凡人は異世界で困惑する
@HighTaka
第1話 チートもラブコメもないんです
夢を見た。ハンバーガーにシェイク、それにポテトを思い切り食べる夢だ。だが、味がしない。ただもうむきになって食べるが腹は満ち足りない。
目がさめるとわらの寝床がちくちくと肌をさす。着の身着のまま臭い貫頭衣にくるまって、俺は納屋のすみにねていた。いびきがきこえる。同じようにごろごろ寝ている奴隷たちの悪臭に満ちている。
いや、おきているやつがいるぞ。うめき声。そして荒い息。三人くらいがしきりの向こうでなにかやっている。
またか、と俺は思った。あの三人のおもちゃになっているのは顔のきれいな子供で、俺とは違うところからきた。確か具合を悪くして作業を休みがちだったはずだ。その原因をあの獣の三人はまた強要している。
明日にはあの子供は市場で安売りされるのだから名残というところなのだろう。
気の毒だが、ほうっておいて寝ておかなければ。明日も農場できつい労働だ。いつか死ぬにしてもそれをのばすためには体力を回復させておかなければ。
また夢を見た。
「よくぞまいられた。勇者、あるいは賢者、あるいは聖者。なんとおよびしてよいかわからぬが」
つややかな床に八芒星が描かれた広間にいた。その直前のことは覚えていない。そう、家を出たところまでは覚えている。そこから先の記憶がない。
「貴公らはあらゆる可能性の中で、消え去っても不自然に思われぬ状況からさらってきた。もといたところでは死んだことになるだろうし、ここに招かねばただそうなっただろう。どう思うともこれは事実である。そして、我らは無目的に貴公らを招いたわけではない」
声の主は頭巾で顔を隠した男だった。広間の円周には同様の姿の八人が配置されている。
「まず、貴公らの力の一端を見せていただきたい。こちらへ」
その場にいたのは、俺、見慣れぬ学生服の二人、でかい剣を背負ったレザージャケットの男、杖をもったローブの女、そして場違いなことに銃をもったゲリラらしい男だった。
学生服が二人いるのは、彼らも俺と同じくあのとき進学関係のイベントにいっていたのだろう。いったいなにがあったんだ。残念ながら、彼らがそれを知ってるかどうか聞く機会はなかった。
とりえあえず、一応従うことにしたのだろう。沈黙したままついていくと、外には高い塀でかこまれた運動場のような場所があった。向こう側に不気味な檻がいくつかあり、何か人のようなシルエットが見える。その傍らには槍や弓を持った兵士らしいのが十数人、簡単な胴鎧と洗面器のような陣笠をかぶって待機している。
「あそこに閉じ込めているのは鬼猿とよばれる動物で、気ままに殺して食らう迷惑な者です。さほど強くはありませんが、あれと戦って皆さんの強さを見せてください。この砂時計が落ちきるまで生存するだけでもかまいません」
男は見慣れない形の砂時計を懐からだして小さな台におく。
「もちろん、無理だとおおせならそれもかまいませんが」
彼は今度は首輪を出す。革の首輪でなにか記されている。
「その場合は奴隷として役に立っていただきます」
「俺、武器とかもってないのだけど」
学生服の一人が質問する。
「我々のでよければ貸します。過去には素手でこの試練をのりこえた猛者がおりましたが」
示されるところには剣や弓、槍がならべられている。
「さて、最初はどなたからまいられますか」
「では我が輩から」
大剣男が進み出る。そういえば言葉が理解できるのはご都合主義の設定なのだろうか。
「では真ん中まで」
男は剣をずらっとぬいて真ん中へ。合図とともにおりが一つあけられ、シルエットはものすごい速度でかけだした。まっすぐ突っ込むのかと思ったら離れたところで切り返すように跳躍し、人間の死角からこん棒をふりかざして襲いかかる。全身、金色の毛に覆われたオランウータンのような姿だ。違うのは水牛の角のようなものが頭に生えていること、そして粗暴そのものの表情が浮かんでいること。
剣の男は片足引いて半身ずらし、信じられない速度で剣を突き出した。
喉を貫かれた鬼猿は、剣を振り回すことですっとんでいって動かなくなった。
