第2話 出張

 授業は十日に三日しかないので、余暇を利用して俺は俺で習い事を始めたのだ。一つは仕事のために別世界の大学教授のやってる数学。あとは護身くらいしたいので武器戦闘と魔法。

 人の国との戦いはじりじり押しているものの、一進一退らしい。あちらはどんどん強力な召還者を送り込んでくるし、魔族側は装備と統制でこれに対抗している。武器の改善もだが、無理のない範囲でのエネルギー革命を起こしているらしい。一度、子供たちの遠足の引率でいった丘陵地帯に風力発電機の風車がたくさんならんでいるのを見た時は驚いた。

 そもそもこの戦争、なんではじまったのかと思うのだが、お互いののしり合いはするものの、もう何が発端かはかわからないらしい。だったらやめればいいのに。

 剣はまぁ、鬼猿の最初の一撃くらいはふせげる程度になった。受け方、流し方、そこからの反撃の出し方。教室の生徒十人がいれば六番目程度。つまりやっと平凡な腕前だ。あの場にもう一度いてもやっぱり死んだだろう。

 魔法はかなり面白かった。座学で理論をやるのが一番面白い。やってみるとちゃんと発動するのも面白い。好きこそなんとかなのだろう、こっちでは十人中二番目くらいになれた。こっちはまだ生存の目がある。習ったのは魔法世界アサスの魔法。他にも魔法世界はあるが、理論と事前準備がものをいうここの魔法はなじみやすかった。奇しくも邪鬼と烏の使い手、オグウェンの出身世界である。おかげで、彼女がなかなかの魔法使いであることも理解できた。今はどうしているのだろうか。陽動で引き離された後、無事ですんでいればよいのだけれど。

 剣と魔法を使えるようになったからといって戦争に参加するつもりはない。あの試練の場でなすすべなく死んだ二人、そしてここのさらわれたときの襲撃。俺はあのとき何もできなかった。なすすべがない、というわけではなくなったが、今度は大丈夫という自信はまったくない。

 こうして魔族の国での最初の一年が終わった。教え子たちは俺の手を離れ、より高度な教育の場へと散って行った。恐ろしい子供たちだった。最後には俺のほうが教えられていたのだ。

「あと一年お願いします。でも、その間にその後のことは考えておいてください」

 最初の説明通り、自由の身になったら、生き方は自分でなんとかしろというわけだ。

 次の生徒は少し年齢が上だった。というか、最初の子らが特別できがよかったらしい。彼らについては基礎の必要性を教えた後にこれまでのおさらいが必要だった。この一年は別の世界の道場に通い、魔法は継続した。邪鬼が出せるようになった。だが、烏はあとどれだけかかるかわからない。一方で、教え、習いもした数学をこれに応用できないかという研究も始めた。

 戦争は魔族優位で進むかと思ったが、人の王国はまた強力な召還者を投入したらしい。手痛い敗北を二回ほどこうむり、一旦停戦状態となっている。そのまま講和してしまえばいいのに。

 自由の身になる日が近い。選択はいくつかある。一つ、この仕事を続ける。この場合は身代金の積み立てがなくなるぶん収入はよくなる。一つ、論文を国家に捧げて魔法研究者になる。これは結構せまき門だし、出身世界でない魔法だといろいろ風当たりもありそうだ。趣味にとどめるのがいいだろう。一つ、軍にはいる。剣が人並みに使えて魔法もそこそこであれば簡単だろう。多少の恨みはあるとはいえ、これは強制されたり追いつめられないかぎり気のすすまない選択だ。もう一つは起業。これにはいまやって開発が成功しないと始まらないし、金主を得ないと資金が足りない。

