幕間 かしましお泊り会
「……先生の、好きなところ?」
言葉の意味は理解できるども、それを話題に挙げることへの疑問が隠し切れない。
クロは酷く怪訝に顔をゆがめ、むしろ理解を拒んでいるようであった。
キィはまるで気にせず笑顔で。
「うん、クロからどうぞ」
「なんでよ!」
迸る疑問の叫びに、アオまで至極真面目な顔つきで返す。
「そりゃお泊り会って、なんかこう……好きな男子のことを話し合うみたいな恒例があるから?」
「でも好きな男子ってなんか恥ずかしいし、ここは全員共通して恩のあるセンセについてにしようって配慮だよ」
「配慮……配慮ってなに……?」
クロにはお泊り会の様式美も配慮という言葉の意味も、まったくわからない。
お泊り会、である。
と言っても、キィの思い付きでシロの部屋に枕だけ持って夜な夜な姉妹で集まっているだけである。
このまま眠くなるまでわいわいといつもできないような話をしようという会で、なんならそのまま寝こけてもいいし、部屋に戻って寝てもいい。
なぜシロの部屋なのかというと。
「……ねむれんじゃろ」
「シロも考えてねー」
「むぅ」
部屋の主を誘っても誰かの部屋にはやって来ないことが容易に予想できたからだ。ならばこちらか向かえばいいという逆転の発想である。
シロは逃げるに逃げられず、かといって追いだすほどに冷酷にもなれずなし崩し的に認める他なかった。
――改めて。
アカへの評価、である。
「……言わなきゃだめ?」
「「ダメ!」」
姉弟子ふたりの圧は強かった。
というか、お泊り会というムードを存分に楽しもうとしている感が伝わってきて、ここで乗らないのは野暮なのではと思わされる。
クロだって、お泊り会なんてはじめてで、どこか高揚している部分はあって。
「わかったわよ」
諦めたふりをして、わりと乗り気に。
「ええと、じゃあ……」
思案一拍。
「手を差し伸べてくれたところ。救ってくれたこと。可能性をくれたこと」
「はいダメー」
「え」
真剣に考えた結果に即座のダメ出し。
クロは硬直してしまい、指でバッテンを作るキィを見遣る。
「ダメだよクロー。それみんなそうじゃん。前提じゃん」
「それは……そうかも……」
言われてみれば確かにそうだ。
クロの挙げたアカの好ましい点とは、すなわち全員共通の……言ってしまえば言うまでもないところ。
それでは面白味がないし、なにより話にならない。
可能なら全員が別の意見を述べてほしい。
「……えぇ、でもじゃあ……うーん?」
「ほかにないのか?」
「ない……わけじゃないとおもうけど、すぐに思いつかないわ」
というわけで。
「さきにアオとキィの意見を聞きたいわね!」
一転して攻勢、向けられた質問をそっくりそのまま返してやる。
「えっ」
「えー」
さんざん煽っておいて自分の手番になると急に萎れる。
なんてズルい姉弟子たちだ。絶対聞き出してやる。
クロが攻め込もうとした、その時に別口から声が入る。
「せんせーがせんせーじゃけぇ、シロはせんせーが好きじゃよ」
「え、シロ?」
気恥ずかしさに押し黙ったふたりに代わって、突如シロが口を開く。
「つまりせんせーってところがもう好きな点じゃね。はい、シロの番おわりー」
「あっ、シロずる……」
沈黙が無理だと悟るや否や速攻で勝負を仕掛けてくる辺り、やはりシロはしたたかでソツがない。
さらにひとりがきっちり答えたことで、他も黙していることが許されないような雰囲気の形成にまで成功している。
冷や汗を流しながら無言でアオとキィは視線を交わし合い……どちらともなく頷き合う。
意を決してキィから。
「ほしい時に、ほしい言葉をかけてくれるところ……とか」
「そうかしら」
割とボケたところないか、あの先生。
だがキィの顔を朱に染めながらも揺るがない語調ではにかむ様は、否定を受けつけてはいない。
「そうだよー。すくなくとも、わたしはそう思うよ」
「うん、なんか聞くだけだとそんなにでもないわね……次、アオ」
いつの間にやらクロが仕切りだしていることにツッコむ者はいない。
アオもまた異を挟まず、腕を組んで胸を張って、それを答える。吹っ切れたというよりヤケクソ気味で。
「カッコいい」
「意外に面食いなの?」
「ちがう! 考え方とか行動とか人生とか、なんかそういうところがカッコいいと思う!」
「顔は?」
「……カッコいいけど」
否定できようはずもない。
アオは真っ赤になった顔を両手で隠してもはやそれ以上は口を動かせそうにない。
恥ずかしがり屋なのだ。
とはいえこれで三人の姉が言い終えた。
残るは――
「じゃあ最後、クロだよ!」
「ただしもう出た意見と同じってのはなしね!」
「……あれ」
ということは、選択肢がだいぶん狭くはなっていないか。
最後に回ったのは悪手であったのでは。
今さら気づいてももう遅い。他の全員が意見を述べたのだから、ここでブッチするというのももっとありえない。
「ぅぅ」
縮こまりながらも頭を回す。
さっきから考えていたが、思いつかない。
どうすればいいのだろうか。
ふと天命のごとく思いつくものがあった。
「すっ、好きだから好きなの! 先生のぜんぶが好き! それに理由なんかないわ!」
「…………」
いや、むしろそれはヤケクソというか、諦観というか、自爆というか。
ともかく、数秒の沈黙ののちに姉たちがきゃーと嬌声を上げる程度の発言ではあった。
それからクロはふたりの姉にもみくちゃに可愛がられることになるのだが、もはや様式美である。
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