人を越える犠牲者を出した。そして町の半分の建物がこわれた。大変な痛手だ。対して敵の遺棄死体とわかるものはたったの五十ほどだったそうだ。

 かなり近代的な社会ではあるが、魔族もまだまだ福祉国家とはいえない。壊れた家の修繕、再建は自費である。廃材で作った掘っ立て小屋がいくつも廃墟に並び、できる者は元の商売を再開していた。大工も手がまわらないので、これは資金だけの問題ではない。資材もそんなにない。優先されたのは城門の修繕だった。

 不足しているものはそれだけではない。なにより食料が不足していた。あっても高騰して買えない人が多い。篤志家が炊き出しをやってくれてなんとか生き延びている人が多い。俺もだが。

 区画の確認がようやく終わろうというころ、おおむね一ヶ月ほどたってからだが、軍から出頭命令がきた。

 軍属でもないし、何事だと思ったが、呼び出しにきたのは上司である。仕方なくついていく。

「医療魔術が使えるから、目をつけられたらしい」

 すまなそうに彼は小声で教えてくれた。

「なんでわかったんです」

「港の避難所、軍基地に近かったろう」

 病気の治療をやったのを見られたのか。

「従軍なんていやですよ」

「非常事態だ。たぶん断れないよ」

 この戦争に一気にかたをつけよ、そんな意見が首都で叫ばれているらしい。

「私も予備役だから動員がかかったら主計として近々召集されるかもしれない」

 もういい年なのに、と上司はため息をついた。

 俺はエルフの将校に引き渡された。彼はにこりともせず、ついてくるように言って取り調べ室のような部屋に通す。山羊足族の一つ偉い将校がふんぞりかえってまっている。その前の椅子に座るよううながすと、エルフの将校は山羊足族のわきにすわってペンを手にとった。

 山羊足族はいわゆる悪魔的な種族である。五芒星だのなんだのは体に刻んでいないが、体臭がきつい。横のエルフはよく顔に出さずにがまんできるものだ。

「すまないね。こんなところに呼び出して」

「いえ、あの、なにか? 」

 上司のおかげで見当はついているが、まずは空っトボけてみる。

「君の履歴は確認したよ。人の国で奴隷であったところを我が軍に救出され、市民見習いとして年季方向中。たまたま学問島に出張している間にたまたまあの攻撃があって難を逃れた。うん、密偵送り込むならこれくらいしないとね」

「密偵ってなんのことですか」

「君、あちらの海賊と接触したそうだね」

「のってる船を襲撃されて撃退に参加しましたが」

 物理的に接触はしたが、その二人は捕虜になったはずだ。

「情報の受け渡しとしては見事だ。犠牲を顧みず怪しまれないよう渡してのけたんだね」

「何いってるんですか」

 山羊足の将校はそこで悪魔的に微笑んだ。似合いすぎて怖い。

「自己紹介がまだだったね。私は魔族軍情報参謀のアカマモン少佐だ。特技は変身」

 山羊足将校はぼんと赤毛のセクシーな美女に化けた。

「この姿はサービスだ。さて、話を戻そう」

「そんなサービスいりません。気が散ります」

「わかった」

 残念そうに元の姿に戻る。

「話を戻そう。さっきいったような密偵のいれかたや情報の渡し方は、情報の重要度によっては我々も同程度のことはやっている。今回の事件について、君の渡せる情報がどの程度の重要性かは不明だが、疑いを完全に拭うことはできない」

「やってません、としか言えませんよ」

「うむ、実は私も君は違うと思っている。だが私の上や同僚たちを納得させるのはむずかしい。君は何度でもこういう取り調べに呼び出されるだろう」

 いやそうな顔を見て、彼はまたにたりと笑う。

「君、医療魔法が使えるそうだね」

 うわ、ここでそう来るか。

 要するに監視を受けながら従軍せよということ。期間は一年。年季は当然途中であけるし、給料も技能職なりに出る。断ったら首都に身柄を送って二年くらい徹底的に調べる。どっちがいいという選択だった。

