幕間 目覚め目指してまっしぐら
「ふわ……!」
はっと目が覚めれば、少女は全身をバネのようにして跳ね上げる。
寝ぼけた頭で眠る以前を思い起こそうとして、それより先に声がかかる。
「あぁ、起きましたか、尽滅の」
「え……えっ? えっ?」
声をかけたのはシュレーア・ロズウェルト――魔術師協会会長そのひとであった。
そして目覚めた少女はカヌイ、九曜がひとり尽滅のカヌイである。
カヌイは様々なことに疑問が乱立していて、こてんと首を傾げる。
「えっと、会長さん?」
「はい、その通りですよ。おはようございます」
「うん、おはよー」
とりあえず挨拶だけは返して、すぐに頭の中は疑問で一杯になる。
「え? え? なに、ここどこ? なんでアタシここにいんのさ?」
「説明しましょう。落ち着きなさい」
シュレーアは執務机で仕事を続けながら、ちらと目線だけでカヌイを刺す。
射竦められて、カヌイは慌てふためくのをとりあえずやめる。シュレーアの言葉を聞き入るためにお口にチャック。
満足げに頷いて、シュレーアは順番に。
「まずここは私の執務室です。魔術師協会本部、と言ったほうがいいしょうか」
「うんうん」
「それで、貴女は極北地よりある御方が運んでくださいました」
「あ、お兄さんだ!」
なぜか目を輝かせ、カヌイは笑った。
……シュレーアの知っている彼女は、なにか飢えた獣のような雰囲気であった気がするのだけど、その姿は夢見る乙女のようで……まあいい。
「はい、アカと名乗った魔術師ですね。彼にはアンカラカの捕縛を依頼しておりました」
「あ、それホントだったんだー。じゃ、アンカラカもこっちに?」
「いえ、彼女は北の地で亡くなられたそうです。ですが、彼女の証言を彼とその弟子らが聞いていましたので、疑いは確信となりました。ジュエリエッタの罪も晴れましょう」
「あー、そーゆう流れだったんだー。だからお兄さんとジュエリエッタが一緒に……ふぅーん」
おや、この様子ではカヌイはほとんど事情を知らなかったのか?
ならばここら辺の説明はあまり意味がなかったか。
「ともあれ、依頼は完了したので、その報告ついでに貴女の身柄をこちらに渡してくださいました。あの地に残しては貴女とはいえ危険でしたしね」
「完全に気を失ってちゃ、宿纏法も纏えなくて死んじゃうってー」
「ええ。それに、極北地の案内人はもう不要となったようですし」
「え……どゆ意味?」
こてんと首を傾げる。
幼い動作に、そういえば彼女はまだ二十歳にも満たない子供だったかと思い出す。
彼女の強大な魔術は、その稚気をも覆い隠して恐怖を呼ぶ。
とはいえ、シュレーアはやはり無表情で。
「実は、アカ様の言うには、極北地における竜は駆逐したとのことです」
「えっ! ドラゴン、全部倒しちゃったの!?」
「そのようです……いえ、貴女もそれに加担したとうかがっていますが」
「あー。うーん? お兄さんと戦ってるときに邪魔だったのを退けたような……?」
アカとの戦いにのみ集中し、それだけに専心していたがため、茶々入れの邪魔者など記憶に残ってはいない。
とはいえ、確かにそんなこともあった気がする。たぶん。
「でも、すごいねーお兄さん。ドラゴンってたっくさんいたと思うんだけどなー」
やってのけたことを疑うことはしない。それだけの強さを見せつけてくれた。
だが疑問が残る。
あれほどまでに強い男は、果たして一体どこの誰なのだ?
「ね。会長」
「はい」
「会長は、お兄さんが何者なのか、知ってるの?」
「……」
一瞬、シュレーアは仕事の手を止めた。
けれどすぐに再開し、別れ際のアカの言葉を思い出す。
――カヌイさんがよほど求めたのなら、私の名を明かしても構いませんよ。
いいのか? と問えば、彼は苦笑して。
――力を見せすぎましたからね、おおよその見当はついていると思いますから。それになにより他の二名と間違えられるとだいぶ傷つくので……。
「彼は、アーヴァンウィンクルです」
「え?」
「アーヴァンウィンクル。赫天のアーヴァンウィンクルです、ご存知でしょう?」
「そっ、それは知ってる……けど……えぇ!? ほんとに? パッ、パねぇー!?」
御伽噺の魔法使い!
天上七位階における最上、
夢のようなと思ったが……本当に夢みたいな魔術師だったのか!
「あまり口外はしないようにお願いしますよ」
高揚してテンションブチ上げな少女に、やれやれとシュレーアは釘を刺しておく。
どれだけ聞いているのかわからないが、まあ止めたという建前だ。
返事もせずにカヌイは執務机にまで駆け寄ってずいと前のめり。
「それでそれで、会長! お兄さんはいまどこにいるの!? 会いたい!」
「それは私も知りません」
「えー? ホントにー?」
「本当です」
ですが、とシュレーアは続ける。
なにも言わないでいると際限なく問い詰められそうだと直感した。
「ここより北西の、雪の積もるような辺境地ということは推測できます」
「? 教えてくれるの?」
「代わりと言ってはなんですが、もしも彼の住まいを発見できた暁には私にもその場所をお教えください」
「いいよっ、ありがと!」
案内人としての役割も終え、すぐに九曜としての仕事も入ってはこない――つまり、カヌイは今少し時間に余裕があった。
その時間を存分に使って、今やるべきことはただ一つ――!
「探し出しちゃうよ、お兄さん!」
それから尽滅のカヌイが国中を駆け巡ることとなるのだが、それはまた別のお話。
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