第3話 襲撃
翌朝、一番に俺は港にいき、船便の有無を尋ねた。生憎、少し遠回りして軍の橋頭堡に物資を届けるという武装商船しかないという。じいさんもきていたが、彼はそれを聞いて直行便が見つかるまでここでエールを飲み、海鮮料理を食べてすごす気になったようだ。
俺はそういうわけにはいかない。この武装商船でいけば会議の数日前にはつくが、次を待ったら間に合わない。見通しより一日速く次の便がきても、会議には三日遅刻になるのだ。
魔法が使えると知れると、少し船賃が安くなった。
「そんなことはないと思いますが、もし海賊や敵と交戦になったときは援護ねがいます」
気はすすまないが、乗る船が船だ。しぶしぶ条件を受け入れた。人の王国の海軍は壊滅状態だし、橋頭堡にちょっとよって数時間荷下ろしをして目的地に向かうだけだ。よほど運が悪くないかぎり、巻き込まれることはないだろう。
そういうわけで選択肢はなかった。
「戦闘になるとしたら、海賊に襲われた時か、荷下ろし中に橋頭堡が攻撃されたときだ」
半魚人の船長が俺と同じく臨時護衛をかねた船客にそう説明する。
「橋頭堡の時はとにかく離岸するまで船を守ってくれればいい。近づけないのが一番で、乗り込まれたら排除を手伝ってくれ。この中には人間もいるからいっておくが、あいつら、かまわず殺しにくるぞ。運がよほどよくても奴隷だ」
俺を含めて二人いた人間の乗客はこくりとうなずく。もう一人は痩せてひょろひょろした男で、最近自由になったらしい。こちらに連れてこられる前は奴隷で死にかけていたそうだ。大学のほうへ事務員の仕事につくために移動しているという。その他は衛兵赴任途中という角鬼、学生で大学に戻る途中という町娘の格好のドライアド、その学友だといういっそう小柄なエルフの青年。少々魔法頼りの面が強い。
船員は半魚人が多いがあとは様々である。見張りに上っているのは大きな目をしたゴブリン、ロープを取り扱っているのは太い腕に入れ墨をいれたトロール。彼らは揺れる船の上で怒鳴り声をあげながら忙しくしている。少々荒れ気味で、俺たち乗客組はほぼ全員船室でぐったりしていた。体の作りがまるでちがうドライアドだけが無邪気に喜んでいる。
永遠とも思える時間がすぎ、夜明けの凪に船がおちついたころ。
ごとん、と変な音がした。
デッキに出てみると、今舷側を乗り越えようとしている男と目があった。短い曲刀一本せおっただけであとは腰布一つである。そして、人間だった。ずぶぬれで、ちょと色気のある若い男。
男は俺に見られたと知ると背中の刀をずらっとぬいた。ものも言わずにきりかかってくる。
邪鬼を出し、飛びかからせる。邪鬼を斬りはらったその腕を体当たり気味に両手でおさえる。
そのまま押し出そうかと思ったが、男はなかなかの体幹の持ち主だった。少しおしこんだあとは押し返されそうになる。しかし、相手に接触したなら医療魔法がつかえる。
触れたところから麻痺毒の魔法を送り込み、力の抜けた体を舷側までおしやって落とす、続いて頭を出そうとしていた別の男がその体重を引き受け、びっくりして仲間の体を海に捨てた。その頭に手をおいて再度麻痺。これだけ即効のものはあと五回くらいしか使えない。見れば漁船くらいの船が二隻ひそかに横付けになっていてフック付きロープの先には網がついている。あの二人はこっそりあれをかけて残りの乗り込みを誘導する役だったのだろう。
俺はロープをきろうとしたが弓で狙ってる海賊たちがいることに気付いて頭を引っ込めた。同時にできるだけ大きな声で警告の声をあげた。
大騒ぎになった。
不用意に頭を出した船員が二人ほど倒れるのを見た。それからは激しい矢の応酬になり、狭いデッキで逃げ場の少ない海賊たちが不利になる。彼らは多数の死者を出し、一隻だけほうほうの態で逃げ出した。魔法で追い風を作っているらしく、大変な速度で追う気もおきなかった。
残った一隻は船長の出した曳航員の手におちる。死んだ海賊は金目のものをはがした上で。海に捨てられた。まだ息のあるものも、重傷者はとどめをさされていく。船客のうち人間二人とエルフは目をそむけた。
最初に麻痺させて落とした二人と、士官らしい軽傷者一人が捕虜とされ、二隻がそこを離れた後には十五人の遺体とをそれをむさぼる海の魔物だけが残された。
「よくやってくれた。乗り込まれたら皆殺しになってたかもしれん」
船長は俺にお礼をいってくれた。
その直後に腰がくだけたのはなかなかみっともなかった。笑いがおきたが、あざ笑うものは誰もいなかった。
