74 姦し文殊の知恵
「姉妹会議ターイム!」
姉妹会議とは。
「なにそれ」
「いま思いついただけよ、乗ってよ」
冷めたツッコみを入れるアオに、クロはジト目で批判を。姉のノリが悪い。
本日は晴天お日柄もよく――昨夜はあまり眠れず心地よい日差しに反してクロは眠たげ。
それでも持ち前の行動力は相変わらずにその身を動かし、朝食後にすぐ姉弟子三人を部屋に呼び立てて四人そろったところで会議の宣言をおこなったのだった。
「ほいじゃあ議題を上げぇ、クロ」
意外にもその場で最も素早くクロに同調したのはシロである。
シロは事前にこの催し事を知っていたので――というか主催を促した側なのでクロに与している。
一方でキィもわからないなりにクロがなにか真剣になっていることを察し、ひとつ頷いた。
「そっか。まあ、姉妹揃ってなにか話し合いっていうのもいいかもね。こういう、真面目に話すのははじめてかもだし」
「真面目に、話すのか?」
割と始め方から冗談交じりに思えていたアオである。
クロは頷いて。
「真面目も真面目よ――先生のこと」
「ん。アカの、なんだよ」
神妙になって問えばクロはそれに見合った重さで返答をする。
「わたしがあんまり先生のこと知らないんじゃないかって話」
「……これツッコみ待ちか?」
「真剣なんじゃと」
やはり軽口駄弁り合いの類では? アオは怪訝になるも、先んじてシロが淡々と事実を述べた。
クロの主観的には、真剣なのであると。
それが外から笑えるようなことであっても、当人にとってのみ深刻という事柄はままあるもので。
「ん、んー。そうか……」
「さいきんよくひとりで出てたのは、それが理由なの?」
アオが飲み込めずにいればキィが横から話を進めるように問う。
クロは頷いた。
「そうよ。各方面からの意見を集めてたの」
「各方面って、だれだよ」
「ハズヴェントとジュエリエッタとバルカイナおじいさん」
「バルカイナ!?」
流石にそれには驚いた。
いやハズヴェントはわかるし、ジュエリエッタだって百歩譲ればわかる。
だがまさかバルカイナとは……うちの妹弟子はときどき突飛で怖いもの知らずだ。
「そいで、それぞれなんち言うとったの」
「ハズヴェントはふつうの友達だって。
ジュエリエッタは憧れのすごいひと。
バルカイナおじいさんはまだ未熟な過去を通過して今の卓越になったっていう、なんというかやっぱり長生きなだけの人間だって感じなことを言ってたわね」
人並と人並外れた、その両方の性質を帯びていると。
その三者三様の意見にはアオやキィも興味深そうにうなずいて。
「普通だけどすごい、か。矛盾してるな」
「でも人の性格なんて見方次第だからね。気分でころころ変わって、機嫌でゆらゆらして、定まったひとつの答えなんてない質問だよ」
「ん。だから主観を聞いたんだろ、クロ」
ひとつの結論に収束することは難しいから、それぞれの答えを持ち寄ってもらった。
「えっと。たぶん?」
そこまで深く考えたわけでもなく、単にそのひとなりにそのひとから見たアカを知りたかっただけだ。
どうして自分の行動に疑問形なのだろう。思いつつもそこには追及せず進行。
「それでもしかしてあたしたちの意見も聞きたいってことか?」
「それはそう。それと、このあと先生に話すから、わたしなりの答えを出したいの。それに協力して」
「ほかの誰でもなく自分の主観で語るセンセ、か」
クロの答えをだすために姉弟子たちのもつ解答を参考にしたいと、そういうわけだ。
「だいすきなひとじゃ」
こういうとき、早いのはシロ。
事前から問いを知っていたこともあり、あっさりと。
「目標で目的で、ずぅっと傍にいたいしいてほしい。
魔術師としてすごいとかはシロにとってはあんまりどうでもよくて、いまいちピンとこん。
けど、せんせーがそれを望んで、そんで傍におる方法として必要ならシロもやる。魔術師として、天を目指す。
ん、短くまとめると、せんせーはシロの生きる理由で目的じゃな」
「……すっごいこと言ってないか?」
「ノーコメントで」
聞いてるアオのほうが顔を赤くしてしまう。キィでさえいつも回る口を閉ざして感情の発露を抑えねばならなかった。
当のシロは言うだけ言ったのでクロのベッドで横になってしまう。
クロは腕を組んでどこか難しい顔つき。
「でもこれだと前にあった好きなところを挙げるのと大差ない気がするわ」
「たしかに」
「でもここまで惚気られるのシロくらいなんじゃ……」
「ほいじゃあ、シロが最後にしたみたいに自分にとって一言でせんせーとはなにかを言うてもらおうかいの」
自分だけ言わせられてやっぱやめたは梯子外しであろう。シロは強く最低限の発言を要求する。
それくらいなら、とアオとキィは目を合わせて頷き合い、それから一緒になって頭を悩ます。
自分にとってアカとは――
アオはいう。
「そうだな。褒めてほしいひと、そのためにずっと見ていてほしいひと、かな」
「見ていてほしいひと……」
キィも続いて。
「じゃあ、わたしは忘れないでいてほしいひと、かな。センセだけでも、ずっとずっとわたしを覚えていてほしい」
「忘れないでいほしいひと……」
クロはそれぞれの言葉を、思いを受け取るたびに神妙になっていく。
それは彼女らの赤裸々な思いの全て。胸に秘めて抱き続けた心に灯る暖かなもの。
アオもキィもシロの言葉に頬を朱に染めていたが、自分たちの発言だって十二分に羞恥を誘うような情念のこもりようかわかっているのだろうか。
それと共感する自分にも、クロは気が付いた。
――クロはアカのことを知らない。
今更になって、その発言にみなが一様に首を傾げた理由に辿り着いた気がした。
クロがアカを強く思っているのなら、それはクロにとって大事な部分をすべて知っているのと同じ。
だからきっと、誰から見ても一目でわかるほどにクロは彼を強く思っていた。
それはつまり一言で言うのなら――
「そっか。わたし、先生のこと、好きだったんだ」
好きだ。惚れてる。焦がれている。
好きだからずっと見ていた。
好きだから知ろうと努めていた。
好きだから底知れないと勝手に思い込んでいた。
すとんと腑に落ちたその自覚に、クロはなんだか苦笑してしまう。
そんな当たり前を見過ごして、大慌てで駆けずり回っていた自分が馬鹿みたいだ。
なまじっか広い世界を知って歩いて見て来たから、矮小な自分の小さな思いを見逃していたのだろう。
なんともまあ滑稽というか、道化た不様だっただろうか。笑ってしまわねば恥ずかしくなってしまう。
「…………」
くすくすと笑う少女の姿は恋する乙女そのもので、傍で見ている姉弟子たちからさえ魅力的に映る。
自然と生暖かい顔つきになって邪魔にならぬよう小声で言い合う。
「なんでこんな愛の自覚みたいになってんの。なんの話だったけ? 真面目なやつじゃなかったの?」
「なっ、なんでだろうねー?」
「シロ知らーん」
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