暗い日曜日 中編
隣室の玄関に行ったが、ドアは何ともなかったので安心した。
「よかった。ドアは何ともないね」
後ろからついてきたかなめも僕と同じことを言った。僕の家が大丈夫なんだからここが破られるということもないはずだが、それでもありえないとまでは言い切れない。
一応ドアストッパーをかけて、僕の家と同じように下駄箱をドアの前に置いた。こっちの下駄箱は随分と軽い。開けたら子ども用の拳より小さな靴しかなかった。
「と、なるとあの全裸ゾンビはどっから入り込んだんだ? ゴキブリやクモならまだいいけどゾンビに忍び込まれるなんて冗談じゃない」
「私はゴキブリもクモも嫌なんだけど、やっぱり東京は多いの?」
そういえば北海道は寒いからゴキブリが少ないとネット掲示板で聞いたことがある。だから、道民に見せると小学生にクワガタを見せたようにはしゃぎだすとか。
「ここは8階だから滅多に出ないだろうけど、実家ではよく出たよ。特に夏場は」
トイレの蓋を開けたら浮かんでた時はビビったな。
「せーの実家ってどんな感じの家なの?」
「普通の洋館だよ」
「日本で洋館は普通じゃないけどなぁ」
僕の家はどうでもいい。問題はアイツの侵入経路だ。僕は思いついたのはもう一つの場所、僕らが隔壁を取り外してやってきたこの家のさらに隣の部屋だ。
もちろん隔壁は傷一つついていないが、僕は最初ここを手すり伝いで忍び込んだ。アイツも同じことをして入ってきたのではないだろうか。
「かなちゃん、ベランダに行くよ」
僕は槍を股に挟んで掌を擦り合わせながら、隣のベランダを身を乗り出して覗いた。空き家なのかを疑うくらい何もない。物干し竿すらないというのはどういうことなんだ。
戸は閉まっているし、人が通った痕跡は見つけられない。隔壁の縁を指で触ってみたが、連中の体液とかも見つからなかった。
もっともあったとしても、さっか僕が斬首した時の返り血かもしれないし、それでこっちから人気に誘われて移ってきたという証拠にはならない。
「ここでもないのか……」
僕は床に槍を投げ捨てて、掌に息は吐きかけた。
「すいませんが人を暖房代わりにハグしないでもらえるかな。全く……」
かなめを抱き締めて極寒を耐えていると、かなめが僕の手を掴んで強く握りしめてくれた。
「手つめたっ。いいから着替えてごはん食べてからまた探そうよ」
かなめはそう上目遣いでそう言った。改めて思うけど、初めて会った時から随分良好な関係を築けたものだ。かなめは僕そのものが好きなわけじゃないが、僕は容姿ごとかなめが気になっている。
「あっ」
僕がかなめの奥歯にある銀歯を発見した時、かなめが上を見て声を上げた。
「せー、上のアレって前から開いてたっけ」
「上? あっそこか」
僕が釣られて真上を見ると、法律で全てのベランダに備え付けの避難用梯子の蓋が開いている。そこからは、天井のない剥き出しのバルコニーを経て雲一つない青空が見えていた。
そういえばこのマンションは9階建てだったか。
「多分、あそこから来たと見て間違いないだろう。ひとまず身なりを整えて腹ごしらえしながら対策を練ろう」
***
1時間くらいして、ちゃんとあったかい服に着替えて熱いお茶を飲んで身体を温めた僕は、体温が高くて力がみなぎっている内にこの問題を解決しようとした。
「しかし、まさか真上に奴等がいたのに全く気付かないとはね」
「多分、夜中とか道路の連中の呻き声と混ざってわかんなくなってたんだと思う」
僕が下の道路を見ると、今日も相変わらず下はこの世の地獄だった。いつから日本は食人族の巣窟になったんだろうな。
「アイツら、僕達が思っている以上に気配を隠すのがうまいってことだ。でも、これは僥倖でもある。これで最上階の物資も漁れるようになったんだからね」
「あ、なるほど」
もっというと、僕ら自身も下の階に移ればさらに食糧を収集できて、活動を広く展開できることに気づかされた。
何より、最上階は一番家賃が高くて一番等級の高い物件だから、中はどんな感じなのか前から気になっていたのだった。
かなめはビスケットを噛まずに唾液でふやかしながら言った。
「問題はどうやって上に行くかよね」
それだった。高さは3メートル近くある。指さえ届けば何とかして這い上がれそうだが、それすらも困難だ。あのゾンビ、蓋を開ける知能を残していながら梯子を下ろさなかったのが腹立つな。
「僕って体重47キロなんだけど、かなめ僕を肩車できる?」
「フッそれは私に、握力が1トンあるというコアラと握手して、逆にコアラの手を握り潰してこいというようなもんよ」
「わかった、コアラそんな凶悪な生物だったのか……」
あ、あの例のゴスロリのメスゾンビ発見。割と顔立ち整ってるから人間の頃に会ってみたかったなぁ。
「じゃあ僕がかなめを肩車するからかなめが上に行ってきてよ。梯子を下ろすだけでいいからさ」
「いや、適当な椅子を持ってきて乗っかればせーの身長なら届くでしょ。ほら、あそこの赤いグリップのハンドルを回して梯子を下ろすんでしょ」
「……チッ」
何というつまらん女だ。
「あ、アンタ分かってたでしょ! ほんとは私の太ももに挟まりたかっただけでしょ!?」
「君ってよく無能って言われない?」
「な、何でアンタはそう小出しに性欲を発散させようとするのか全然分からないんだけど」
僕は自分でも理不尽だと感じるけどキレそうになりながら、リビングの一番近い椅子をサンダルを脱がずにベランダへと引き寄せて、上の空いた空間の上へと置いた。
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