「お見事、ご尊名を」
「ツカハラだ。これでいいのか? 」
「十分でございます。どうぞあちらへ。歓迎の宴の支度をしております。皆様そろいましたらご説明いたしますのでそれまでおくつろぎを」
次に名乗り出たのはゲリラ兵。これは無難に空中で鬼猿を蜂の巣にした。ハサンとなのった。
その次はなかなか名乗り出るものがいない。やがて意を決して学生服の一人が剣を手に前に出た。
ぶつぶついっているのが聞こえた。ラノベなら、ラノベならきっと、とかいっている。
彼は簡単に頭を砕かれた。何かの悪ふざけかと思うくらい簡単に中身をまきちらし、地面に血だまりを作る。無傷な体が日常的すぎて、死んだとは思えなかった。
鬼猿はこん棒をふりかざし、次の獲物めがけてとぶ。もう一人の学生だ。彼は剣道の心得でもあったのか、剣で一発は受け止めた。が、完全にとめることはできず。自分の剣で顔を傷つけてしまった。その恐怖に見開かれた目は忘れない。彼はパニックを起こして絶叫しはじめた。その頭をスイカ割りのように鬼猿が砕いてだまらせる。俺はこの時点で完全に腰をぬかしていた。
そう、ラノベのように問答無用の力などもってはいない、ただの高校生なのだ。さっきまでの連中は、もともとそれだけの力をもっていたし、そういう完成された力を期待して召還したんだろう。
ただのぼんくら高校生に活躍の場などないのだ。
女魔法使いはずっと様子を見ていたが、ここで意を決して動いた。
「おさえよ」
何かに命令すると、彼女の前に漆黒の小さな姿が現れる。四天王がふみつけている邪鬼に似ている。邪鬼は剣を拾って鬼猿に襲いかかった。鬼猿はこれをこん棒で打つが、おそろしく固いらしく、殴ったほうがびっくりしている。その腕を野菜でも切るように切り飛ばして邪鬼は鬼猿をくみふせた。
魔法使いはその額を指差し、祈るような仕草をする。鬼猿の頭がくだけた。
「お見事、ご尊名を」
女はオグウェンと名乗り、宴の間に案内されていく。
「最後はあなたですな。どうぞ武器をお取りください」
無理にきまっている。しかし、あのとき何かの間違いを期待して剣を取る手もあったかも知れない。
いや、むこうでは死んだ二人の体が裸に剥かれ、斧で割られて残りのおりにえさとして投げ込まれているじゃないか。やはり無理だ。ああはなりたくない。
何と言ったのかは忘れたが、できた選択は一つだけだった。
起床の鐘の音に俺は目をあけた。ぐっすりねこんでいたらしい。食事当番が眠そうにしている広間に俺たちは集合した。目を真っ赤にはらしたあの子と、やはり眠そうな三人組もいる。
乗馬鞭をもった監督が睨みつける中、俺たち奴隷は朝飯を食べる。ぼさぼさした固いパンにどろりと煮込まれた味の泥水のようなスープ。肉などない。だが、量は案外ある。パンをスープに浸しながらたべると案外うまいと思うこともある。食事の横取りはむち打ちだ。監督は主より奴隷を健康に保つことを命じられているらしい。
食事も腹一杯ではないが十分もらえているおかげで、二年たった今、俺もそれなりの体格になっている。
そろそろ食事が終わろうかという頃合いに、不意に主がはいってきたので、皆またかと思った。主は気まぐれに奴隷たちの様子を見に来ることがある。
主は小太りの威厳を感じない男だったが、かつては魔族とよぶ敵との戦いにおいて数々の武勲に輝いた魔法剣士らしい。同じく召還された者で、第一線から身を引いて恩賞で農場を始めたそうだ。
健康に気をつけてくれるからといって、慈愛に満ちているわけではない。彼はかなりの吝嗇で財産である奴隷を無駄にしたくないだけなのだ。むしろ、召還されながら命惜しさに奴隷に落ちた俺なぞ軽蔑しきっているようでもある。
主に続いて、妖艶な魔法使い然とした女と、屈強な鎖を手にした男二人がはいってきた。
何事かと思うと、主はまずあの虐待されていた子供を呼んだ。
「この子です」
妖艶な女に引き合わせる。
「どれどれ、じっとしておるのだぞ」
女はしゃがんで子供の体を検める。そして満足そうにうなずいた。
「これだけ具合が悪ければ、回復薬の実験によさそうじゃ。買いましょう」