 正直、どっちも心の健康に悪い。だったら期間の短いほうがまだいいだろう。

 えげつない。

 無駄かも知れないが、釘をさしておこう。

「監視されながらってことは当然。後方ですよね? 最前線とかだったら機をうかがって敵陣逃げ込んでしまうかもしれないし」

「それは私がきめることじゃないな。配属部隊の人事主計が責任を負って決める事だ」

 えげつない。


 槍、短刀、焼き固めたレーションの包み三日分とおおぶりの水筒、飯ごう、寝袋、着替え、雑貨セットそれに簡易兜と急所だけまもる甲冑、全部あわせてかなりの重量になるのに、走らさせるとはどういう懲罰だろう。

 新兵訓練キャンプはさまざまな種族の新兵でごったがえしていた。ここで行われることは行軍に耐える基礎体力作り、そして軍規の教育と現場指揮官の期待にそった動きができるように基本的な行動パターンを叩き込む事。それには集団としての動き、抑制のほかに個人としての生存戦術も含まれる。武器だけではなく、魔法対策もあるのが興味深い。深いが、大変すぎてあんまりおもしろがってる余裕はない。

 速成コースなので、期間は二週間ほどだが、時間がないぶん手加減がない。おかげで毎日くたくただ。まだ奴隷だったころのほうが楽だったと思う。

 そして、訓練が終わる日に配属が通知される。野戦救護班配属の辞令がくだった。衛生兵などではない。戦闘に巻き込まれる危険がないわけではないが、少なくとも最前線で手当をしてまわる必要はないようだ。

 指定された集合場所にいくと、同じ医療魔法の使い手でタオから召還されたえらく目力があって怖いくらいの女魔法使いが一人、この世界ではポピュラーな回復魔法の使い手が男女三人、一般兵が十名いた。この兵士たちは全員、包帯添え木などの応急手当の心得があるらしい。年齢は女魔法使いが三十前くらい、回復魔法使いは町で整骨院をやっていたという中年の愛想のよい人間男性、そこで助手をやっていたというオーク鬼のたぶんまだ若い女、そしておどおどしている小妖精の女。兵士はオーク鬼二人、とかげ人一人、エルフ一人、出身世界はわからないが人間二人、ゴブリン一人、角鬼二人、トロール鬼一人。全員若い男性である。

 集合場所の天幕には部隊がもっていくべき物資と装備が集積されつつあった。女魔法使いが整骨院の二人に手伝わせてチェックをしている。

 階級は女魔法使いが隊長で大尉、他は一律新兵で二等兵である。が、医療魔法使いの俺が副官になることがきまっていて、ついで回復魔法使いの三人となる。

 隊長から、俺は二冊、三人は一冊の本を渡された。

「読んでおけ、それを受け取った時点でお前は曹長、お前たちは伍長になる」

 本には下士官心得と、別冊曹長の心得なんてタイトルがはいっている。これはひどい速成だ。

「あさってには移動を開始する。明日、それぞれ座学の講習があるからいってくるように。階級章もそこで配布する。その本を忘れるなよ」

 さすがにそれだけだとあんまりだと思う人がいたらしい。それでもひどい速成には違いない。

「それとお主」

 ぐいっとせまられ動悸が早くなる。なんて目だ、少なくとも彼女との色恋なんぞありそうもない。

「後でお主の習得した医療魔法について確認を行いたい。二時間ほど時間をもらうぞ」

 戦場経験もあるし、速成とはいえ正規の士官養成コースを受けてきていることもあって、彼女はとにかく圧倒的だった。伍長連では整骨院の院長が筆頭のようになり、装備の確認、梱包、輸送分担はだいたい彼がしきってくれた。俺はその間、本をみながらこういうときはどうする、というのを頭の中でなぞり、道理を探り当てることに費やしていた。なんとなくはわかるがとっさにできるかどうかは自信がない。

「ちょっとそれやってみろ」

 隊長が時々、簡単な仕事をふるのを少しおたおたしながらやると、何がよくて何が悪かったかを言われる。一度言われたことを二回やらかすと大きくはないが、迫力ある言葉で叱られる。

 疲れた。


 出発までは基地の大厨房で食事ができる。行軍が始まると、主計がうまく手配していなければ携行食料での食事になる。熟練の炊飯員がつくった料理を楽しんだあと、俺は一人隊長の官舎に呼び出された。

「今からする質問に答えろ。分からないものは分からないでいい」

 どうやら、俺の医療魔法がどの程度使えるか知りたいようだ。

 質問内容は回復魔法ではできない、あるいは効果の薄い症例。それも野戦病院ならではのものから始まった。習った事、独習したこと、次々に引き出されて行く。破傷風の対処は? 毒魔法を受けた場合はどうするか? 助からない兵士の苦痛だけでも和らげるにはどうするか?