 とりあえず、あと一年この仕事をやって目処をつけよう。

 二年、魔族の都市にくらしていると知人、友人もできる。一緒に習い事をしていた仲間と、自活するために買い物にいく市場の露店主、まあそのへんだ。奴隷仲間だったやつとは一人だけ、一度路上であって近況を話し合ったくらい。剣術教室で知り合った、俺の出身世界に似た別世界の元高校生とは近所の公園で自主訓練をして飯を食う仲だ。あんまりよけいなことは話さない。今は別々の道場に通って習った事の交換や身を守るための応用について話しこむことが多い。彼は女遊びが好きで、なんで俺なんかとこういう形で馬が合うのかわからないが、どうやら女を紹介しろとかいってこないストイックが気に入ったらしい。いや、人並みに興味はありますよ。ただ、遊びでつきあうのがちょっとこわいだけ。

 魔族の都市はかなり文明化されているけれど、一歩外に出れば野生の魔物、それこそあの鬼猿のようなのが迷い込んでくるし、戦争はまだ続いているのでいつ巻き込まれるかわからない。だから逃げる余裕をかせげる程度に腕はあげておきたかった。

 おかげで、こんどの教室では十人いれば三番目くらいにはなれた。あくまで生徒の中での話である。自分が達人になったとか思い上がることはできない。

 魔法のほうは、習うだけではなく初心者に教えるのを代行したりするようになった。俺の魔法は趣味の領域にはいっていて、ときどき師匠がうなるほどだ。といっても趣味の領域なので実戦的なことではなく、わかる人にはわかる話である。軍のほうで魔法使いの募集はあるが、応募する気はなかった。

 よく考えると、魔法の師匠との付き合いが一番長い。彼は三十手前くらいの身なりにこだわらない男で、こっちの世界にきてから眼鏡の恩恵を受けている。教え方は理論とちょっとした実践、そして課題を与えて自主研鑽というスタイルなのだが、説明はあとでちゃんと考えないとわからない代物だし、それが課題にきいてくるので実戦的なものをいくつか期待してきている生徒には評判が悪い。

 そういう生徒には初歩の初歩だけ教えてあとは目くらましと衝撃魔法だけを教えてお茶を濁している。それさえ地味だとやはり評判はよくない。しかし、きちんと理解して質問をするとスイッチが入って他のものを置き去りにして滔々と語るというおおよそ教えるのには不向きな人だった。

 彼の関心は、複数の魔法世界の異なる魔法がなぜここでは元の世界同様に作用するのかということにあって、授業がはねたあとなど、食事を一緒にしながらかたり聞かされ、こちらもいろいろ質問した。ついでに彼が習得した別世界の魔法も二つ、三つ教えてもらう。

「おもしろいことに、全部使えるんだ。魔力とよぶべきリソースも微妙に違うのに」

 魔法世界はどちらかというと少数派で、知られてるかぎり七つ。そのすべてがここでは行使できるし、師匠は初歩からそれなりに応用まで差はあるが全部覚えている。

「といっても護身用なら一つか、せいぜい二つにしとかないと混乱するだけだ。あとは知識として襲撃者が使ってきた場合の対処の時に思い出せばいいと思うよ」

 襲撃者がなにかはいわなかったが、まあだいたいわかる。

 彼は集めた魔法書を貸してくれたし、俺はその中からお勧めもあって魔法世界タオの医療魔法を習った。毒にも薬にもなる魔法だし、極めれば死者を蘇らせられるといわれているが、そこまでの術者の存在は確認していない。師匠もそれは眉唾だという。だが、元の世界の現代医学の知識とあわせれば何をどう回復すればいいかわかるので組織再生とか四肢の培養接合くらいできてしまいそうだ。

 最近は俺は師範代と呼ばれているらしい。給料はでないが、そのぶん月謝をまけてもらうことになった。

 どちらかというと博士と助手みたいなもんなのだが。

 理論と計算がちゃんとできると、リソースの無駄がなくなるし、応用もきく。あの邪鬼は術式を刻んだ符に魔力を通して呼ぶのだが、今は護身用の基本を改良したものに加え、何種類か用意して日常の雑用や授業の補助に使っている。数学教室の生徒たちが授業の内容よりも顕現させた彼らを見て、俺を尊敬したらしいのはちょっと複雑な思いだった。だから君たちは初年の神童たちにおよばないんじゃないだろうか。