後で考えると、召還された時のオグウェンのように衝撃の魔法を打ち込んだほうが良かったのじゃないだろうかと思う。今なら俺もあれは使えるし威力も出る。ロープを切るのに使おうとしたくらいだ。
殺すのも殺されるのもまっぴらだ。だから怖い思いをして麻痺で無力化しようとした。おかげで後で腰が抜けるほど怖い思いをした。
もう一回こういうことがあったら、どうなってしまうんだろう。
幸い、強襲はこれ一回きりで、船は橋頭堡の仮設港についた。軍はここから奥地に進軍中らしく、雑然とした仮設倉庫や兵舎、盛り土で作った城壁は静けさにつつまれていた。それでもここが軍の補給拠点であるから警戒は厳重で、荷下ろしの間無用の者の上陸は禁止される。
捕虜と拿捕した船はここで引き渡された、船はたぶん警備船に使われるだろうという。
ここを出航すると、どんどん沖に出て行きまっすぐ島を目指す。ここからは平穏そのものの航海だった。
島はとても奇麗なところだった。明るく、開放的で、そこかしこで議論したり読書する学生たちの姿は平和を謳歌しているようだ。運堰場ではバスケットににた球技に汗をながす同年代にいる。
宿舎は上司に紹介をもらっていたが、船で一緒だったエルフの学生が学生寮の空き部屋を期間内岳借りることができるように口を利いてくれた。珍しいことではないらしい。宿の半分くらいの値段で朝夕の食事が出るのは魅力的だ。
「なあに、寮にも実入りがあるし、ボクもわずかだが紹介料をもらえる。きにしないでいいよ」
エルフの青年は猫目をきらきらさせながらそういった。
「そういうわけで、ごく短期だけど君の歓迎会をしないとね」
宴会の口実にされてしまった。しかし、宴会そのものはとても楽しかった。時々かわされる高度な言葉の応酬、底抜けのバカな言動、今への少しばかりの鬱屈とそれを払い取る未来を信じる若さ。いや、二年の奴隷生活ですっかりやさぐれた俺の気持ちを若返らさせてくれた。いくぶん年相応になったというところだろうか。
学費の心配はあるが、こういう生活も悪くないと思う。考えれば、俺はまだ大学生くらいの年齢なのだ。
会議本番が非常に実りおおいものだったことは間違いない。その夜に写しを見せてもらった議事録ではわりと俺の発言がのっていてちょっと調子に乗りすぎたんじゃないかと心配になる。
会議の期間中にとかげのじいさんがやっと到着したので、約束通り、支障のない範囲で魔法を見せる。その後いくつか質問された。理論的な理解を確かめるもので、俺としては素人に毛がはえたような意見しかいえなくってちょっと恥ずかしかったと思う。それかたじいさんの魔法を見せてもらって解説をもらった。じいさんの魔法は恐ろしく制御されたもので、その理論はとてもとても参考になった。戻ったら師匠にも聞かせたい。
「大学に来る気はないか? 紹介状をかくぞ」
じいさんは顔がきくらしい。またそう誘われた時には、ほぼ、その気になっていた。
返事は保留させてもらって、師匠たちにも相談することにした。
帰るときには、エルフの学生もじいさんも見送りにきてくれた。彼らがどうして俺を気に入ったのかわからない。だけど、それは気にする事じゃないと思った。
今度こそ平穏な航海。あの港町まで直行で戻ってきたとき、にぎやかだった港町がとてもものものしい雰囲気にあるのに驚かされた。軍艦の数も増えている。中にはひどく損傷して修理中の艦もある。大規模な戦闘があったに違いない。
「聞いてないのかね。王国のおそろしく強い召還兵たちが南の都市に攻め込んだんだ」
俺の住んでいた都市じゃないか。
どうなったんだ。思わず教えてくれたコボルトの肩をゆする。彼は犬のような頭をがっくんがっくんさせて苦しんだのでやめて謝罪し、あらためてどうなったのか尋ねた。
「市街地の半分ほどが占領されて二日激戦が続いたらしい。最終的には彼らは撤退していったよ。何人死んだかはいまだわからん」
しばらくは乗り合い馬車もでないらしい。
「くそ、どうやってもどればいいんだ」
自分の部屋、師匠、剣の友人、上司、生徒たちその他のんびりした日常にいた人々。みな無事なのか。
交通が麻痺して物流が滞ったせいでいろいろ値上がりが始まっている。手持ちは予定通り帰って少し残る程度でこころもとなさすぎる。
町の外に都市から避難してきた人たちのキャンプがあるらしい。藁にも縋る思いで見に行くが、着の身着のまま、汚れ放題のひどい姿になっていて知り合いがいるかどうかもわからない。
「先生」