 よく知らないことがわかるたびに彼女は手にした書物をめくって付箋をはっていく。どうやらあれは医療魔法のテキストで、ここを読めということなのだろう。

 戦闘、野営の連続での対処についての質問が一段落すると、隊長は酒瓶をだしてきた。

「まあ、飲め。まだあるが、しらふでは聞きづらいかもしれないからな」

 あまり度数の高い酒ではない。食前酒によさそうで胃と頭が暖まる。

 そこからがらっと内容が変わって、性病と避妊と堕胎の話がはじまった。野戦がらみはかなり答えることができたがこっちはさっぱりだ。

「行動中の軍隊は生存に関するストレスが大きいからな。性的トラブルはどうしてもつきものになる」

 淡々と隊長は説明する。

「兵士がやらかした被害者の手当も必要だし、従軍中の女性兵士の懐妊は避けなければならない。自分の性欲の処理の時にも注意が必要だ。医療魔法の心得があれば、自他ともにその対処ができる」

 たぶん、俺は真っ赤になっていたんだろう。隊長は涼しい顔だ。

「私とて女だ。これまでの軍歴ではそういうトラブルもあったし、一時捕虜になって敵兵のなぐさみものにされたこともある」

 淡々とよくいう。

「だがな、被害は女だけとは限らぬのだ。主に女がこうむるというだけで男だって危ないのだぞ」

 軍隊には男色も多いと聞いたことがある。

「だからそのコツを今から教えよう。これは普通習わないことだ。そのあと、実習だ」

「え? 」

「医療魔法使いなら、感情を排してそれくらいできるようにならないとな」

 まって、まって…

「相手の体を掌握することも大事な仕事だ」

 これってもしかしてセクハラじゃないのか?

 この後の事はくわしくはかかない。だが、文字通り俺の体は隊長に掌握され、翻弄された。それは意識的に動かせるものだけなく、生理的な反応までおよぶ。俺の体をあやつりながら、彼女は簡単にレクチャーしてくれた。

「少しでも理解したら、おまえもやってみろ。私の体を掌握してのけろ。それができるようになれば、もっと救える命がふえる」

 隊長の体にはひどい拷問の跡があったことだけは忘れない。

 このレッスンは翌日にも行われた。教えられた感覚を研ぎすますと、少し手応えのようなものがあった。これは子宮だろうか。よくわからないが、何か壊れているようだ。

「そうだ。ようやくお前は私の中にはいれたな」

 いわば行為中であるのに、隊長の声はそんなものをみじんも感じさせない。自分の生理的欲求もともなう反応も何もかも理性の制御の下において、手術でもするように処理してのけているようだ。

「当然だ。私は別におまえに意があるわけではない。欲求不満の解消とレクチャーをかねてやっているだけだ。これくらいできなければ、救える命も救えない。救えないとわかりきっている命を選別することもできない」

 行軍がはじまったらさすがにこのレッスンはできない。だが、非常に敏感な部分で体の奥深くに触れることで最初の手かがりを得ることができるかも知れない。そういうことであったようだ。

「あとは誰かに触れるたびに今の感じを忘れずにその体の中を感じるようにすること。できるようになれば悪いところも見えるし、そうなれば見えない不具合も含めて処置ができるようになる」

 さすがに本場の人のいうことは違う。

 いい思いをした、と見えるのだろうが、異性に夢を捨てきれなかった俺にとってはとてもショックな経験だった。

 行軍が始まった。まずはあの橋頭堡に移動し、そこからどう進軍するかはまだ秘密らしい。ただ、目指す先は王都とは限らないという噂だった。

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