 ちなみに、この家事雑用の邪鬼の符を誰にでもつかえるかたちにして売れないかというのが商売をする場合に考えていたことだ。工夫してるが、あいまいな命令でもちゃんと汲み取り確認するだけの頭を備えることと、それを誰でも使えるようにするのはえらく難しい。無理かもしれない。

 そうしてるうちに一年も半分以上がおわり、長期休暇にはいった。そう、誰かが夏休みの習慣をおちこんでいるのである。生徒たちには夏休みの友をわたしておさらいと自主学習をうばがす。数学と、魔法両方である。

 そうしてさて今年は何をしようかと思っていると、正規の仕事のほうの上司からこんなことを言われた。

「せっかくですから、一つ出張にいってもらえませんか」

 まだ解放されていないので、この都市から外にはいけないはずなのだが、仕事ということであれば許された期間で出かけることができるらしい。

 目的地は離島にある大学。そこで教科書編纂会議があるので意見をいいにいってほしいらしい。

「先生の教えかたはなかなかのものです。おたがい有用であると思いますよ」

 上司は歴史学を教えている教師で、去年は彼がいったらしい。いわゆるゴブリンとよばれる種族だが、えらく知的な目と表情にやはり眼鏡の恩恵を受けている姿はおとぎ話のそれとは全然別の存在のようだ。奥さん二人と子供が七人いるらしい。種族の少子化をなげいている。

「風光明媚なところですし、羽根ものばしてきてくださいね」

 人格者なところもある。

 ありがたくお受けすることにした。


 特別な鑑札をもらっての旅である。まず、乗り合い馬車に揺られて港を目指す。そこから目的地の島にゆく船の乗船券を買ってのっていくだけだ。路銀も支給された。自由な身での旅行なぞ久しぶりだ。解放までは許されない帯剣も許された。以前はこんなものもってもなにもできなかったが、今はとりあえず身を守ることを試みるくらいはできる。その前に邪鬼を出すとは思うが。

 相客は三人。八人のりにこれは少ないほうだった。ずっと寝ているとかげ人の老人に猫のような金色の瞳を持つエルフの落ち着いた女性。それにタフなオーク鬼の軍人。老人は魔法使いらしい。この世界伝統の魔法の達人で、使う魔法は炎と雷。小さなドラゴンのような使い魔をつれている。目的地の島に隠居していて、この旅は孫のお祝いにいった帰りなのだという。

 エルフの女性は港町の商人だった。交渉ごとがすんだのでこれから店に帰るのだという。おつきの人がいるが、馬車に同席はせず、護衛をかねて馬で随伴しているらしい。聞けば宿を一件、よろず屋を一件、そして造船所を一つ経営しているとか。

 そして軍人は休暇あけで港に待機している軍船にもどってふたたび戦地にいくのだという。

 こんなとこに解放寸前とはいえ奴隷がのってていいのだろうか。

「まあ、あと少しで年季があけるのだろう? 魔法も剣も使えるなら、是非軍にきておくれ」

 軍人にスカウトされてしまった。臆病なんですよと断ったら、最初はみんなそうさ、と聞いてもいないのに自分の初陣のことを語り始めた。

「教師をしているのなら、大学に入って研究をするのが世のためじゃと思うぞ」

 とかげ人の老人はそういってふたたび居眠りに戻った。

「あの船の整備はうちが請け負っていますのよ。大変な注文ばかり」

 エルフの商人が軍人の乗る軍艦について話をふった。

 軍人の関心が艦の新しい装備に向いたので、ようやく俺はじいさん同様に居眠りすることができた。なんというか、ものすごくこの国になじんできたと思う。あっちの王国は農場と襲撃を受けるまでの田舎の旅でみたものしか知らない。そもそもの始まりがあまりにもひどいものだった。

