75 未来への告白


「そいじゃあ、結論もでたことだしせんせーのとこ行こうかいの」

「そうね!」

「気後れがない過ぎて強い!」


 クロの即答にアオはむしろ困惑してしまう。

 恥ずかしがり屋な一面をもつアオからすればそんなあっさりと告白をしに行くと言えることに驚愕している。


 すこし認識に齟齬がある。クロはこてんと首を傾ける。


「え。べつにどうせバレてることでしょ? それを言葉にして伝えるだけじゃない?」

「そうだけど……あるだろ、いろいろと」

「いやいや、そんななんにもないでしょ。先生だって大人だし、わたしってまだ子供だし」

「そういう認識はあるんだな」

「だからじっくり距離を詰めていくわ!」

「やっぱり強い!」


 真っ直ぐな子だとは思っていたが、こういうことでもなんら躊躇いなく直進してくるとは。

 アオは戦慄してしまう。


「ともかく、行こっか」

「キィはなんにもなしなん?」


 なにげなくシロが問うと、キィは笑って。


「え。正直、センセがどんな反応するのか見てみたいかな?」

「ほー。先越されるんはええの」

「クロも言ったけど、センセは待つように言うと思うよ。その言質をとったらわたしも目安できるし」

「……キィもだいぶしたたかじゃねぇ」



    ◇



「先生、わたし先生のこと好きよ!」

「……ええと」


 リビングで五人、それぞれの席に着いて開口一番、クロの告白からはじまった。

 アカは一瞬、言葉の意味をとりこぼし、理解して口もとおさえて思案気になる。


「それが、最近の外出ででてきた結論なのですか?」

「そうよ!」

「思っていたのと違う……」


 予想外の死角から襲ってきた鋭い一撃はアカにとって不意打ち極まりなく、取り繕うことが難しい。

 なんとか舌を回して退路を作ろうとする。


「それは家族としての好意と捉えてよいのでしょうか」

「違うわ! 男女のそれ!」


 こっ恥ずかしいことを最短で突っ切られる。

 情緒とか駆け引きとかそういうの全部無視しているので対応できない。


 アカは時間稼ぎに咳払いをして、その短時間でどうにか言葉を作る。


「いえ……あの、おそらくそれは対人経験の不足からくる幼少時特有の勘違いではないでしょうか?」


 こう、近所のお兄さんに好意を抱くような。よくしてくれた教師に恋した気になるような。

 まだ歳幼いと好きという感情を掴み損ね、物語などに感化されて曲解してしまう。

 アカでさえ、親愛と愛情を正しく区別できている自信はない。そこをはき違えることは情緒豊かな少女には致し方ないことだろう。


 そこまで考えが回るとアカも大概、冷静になってきて落ち着いて正論を諭す。


「歳をとり成長し、視野が広がれば自分の感情の機微を把握していき、正しい判断を下せるようになればわかると思います」


 初恋が実らないのは、それが多く勘違いであるからだ。

 だが。


「うん、もしかしたらそうかもね」

「……」


 クロはアカが驚くほどに成熟した淑女としての精神をもつ。

 そんな彼女がアカ程度が懸念する物事に自覚ないわけなく、自問しないわけがない。


 まるで焦ることも動揺もなく平然とクロは微笑する。


「だからこの思いが本物かどうか一緒に見守っててね」

「それは、どういう」

「先生が心配してるのはわたしがまだ子供で異性との接触がなくて、狭い世界で判断してることでしょ? たしかにそうかもなのよね。否定材料がないんだもん。

 でもじゃあ、広い世界を知ったあと、それでも先生を選んだら……答えてくれるんだよね?」

「……」


 そういうことに、なる……のか?

 発言を逆手に取られてなんだか感心交じりで疑問を抱いていると、その間にもクロはぐいぐいと来る。


「じゃあ期限決めましょ。何歳にする? 十五でいい?」

「それは早いでしょ」

「キィ?」


 アカが答える前に否を出したのはキィであった。

 ここまではキィの想定通りで、ここからは彼女としても大事な部分なので口を挟む。真顔である。

 至極真っ当で常識的であるという風体でしれっと提案を。


「学園卒業くらいにしよう。クロも学園に行かせるんでしょ?」

「はい。そのつもりでしたが」

「じゃあ明確に同年代に揉まれるし区切りとしてもちょうどいいし」

「わかったわ、卒業したらまた改めて告白するから! 先生もそれでいいわね!」

「……はい」


 なんかもう、この場でアカに発言権は極めて薄いのであった。

 まあ、たしかに学園という同年代の交流の場で多くの出会いをすれば、アカのような男のつまらなさと遠さを理解できるだろう。

 比較対象さえいれば、賢い彼女ならばそれに気づけるはずだ。

 ……たぶん、きっと。


「よし」


 ゲンナリとしたアカとは対照的にクロは確約を期せば満足げ。

 そして自分のことで満足できれば、今度は相手のことを見遣れる。


「わたしはわたしの思いを伝えたわ。きっと、これからなにかあればまた話すし、この心を赤裸々に語る。先生に知っていてほしいから」

「……」

「先生はどう? なにか、話したいこととか、ないの?」

「ありますよ」


 なにもかも見抜くような澄んだ瞳に苦笑して。


「ハズヴェントにどやされました。そして今、あなたの話を聞いて、私も――そう、私も私のことを知ってほしいと、そう思いましたよ」


 あまり自分のことを語るのは趣味ではないのだけれど、上手く話せる自信もないけれど。

 それでも、アカ自身の口で彼女らに聞いてもらいたい。


「すこしだけ、昔話をしましょうか」

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