声を書けられた。見ると靴もないひどい有様だったが、間違いなく生徒の一人だ。よろよろと歩み寄るその手を思わずとった。
「君だけか? みんな無事か」
無事とはいえない格好の相手にする質問ではなかったと思う。
生徒は首をふった。思い出したくもないようだった。
手持ちの食べ物を少しあたえ、聞けるだけ聞き出すとこうだった。
最初は誰も危険だとは思っていなかった。数隻の船に分乗した敵艦隊が警戒線を突破したらしいという話で、すぐに撃退されるだろうと思われていた。
ところがその艦隊から下りた数百名の敵は押しとどめられることなく迫ってくる。ようやく避難する者が出始めたときには遅かった。見た事もない大規模な魔法攻撃を受け、町はあっというまに阿鼻叫喚。そこに敵兵がなだれ込んできて動くものがいれば殺して回ったという。逃げ切れない人たちは家に閉じこもって息を殺す以上のことができなくなった。やがて魔族軍が都市に突入、激戦になった。といっても人の王国軍には恐ろしい魔法の使い手がいてその前には軍も犠牲を重ねるばかりであったらしい。
生徒たちは親元を離れての共同生活であったが、そこに爆裂魔法が着弾し、気がつけば彼だけになっていたらしい。他の子たちは瓦礫とともに放り出されたのか、埋もれたのかそれもわからなかったそうだ。味方の兵士が彼をみかけて後方へつれていき。保護、そしてここに移送されて明日には親元に戻る旅券をもらえるそうだ。
もちろん他の人のことなどわからない。
「先生の授業、おもしろかった。またいつか受けたい」
最後に彼はそういってくれた。勉強嫌いにはつまらない授業だろうな、と思っていたので素直にうれしかった。
彼にあえただけでも奇跡だったのだろう。そろそろ自分のほうもなんとかしないといけない。
とりあえず、避難民の名簿を作り、食料の配給などを手配しているという役人を探した。
町役場の待合室を半分しきって臨時事務所を作っているのをようやく見つけたので、おそるおそる声をかけてみる。
角鬼の老人が補助で書類にとりくんでいるし、その向かい側には積まれた物資を盗まれないようみはりながら送り状と照合しているゴブリンがいる。
上司だった。
「君か! 」
お互い驚きの声をあげる。
「そういえば戻ってくる頃合いだったね。いやはや」
ひどく疲れた様子だ。
「僕の家族はいち早く避難させて無事だったんだが、先生方、生徒たちがなかなか避難しなくて大勢まきこまれてしまった」
半分くらいしか事前避難できなかったらしい。俺のような年季奉公組は避難のあてもなかったのもあっただろう。
「そういう俺もいま路頭に迷ってます」
人手がたりないので手伝ってくれないかという話になった。食事をなんとかすること、寝場所はここの隅っこでがまんしてほしいこと、年季のカウントにいれるよう上司がはからってくれることで話はまとまった。
上司がいうには、復興に時間がかかるため生徒のように身をよせることのできる者は送り届け、そうでないものは軍が建設中の仮設住宅にはいって復興事業に従事するのだという。
「じゃあ、俺に選択肢はないですね。その事業も年季にはいりますか」
「かけあっておくよ。たぶん問題はない」
十日ほど俺はそこで上司を手伝った。物資の配分、人の引き渡し、トラブルの仲裁、かなり神経を削られる仕事だった。上司が人格者でなければどうなったことだろう。このトラブル仲裁が何度もあったせいで、俺の邪鬼の制御がかなり上達してしまった。けがをさせないよう取り押さえること、二体同時に操る事。それと、病人がでると医療魔法を使うことになったのでこっちも腕があがる。
あまりやる気のなかった角鬼のじいさんとも最後には打ち解けることができた。詳しくは聞かなかったが、この人もあまり恵まれた人生ではなかったらしい。
送り出しが終わり、避難キャンプの人の三分の一程度減ったところで、仮設住宅ができたという報せがはいり、俺たちは移動することになった。もともとこちらの人であった角鬼じいさんとはお別れである。
「お世話になりました」
上司がその手をにぎるとじいさんは首をふった。
「いやいや、こちらこそもっと力になれればよかったのに」
移動にはこの間だけ予定をあけてもらった軍の輸送車があてられる。馬ではなく、ひとまわりでかい牛のような魔物がひく馬車数台。行きに馬車で一緒だったエルフの女将が餞別に弁当を出してくれた。
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