実験用か。しかし、回復薬なら運がよければ健康になれる。あの子にとっては悪くないかけだ。
「よし、次はそこの三人」
三人組はびっくりして立ち上がる。ぐずぐずしていると監督の鞭がなった。
「この三人だ」
屈強な男たちは三人組の口をあらため、肉付きを調べてうなずいた。
「問題ない。後は運次第だが、こいつばかりはな」
「じゃあ、連れて行ってくれ。代金はさっきの額でいいぞ」
おびえた顔で三人は主に慈悲を乞うが、主は知らぬ顔だ。男たちば三人に手鎖をかけ、ひきずっていく。ときおり、鞭の音がした。
「では、こちらも代金の話をいたしましょう」
妖艶な女は子供を連れて主と出て行った。監督がかわって進みでて説明する。
「あの三人は自業自得だ。闘技場に連れて行かれた」
どんなところかわからないが、あまり長生きはできそうにない場所だと思う。
「そして、おまえたちは明日の刈入れが終わったら引っ越しだ。主様はここを売り払い、新しい農場にお移りになる。喜べ、全員お連れになるとのおおせだ」
このときは知らなかった。魔族との大きな戦いに敗れ、数週間以内に農場近辺が戦禍に巻き込まれるのは必至だったということを。
吝嗇の主は前々からより条件のいい新しい農場に買い替えるつもりだったので、戦争未亡人から比較的安く新しい農場を買い取っていた。いままでの農場は国に売ったらしい。安全になったら国が希望者に売り払うというわけだ。
俺たちは用意された馬車に農具ともども分乗し、出発した。
一応、十数人の護衛がつく。見た顔が一人いた。魔法使いオグウェンだ。今は肩に烏のような鳥をのせている。真っ黒だから烏だと思うが、どうもあのとき出した邪鬼の仲間のようだ。きょろきょろし、時折飛び立ち、戻っては彼女の耳元でなにかささやいているように見える。
しばらく知らない顔をされていたので、すっかり忘れ去られたのか、奴隷に落ちた俺なんか眼中にないのかどちらだろうと思ったが、急に俺の顔をまじまじみたかと思うと馬を寄せてきた。
「生きてたんだ」
「なんとか」
「あのとき一緒に召還されたハサンはこの間死んだわ。ツカハラはもう一年くらい消息を聞かない。たぶんいま生きてるのはあたしとあなただけ」
「そうか」
ハサンの武器は銃だから弾丸がつきたら長くはないよな。
「どんな形であれ、生き延びたものが勝ちよ」
忘れないで、とそれだけ言って彼女はまた離れていった。
他の奴隷の半分は俺と似たり寄ったりである。彼女と言葉をかわしたことで面倒になることはなかった。
二日目、急に騒がしくなった。オグウェンの烏が騒ぎだし、彼女は護衛リーダーと主に話をすると数名つれて前方へと駈けて行った。ちょうど峠をそろそろ上り詰めるあたり。片方は崖、片方は山の斜面がせまっている。残りの護衛たちは斜面側で警戒していた。
隊列の前方に大小の石が投げ落とされた。襲撃はその直後に始まった。
祖末な矢が俺の隣の奴隷に刺さり、悲鳴があがる。崖のふちに人ならぬ手が見えた。のぼってきた小鬼たちがその次の瞬間、骨を研いだ武器を手に飛び上がってくる。
よく覚えていないが、必死に手にもったものをふりまわして防戦していたのだと思う。最後に網を頭からかぶせられ、何かを噴霧されて意識を失った。
気がついた時には、洞窟らしい薄暗い空間に他の生き残りと一緒に監視されていた。監視しているのは、でっかい鉈を腰につった相撲取りのような人間。いや、雪男に近い風貌だ。うめき声を聞き流しながらぎろりと睨みまわす。
捕虜は奴隷が七名、怪我をした護衛がぐるぐるにされて一名。
雪男の相撲取りがもう一人やってきて、見張りと話をする。言葉は聞こえない。だが、すぐに大きな声で俺たちにこういった。
「立て、移動する。逃げようとするなよ」
あんな鉈で殴られてはたまらない。みな、のろのろと言われるままに動いた、
そこからのことははしょろう。俺たちの首輪はローブをきた蛙のような魔物によって解除され、あらたに別の首輪がつけられた。怪我をした護衛もだ。これで場所の特定ほか、奴隷としての不自由はないが、今度は魔物側にそれを握られてしまった。
