春
69 黒い夜にも輝く白金星
「ふぅん? そいじゃあ、クロはアオとキィのお話を聞いたんじゃねぇ」
「うん、ふたりとも……本当につらいものを背負ってたわ」
そろそろ風も暖かくなってきた。
窓を開けていると気の早い春風に頬を撫でられ、くすぐったくて目を細める。
シロの部屋、ベッドの上にてふたりは並んで座る。話し込んでいる。
北で起こったあれやこれや――ではなく、かつて呪いによってあった姉妹らの悲劇について話していた。
思い出すだに震えてくる、俯くクロに、けれどシロはあっけらかんと。
「そいなら、シロのでコンプリートじゃな。話しちゃる」
「え」
硬直する。
緩やかな風が入り込んで来て、ようやくクロはなんとか口を開く。
「いえ、いや……そんな気軽に話せるものじゃないでしょ?」
「んー?」
シロは小首をかしげ。
「そうでもないんじゃなぁ、シロのはもう終わったことじゃけぇ」
「それはそうでしょ」
「ん。ちぃと違うじゃろ。なんていうか、もうシロは心の整理がついとるんじゃ」
キィやアオも、きっと未だに過去に囚われている。
確かに救われた。妹弟子に話してすっきりできた。ある程度向き合えるようになった。
それでも――完全に吹っ切れたかと言えばそうではない。
もうすこし心の整理に時間はかかるだろう。まだまだ影が差してしまう時はあるし、悪夢に見る日だってあるだろう。
一方でシロは。
「シロはもう十云年前のことじゃけぇ、時間をかけて……忘れることができちょる」
吹っ切れているし割り切れている。
長い時間をかけて、そのように自らに納得をさせることを完了している。
「まあ、ゆーて、忘れたんは嫌な部分で、せんせーにはじめて会ったいう大事な思い出は残っちょるけぇ」
「そっか……わたしもいつか、そういう風になれるかな」
忘れると言っても、本当に忘れることなどできやしない。
ただ他のあらゆる記憶と同じように意識の下に置いて、ただ熱のない記録として受け入れる。
嫌な気持ちを、忘れるということ。
それができたのなら、クロはこの自己嫌悪の連鎖から自らを許すことができるのだろうか。
なかなかに切実な問いかけに、シロは首を捻るばかり。
「さぁ?」
「ちょっと。すこしは励ましてよ」
「クロは真面目じゃから、シロみたいにうまーく自分を言いくるめるんは難しいかもしれんじゃろ」
「わたしが頭でっかちっていいたいの?」
「理屈っぽくはあるじゃろ」
それは、そうかもしれないけれど。
図星を突かれてぎくりと言葉を飲んでいる間にも、姉弟子はまるで容赦なく。
「そのくせ感情的でもあるし、怒りっぽいん。まぁ、全部、素直な性格の表れじゃろうけど」
「わりとボロクソに言ってないかしら!?」
「褒めとるよー」
「うそよ!」
「ほんと、ほんと」
シロの笑顔がどこまでも無邪気なものだから、クロはあまり強い語調になりきれなかった。
こういうところ、ずるいなぁと思うし、うらやましいなぁとも思う。
彼女のような飄々とした態度は、クロにとってある種の憧れでもある。なんとなく、大人の女っぽいからだ。
「べつに自分を変える必要はないいうことじゃ」
「む」
「自分なりの受け止め方で、自分なりの納得の仕方をすればええ。シロのやり方を参考にするのはええけど、それに倣う必要はないわけじゃな」
「わかってるわよ」
正答のひとつを教えられたからと、それに盲従するのは必ずしも正解とは言えない。
人間みな別個。
違う思想と違う精神と違う素養をもっている。
思考回路も結論も、それは違うということで。
「んじゃあ、それを踏まえた上でそろそろ語っちゃろー。シロとせんせーの馴れ初めじゃぁ」
「なんとなく言い方が気に食わないけど、いいわ。静聴するから話してよ」
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