キィ6 非才


「……しかしすこし珍しいですね。キィのほうからこういうことを言ってくださるのは」

「ん、そうかも」


 すこしずつ寒さが遠のこうと準備をはじめる頃。

 まだ厚着は必要だが、昼間の陽が天頂に座すくらいには仄かな暖かみを覚える。


 庭先で、アカとキィは向き合っていた。

 ふたりともその手には錫杖と短杖ワンドをもっており、これより魔術を行使するとわかる。


 キィからの要望があった――実戦的な稽古をつけて欲しい、と。


 それは言ったように珍しいことで、彼女の師をやって四、五年経つがはじめてと言っていい。

 アカのほうから鍛錬の一環として誘うことはある。アオが一緒にやろうと誘うこともある。

 けれど、キィがひとりでアカに頼むのは、はじめてだ。


「なにか、ありましたか」

「……えっと」


 それを聞かれることはわかっていたのだろう。

 キィは既に返答を用意しておいた。


「クロってさ、まだ弟子入りしてから一年も経ってないくらいじゃない?」

「そうですね、もうそんなになりますか」

「どっちかって言えば、まだそれだけって言いたいんだけどな」

「……それは」


 なんとなく言葉の先を察知できてしまい、アカの顔色がすこしだけ曇る。

 キィは構わず。


「クロはすごいよ。一年足らずでもう人位ジンイまで上がって、ドラゴンにも届く魔術を会得して」

「……」

「もちろんアオもすごい! わたしとひとつしか歳が変わらないのにあんなに強いなんて、たぶん他にいないよね」

「キィ……」


 か細く名を呼ぶも、答えはない。

 キィは俯いて。

 

「それに比べてわたしって、全然だめだなぁ……」

「そんなことはありません」

「でも、今回の件で、わたしなんにもできなかったよ」

「そんなことは、ありません!」


 同じ言葉を繰り返す。

 大事なことだ、本当に、大事なことだから。

 強く真剣な言葉と眼差しは、けれどあまり聞いていない。世辞かなにかと勘違いされている。


「わたしってふたりと、それにシロも含めてさ。一番、才能ないじゃんか」

「……才にひとつの答えなどありません。それぞれに、それぞれの色をした才能が秘められているのです」


 才能なんてものは多様で多面で、なにより多彩であろう。

 ひとつの定規だけで計れるようなものではない……と、これは幾度か伝えたことである。

 たとえばキィは魔法陣の多重展開においてひと際優れている。アオやクロ、シロよりも上だろう。

 それも立派な魔術の才であり、その側面では彼女は屋敷で最も優れているはずだ。


「あー、うん。それはわかってるよ。うん。そうだよね」


 でも、と敢えて言って。


「魔力量、染色濃度、術式制御……とか、そういう魔術に至るまでの大事な才覚で、わたしは……」

「それは上を見すぎでしょう。あなたもとても才のある子です」


 キィの自己評価は低い。

 それは一面において正しくある。

 相対的に見て、彼女とともに住まう姉妹たちのなかで、キィは最も才がないかもしれない。


 けれどもう一面を見れば大間違い甚だしい。

 たとえば学園という枠組みで眺めたとしたら、彼女の非才だなどと冗談としても笑えない。

 そして、多くの者は狭い囲いよりも、広い世界を見て自らの才能の多寡を計測するが、キィはそうではなかった。

 それだけのことであり、他者からの評価に――例外はあれど――意味を見出してはいない。

 だから、キィの自己評価は揺るがずに低いまま。


「でも下を見て今を満足する生き方じゃ、そんなの進歩できないでしょ」

「……それは」

「わたしはみんなより下、それを認めないと先には進めないよ」

「卑下ではなく、事実の認識であると?」

「うん」

「でしたら、いいのですが……」


 けれど、キィは姉妹たちを妬んだりはしていなかった。

 ただ自らの及ばなさを嘆き、姉妹らは純粋に尊敬している。すごいと思う。


 その心に、キィはひどく安堵していた。

 まさか自身の至らなさを笠にきて大好きな家族に嫉妬するような愚か者でなくてよかったと、自分に失望せずに済んだから。


「わたしはぜんぜんだめだった。だから、がんばらなきゃ」

「……あなたは本当に、美しく輝かしい心根をしています。尊敬しますよ」

「えー? どうしたのセンセ、そんな急に褒めないでよー」


 勝手に卑屈に落ち込んでいると懸念して、少女の前向きさを信じられずにいて。

 侮辱甚だしい態度をとってしまった。

 なのにキィは眩く笑っていて――アカは穴があったら入りたい心地になる。


 もはやこれ以上、語らっているのも気恥ずかしくて、アカは錫杖をしゃらりと鳴らす。


「では、そろそろはじめましょうか」

「うん、お願いします!」

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