二週間ほど旅をして、魔物の町についた俺たちは牢屋にいれられ、一人づつ取り調べをうけた。取り調べ官は人間と何かのハーフらしい。少し顔の部品のバランスがおかしいし、額に小さな角がある。そして教育を受けているようだった。
聞かれたことは故郷の世界のこと、そして知能検査のような簡単なペーパーテストも実施された。いったい俺たちはどうなるのだろう。
翌日、今度は全員呼び出されて体育館のようなホールに集められる。整列させられた前には簡単な壇がおかれていた。
こう、あちら側にいたころより文明的なものを感じる。とはいっても人類も文明的に野蛮な殺戮をやってのける種族だ。安心はできない。
何やら豪華なマントをはおった半魚人が取り調べ官をふくむ数人を引き連れて登場。登壇する。偉い立場のようだ。
「おはよう諸君」
ややなまっているが完全な標準語だ。しゃべるたびにエラがぱくぱくするのはちょっと怖い。
「諸君はこれから自分がどうなるのか不安であろう。この数日、失礼ながら諸君一人一人について量らせてもらった。諸君はまるで違う世界の長所も短所もそなえた人材だ。その長所にあった仕事についていただくためだ。基本的にものを教える仕事になると思う。諸君の知識と技術をわけあたえてほしいのだ。あちらの国ではまるで価値を見いださなかったようだが」
選択権はないのか。まぁ捕虜というか奴隷だしな。
「諸君の働きに対しては報酬を約束する。その上で、一部天引きの形で解放資金を備蓄することになるだろう。これまでだいたい二年で解放にいたっている。そこからは自由だ。あちらの国に帰ってもいいし、この国に新しい生活を築いてもよい」
やはり選択権はないのだな。
「それと、勤務時間以外の行動は自由だ。何かを習ったり、副業をやって解放積み立てを増やすのも何をしてもよい。では、一人づつ呼ぶので辞令を受け取ってくれ」
俺にあてがわれたのは子供向けの算数教師。人にものを教えたことなどないが、仕事はマニュアル化されているから大丈夫だといわれる。
なんというか、魔族のほうが文明的である。
生徒は小学生低学年くらいの六人。角がはえてたりしっぽがあったりするが、一人どう見ても人間の子供がまざっている。教える内容は日本なら高学年の子の習うような内容だ。
ぎこちなく挨拶し、まずは簡単な問題を出してみる。教える内容の前提となる内容だ。
「そんなの簡単だよ」
生意気にいう言葉が標準語なので驚く。後で聞いたのだが、召還者たちが使うのと、魔族にもともと共通語がなく、人間たちも大勢魔族側にいるので採用されたらしい。
反発するのもいるだろうな、という連想はだいぶあとになってあたっていることがわかった。
この生徒たちはかなり優秀らしく、まずは前提の確認については難なく終わる。
「なんで今更そんなの出すの。もっとちゃんと教えてよ」
本当に生意気だな。子供ってどこいってもだいたい一緒。
「では、これを解いてみろ」
例題集からあらかじめ選んでおいた問題を出す。これは今から教える内容のものだ。
子供たちはうんうんうなってあれこれやっていたが、答えは直感的に当てたものの途中がわからない子とか、かなり高度なことはやっているものの惜しいがちょっと勘違いをしているせいでたどりつかなかった子もいる。
数学は割と得意だったのでわかるが、この子らすごい。
「これはね。さっきの簡単な問題の組み合わせと応用で解けるんだ」
黒板にがしがしと解法をかき、該当部分を指し棒で叩いて示す。
「逆にそれがわかってないと苦しむだけだから先に確認させてもらった」
おお、と子供たちの目が輝く。さっきまでこいつ大丈夫かって顔だったのにえらく変わった。
「ではこれを考えてくれ。解き方は違うが、考え方は同じだ」
俺のやり方は別に自分で練りだしたわけではない。これまで当たった教師でわかりやすかった人の授業を参考にしているだけだ。
実践してみると、新たな発見もあってこれが面白い。気がつくとかなりはまり込んでいたし、中断したままだった自分の勉強も前に進めることになった。
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