プロローグ・刃


「死にぞこなったそうじゃないの、寝坊助」

「……十六の女傑サマが、敗残兵になんの御用で?」


 漆黒の長髪はストレート。黒衣の軍装。それに反した真っ白な肌と深紅の唇をした美女。

 顔立ちは恐ろしく整っているが故に、その獰猛な笑みは凶悪のひとことに尽きる。

 その女性の名を鴉刃カラスバのツェザリアという。


 ハズヴェントの、軍学校時代の同期である。


「ふん、不様に負けて失意に呑まれる程度ならば斬り捨ててやるつもりだったが、存外にふてぶてしいじゃない」

「あー。禁煙中だからじゃないか?」

「どうしたのかしら、死地にて光明でも見た?」

「まあ、目も覚めるような出会いはあったな」


 含むような笑い方が、ツェザリアはわずか気に食わなかったが――それ以上に鋭い眼光が好ましい。


「以前の貴様は腕も器もあったが覇気がなく捨て置いたのだけど……面白い。貴様、十七が潰えて行き場がないでしょう。我が部隊に来なさい」

「……そりゃまた、どうした心で?」

「次の十七の名を背負うのが私の部隊になった。故、箔付け――というのがひとつ」

「そうか、あんたのとこが次の……」


 王国軍第十七部隊は最強不敗の部隊。

 だからこそ、敗北して壊滅したなどという事実は明るみにされることがない。

 以前からのように。


「今、これで何代目になるんだ?」

「貴様らが三代目、我が隊が四代目の十七だそうだ」

「うわ、けっこう負けてら」


 まあ、不敗伝説が残るくらいだから、相手が悪かっただけだろうが。

 自分たちの代も、そこはそうだったから。


 ツェザリアは軽口には付き合わず、自分の言いたいことを言うのみ。


「もうひとつ、眠気が抜けた貴様ならば私の部下に欲しいと思ったまでよ」

「なんだよ、けっこう買ってくれてるのか?」

「ヤニ臭いのは嫌いなの」

「あ、なにそうだったの? 早く言えよ」

「ふん。貴様、先ほど禁煙中と言ったわね、それは決意の表れとみていいのでしょう?」

「さぁな」


 煙草もなしに煙に巻こうとしたってそうはいかない。


「……ロンザのシガーケースはどうした。あれがあっては禁煙ももつまいよ、なんなら預かってあげましょうか?」

「残念、もう預かってもらってる」


 両手を挙げてなにも持っていませんのポーズ。

 ツェザリアは怪訝に目を細めるも、すぐに自分で結論を導く。


「先ほど言っていた、目も覚める出会いとやらかしら」

「ああ」

「そうか。寝ぼけていた貴様を叩き起こしたような人物だ、私も興味深いが」

「あー、そうだな、七年後ってところか」

「……会えないのか?」

「おれがこのままじゃあな」

「ほう? それはつまり」


 どこか期待に満ちた瞳が面倒だが、ハズヴェントは退くことなく告げる。宣する。


「あぁ。本気でやるよ、本当に本気で……騎士を目指す」

「はははははは! それはそれは、なかなかに大言壮語ね。素晴らしい」


 この国において騎士シュバリエとは軍属における個人単位における最強の戦士の称号。

 たった十二名にのみ与えられる――魔術師で言うところの、月位ゲツイ九曜に匹敵する座だ。


 それを目指すのは国の戦士のはじめの一歩。

 けれど軍に配属され、多くの戦いを経験し、現実を知れば知るほど、公言することの重みを悟る。

 届くはずのない天に手を伸ばすことの、なんと愚かしく不様なことかと。


 だが不様でもなんでも目指さなければ歩きだせない。進まなければ辿り着けない。やらない理由にはならない。


 現実がどれだけ厳しかろうと、ハズヴェントは目の当たりにしてしまったから。

 御伽噺の鮮烈さを。

 天にあるくせにどこまでも人間臭い魔法使いを。


 それを知って走り出さないなんて嘘だろう。

 すくなくとも、ハズヴェントはそう思ったのだ。


「あんたにゃ宣言しておく、よく覚えておけよ――七年でおれは騎士の一番になる、必ずな」


 ――そしてこの七年のうちに新たなる騎士シュバリエがふたり誕生するのだが、それはまだ先の話。


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