アオ7 進路
「アカ、あたし卒業後の進路決まったよ」
「おや?」
学園帰りのイの一番、アオはリビングでくつろぐアカに突貫していった。
ちょうど、他に誰もいないふたりきり。
沸き立つ思いのまま、逸るようにアオは聞いて聞いてと迫ってくる。
アカは苦笑とともにちょっと間合いを考慮しつつも疑問を。
「まだ四年生になったばかりでしょう、いつの間にそのようなことに? あぁいえ、それより、なにになることにしたのですか?」
「軍人!」
「……それは」
すぐに喜んでやれないのは、やはり命がけの職業であるからか。
ほんのわずかに目じりが落ちたことを、アオは見逃さない。
それをわかった上で続ける。
「ハズヴェントが王都に行ったついでに古馴染みに推挙してくれたってさ。それで一年後にはそのひとのもとで見習い扱いで呼んでくれるんだって」
学園でもその報告が回ってきて、教師からそのように伝えられたのだった。
表向きはハズヴェントの推挙ではなく、ガクタイにおける高評価からのスカウトであるが。
そうした細かいところまで説明するのは、アオには割と珍しい。ちょっと大雑把なところがある少女である。
それでも今日に限って口数多く言葉を費やしたのは、やはりアカがほんのりと心配を滲ませているのがわかって、それをどうにか払拭したいがためだった。
「大丈夫なのでしょうか」
「えー? なんの大丈夫だよ」
「こう……命が危ないと言いますか、危険じゃないのでしょうかというか……」
「同じじゃん」
「心配です」
「…………」
直接言葉にされてしまうと、もう言葉もでない。
いや、黙っていてはいけない。
なんとか言葉を作らねば――アカに心配されるのは、やっぱり自分の弱さのせいで、悔しいのだから。
「アカ」
「はい」
すこしアカのほうもうかがいがちな視線だった。
過剰な口出しは鬱陶しいかもしれないとわかっていて、それでも漏れ出た本音になんと繕えばいいのかわかっていない。
アオだってアカの心はわかっている。
決して反対しているわけではなく、ただひたすらに心配なのだと。
逆の立場になって、たとえば姉妹の誰かが軍属になると言い出せば、アオだって心配を隠せたりはしないだろう。
それでもその子が選んだ道を否定したりしない。
アカもそうで、ただ未練がましく言ってしまったただの失言だったろう。
その一言で後ろ髪をひかれてしまう辺り、アオもだいぶ未練がましいのだけれど。
未練を、断ち切らねばならない。
前に向かって進むために、この暖かな陽だまりから独り立ちしなければならない。
精一杯の虚勢をこめて、アオは言う。
「あたし、強くなったと思ってる」
「それは間違いありません」
「うん、ありがと」
それでもやっぱりアカには遠く及ばなくて。
「強く、なりたいと思ってる」
「ええ、承知していますよ。見ていますから」
「だったら」
見ていてくれる、それがとてもうれしく心地よいことだけど。
「だったら、心配よりも信頼してほしいって思う」
「……」
「ずっとずっと、そう思ってた」
それがようやく言えたことに、アオはなんだから脱力してしまう。
これは自分のワガママだ。
アカという天から見れば人の子など総じて危ういほどに脆いのはわかっている。
どうしたって不安に見えて、すぐに死んでしまうと思えてしまうのだろう。
強すぎて逸脱し過ぎただけで、アカは悪くない。
だからこれを言うのは、なんだか非難というか難癖みたいなもの。
どうしようもないことを喚く駄々っ子のそれ。
では今になってそれを告げたのは――
「言ってくれたよな、あたしは強いって。強くなろうとしてることも、わかってくれてる。そうだよね?」
「はい」
「じゃあ、うん。心配すんな。あたしの強さを信じてくれて、いいよ」
もうそろそろ及第点には届いたのではないか。
見るからに危なっかしい子供ではなくて、立派に立った大人であると。
そう、無理にでも言い張るためだ。
軽い口調のわりに切羽詰まった真剣な表情をするアオに、アカは一瞬だけ申し訳なさげに顔をゆがめ、けれどすぐに笑みを作った。
アオがなるだけ自然にと慮っているのに、こちらが深刻そうにするのは野暮だろう。
「そうですね。ええ、その通りです。アオ、あなたは強い子です」
九曜の直弟子を倒し。
竜を倒し、精霊を倒し。
ハズヴェントの弟子で、赫天のアーヴァンウィンクルの弟子だ。
まったく、これほどまでに揺るぎなく強いの断ぜられる者が、そうそういようものか。
アオは、強いのだ。
自らの尺度で勝手に弱さに押し込めて、アオの繊細な心を傷つけてしまった。
失うことを恐れてばかりで、相手の気持ちを軽視していた。
小鳥を籠に閉じ込めてしまうことを、嫌っていたはずなのに。
自らが籠になってしまっていただなんて、笑い話にもならない。
「申し訳ありませんでした、アオ。
私があなたを信じられないばかりに、随分と心苦しい思いをさせてしまいました」
「いや、アカがそうなるのは仕方ないよ。なんたって天なんだからさ」
そうだろうか。
弟子に甘えているだけではないのか。
「あたしは魔法使いの――アカの弟子だ。そのことをなにより幸福だと思ってるし、誇りにしてる。
だからそれで降りかかったうれしくないことだって、それはそれでいいんだ」
「アオ、ですが」
「謝って欲しいんじゃないんだよ。落ち込んで欲しいわけでもない。そういう後ろ向きなのはもうこの際横に置いてさ」
では、アオの欲している言葉とはなにか。
すこしだけ考えて、あぁそういえば大事なことを言い忘れていたと今更になって思い出す。
「わかりました。もはやなにも言いません、あなたの好きになさってください。あなたの望み道を、あなたの手で切り拓き、そして目指した先に進んでください――がんばれ、アオ」
「うん、がんばる!」
ただ応援を。
師として弟子を励ます。
そんな根本的なことを忘れていただなんて、師匠失格ではないか。
では、挽回しないと。
「残りはあと一年ですね。その間、可能な限り私と決闘をしましょうか」
「あ、うん!」
どこか楽し気に。
「へへー。今、アカは月位くらいまで魔力が落ちてるんだよね? じゃああたしでも勝てるかも!」
本当にそうなのだから困る。
アオはこの一年で本当に強くなった。
位階こそ風位であるが、その戦闘能力だけを切り取れば月位と遜色ないのではないか。
引き換えアカは言ったように非常に力を落としている。
これでは最悪、下手をするとまかり間違って――敗北しかねない。
それは師として威厳とか信頼とかが失墜しそうで大変嫌である。
けれども。
「まだまだ負けませんよ、私はいつでも、あなたの目標でありたいのです」
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