 よく耕された畑で種族はわからないが農夫が休憩している。あっというまに通り過ぎる村では共同施設や道路の改善が行われていた。少なくとも、この国は戦争という浪費をやりながらも豊かになりつつあるようだ。

 乗り合い馬車は夕方、港町についた。

「お宿はきまってますか? 」

 商人にきかれたので、正直にこれからさがすことを告げると、ぜひ、彼女の経営する宿にとまってくれと頼まれた。一筆書くのでやすくしてもらえると言う。厚意をむげにもできず札に一筆記してもらった。それでも高かったら別の宿をさがそう。

 とかげの老人にも同じものを渡されていたので、そろってその宿に向かう事にする。軍人は基地にむかってさっさといってしまったし、商人は彼女の随伴者たちをまとめてこれもドックがあるほうへと向かった。

 一時間ほど後、俺とじいさんはさしむかいでエールをのみ、海鮮料理を楽しんでいた。

「どうじゃ。うまいじゃろう」

 じいさんはたぶんニコニコしている。とかげ人の表情だ。あんまり自信はない。

「大学のほうにはまた名物があるから、ついたら教えてあげよう。なんならうちに泊まるかい? 」

 何が気に入ったのか、やたら気にかけてくれる。

「いや、さすがにそこまで迷惑はかけられないよ。それに居場所はわかるようにしておかないと、年季があけないかもしれない」

「そら残念じゃ。おまいさんの魔法を見せてもらおうと思ったのじゃが」

「二年ほど習っただけだから大したものじゃないよ。アサスの魔法なら使い手わりといるんじゃないかな」

「いやいや、おまえさんタオの医療魔法も使えるじゃろう」

「わかるの? 」

「わしくらいになると、相手がどの世界の魔法を使っておるかまるみえなのじゃ」

「すごい。なんか見えるの? 」

「いや、ただの直感じゃ。仕草とか見てると医療魔法の自己診断使ってるなとわかる」

 馬車の中でひどくゆれて頭を打ったときにちょっと確かめたのを見られたらしい。

「それはそれですごいと思う」

 居眠りしてたようで、かなりの目配りだ。この爺さん、ただものではない。

「おまえさん、魔法はすきか? 」

「俺の世界には魔法なんかなかったから面白いと思うよ。軍隊とか入る気はないけど」

 じいさんはしっと歯をならした。舌打ちらしい。

「軍隊で魔法を暴力にしか使わない連中は宝の持ち腐れって言葉をしらんのだ。おぬし、魔法のない世界といったの。たぶんテラじゃろ。魔法はないが、技術の進んだ世界じゃ」

「知ってるのかい」

「わしの友人にもテラ出身のものがおったよ。魔法と自分たちの技術を組み合わせて今日を築いた一人じゃ。今どこにいるかわからんがの」

 同郷の人間が自分たちの世界の知識を生かして貢献している。ちょっとだけ誇らしい気がする。

「たぶんそのテラか、似た世界だと思う。どうかしたかい? 」

「そんな世界の人間がここでは魔法を使える。不思議に思わないか」

「習ったからだと思うけど」

「いや、実は理由はよくわかっておらんのだ。仮説はあるけどの」

「仮説? 」

 そこで聞かされた仮説は荒唐無稽のように思えたが、信じてしまえばそれしかないようにも思えるものだった。

 この世界の住む言葉を話す種族は、時代こそ千年二千年の幅の差があるもののみな召還されてきた者の子孫なのだという。

「言葉が統一されておるだろう。それが証拠の一つだ」

 言われてみれば不自然だ。

「どうじゃ。大学で一緒に研究してみぬか? アサスの人間にはできない発想、タオの人間にはない知識を交えた呪文。特許が取れればうはうはじゃぞ」

「もしかして、俺の他にも? 」

「今のところ六人。おぬしがきてくれれば七人じゃの。成果がでれば応じて収入があるし、なくても生活とちょっとした娯楽には困らせないぞ」

 考えさせてくれ、と返答しておいた。

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