シロ7 花見
「せんせー、そろそろ満開の時期じゃし、花見行こー」
珍しくアカの部屋に自ら訪れたシロは、出し抜けにそんなことを言う。
かといってそれは例年のことであり、アカも特段に驚かずにそういえばそんな時期かと納得する。
春の季節、東の大陸のあるお花見スポットをシロは痛く気に入っていた。
かつてふたりで旅していたころ、またいつでも花見できるようにとアカにマーキングをせがんだくらいに、シロのお気に入りだ。
他の子らには内緒にしている。
年に一度の、アカとシロだけのひみつだ。
わざわざ部屋にやって来たのはすこしだけ後ろめたい思いがあって、密やかに済ませたいという表れなのかもしれない。
けれどこれくらいは長女の特権として許してほしいと思う。
いずれ必ずみんなでも行きたいとは考えていて、それをついつい後回し後回しにしてしまってはいるが、許してほしい。
渦巻く感情に整理をつける必要性も感じないで、シロはともあれアカのローブの裾を引っ張る。
花見の日はワガママになると決めている。
そこらへんも把握の上、アカは苦笑して急ぎ鍵を探す。
「はいはい、そう急かさず。今ドアを開けますから」
「はよー、はよはよー」
常より何割増しかで積極的のよう。
いや、違う。
そういえば。
かつてふたりで旅した頃の、たったひとりで弟子であった頃のシロは、このくらいにアカに甘えてきていたか。
妹弟子ができて姉となって、そうした部分を意識的にか無意識的にか抑えていたのだろうか。
そう考えれば、アカはなんだかいじらしさと微笑ましさを覚え、今日くらいは好きにさせてもいいかと口を噤むのだった。
◇
「わぁ……!」
東大陸の秘境、人の手の入らぬ未踏の山奥。
生い茂る大自然の美しさは、だから誰の手入れもなしにありのままで着飾らない。
それでもなにより綺麗だとアカやシロが思うのは、自然のままこそが最も美麗を体現しているということなのだろうか。
一面、同じ樹木が居並んで群生し、地平の果てまでその花で一色満開。
中心にあたる小高い丘から見渡せば、まるでピンク色の海である。
その花の名を桜という。
「何度来ても、綺麗じゃねぇ……」
ひらひらと桜の花びらが舞い踊る。
シロが広げた手のひらに着地して、それを見て微笑する。
夢か幻のような幻想的な風景――夢を司る
そして天たる彼もまたやはり似たような思いを共有していて、圧倒されてしまってしばらく無言のままに時は流れた。
そこに重苦しいものはない。沈黙のなかにも朗らかさがあって、なにも言わなくてもこの空気感を心地よいと互いに了解し合っている。
美しい景色と暖かな日差し、その上に親しいものが隣にいる。
それだけで随分と穏やかな幸せ。
「百年後も」
「はい?」
だからか、シロの言葉に一瞬アカは反応遅れた。
シロは桜の花びらが舞うから目を逸らさず。
「百年後も、ここの桜は綺麗じゃろか」
「……どうでしょう」
質問の意図がわからず、相手の欲しい答えがわからない。
それでも答えを返すのなら、あまり感情の通わないただ正しいだけの言葉になってしまう。
「百年は長いですからね、人の手が入るかもしれませんし魔物に荒らされるかもしれません。天変地異が起こればもっと急激に変わってしまうでしょう」
「うん、そうじゃろね。せんせーでも、百年先なんかわからんちゅうことじゃ」
「ええ。天から見えるのは人々であって未来ではありません」
もしかしたら、天よりすべての人の動向を把握し掌握することのできる者が現れたのなら、その行く末を精度高く予知できるのかもしれないが――少なくとも現在にそれの可能な者は天にすらいない。
シロはうんうんと頷いて。
「うん、せんせーでも見えんのなら、誰にも見えんいうことじゃ」
「そう……なるのでしょうか」
「ぜったいそうじゃ」
間違いないと強い確信をもった首肯。
その発言の根拠は信頼で、反論など無意味である。
「じゃけぇ、未来を語る言葉っちゅうんは、たいていがそうあってほしいゆう希望じゃ」
「ええ、それは否定できないことでしょう」
起きたまま見る夢は、いつだって不安定で不確定。
だからこそ。
シロは何度でも未来に希望を抱いてこう言うのだ。
「シロはせんせーの隣に行く。ぜったい、天に辿り着くけぇね」
「……」
曖昧で確実性なんかない。
困難で険しくてまずもって不可能。
でも。
可能性はゼロじゃない。
たとえ天であっても、人が夢を抱くことを否定できない。
シロは天を目指す一介の魔術師。
寝ても覚めても夢見る少女。
アカが育て上げた、最初の魔法使いにならんとする頑張り屋。
「百年後にまたこうして花見ができたら、たぶんそれがシロにとって一番の幸せじゃ」
確約された未来などない。
だからこそ希望をこめて、夢を見て、天を見上げて、シロは桜にも負けない最高の笑顔で約束する。
自分と、アカに、誓うのだ。
「じゃけぇ、また一緒に来ようね、せんせー」
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