68 末路


 咄嗟に、アカは環境調整領域を再び敷いていた。

 周辺の暴風も氷雪も瞬く間に消え去り、凪いだ環境をそこに作り出す。


 そして叫び散らすアンカラカを見遣れば――それを気取った。


「あなた、まさか……!」

「ぐぅぅぅぅ。ぅぅっ、ぁぁあああぁあああああああぁああぁぁぁぁああっ!」


 そのとき、アンカラカを中心に強烈な魔力圧が放たれる。

 アカでさえ気圧され、彼女から離れざるをえなかった。弟子らやジュエリエッタの保護もあったとはいえ、だ。


 止めどなく放出される魔力は膨大で、まるでアンカラカの命を燃やしているようで、事実彼女の身は端々からほつれはじめていた。


「…………」

「アカ!」

「っ、アオ」


 隙を突いてとはいえストルフェを雪に埋めた――アオはそれを見届ければすぐにアカのもとへ走っていた。

 状況はどうなっている。アンカラカはどうなった。


「あれなに! どうなったのあいつ!」

「おそらくは……精霊への変貌をなそうとしています」

「なっ!」


 驚くアオの後ろから、ジュエリエッタとクロ、キィが口々に叫ぶ。


「……たしかにあの女は『理反の祝福』だったっけ? を扱える唯一の魔術師だ、自らに施すことも可能だろうが……」

「それ、大丈夫なの? あんなに苦しそうなのに!」

「たしか、アオみたいに無事なのは特別なんでしょ? あのひとは――」

「ええ、ですから彼女は今、変化とともに命を失っております」


 アカの結論に、全員が息を呑む。

 それはつまり彼女の改定して造り上げた『理反の祝福』は、やはり元のそれと同じで被呪者の資質を求めるということ。

 アンカラカは、自らの呪いに死んでいこうとしているということ。


「たとえ理反のグリドー氏が優れた魔術師であっても、威命のアンカラカ氏がその全てを受け継いだとしても、誰もに施せる完全なる精霊化など完成しなかったということですか」


 落胆のような安堵のような、複雑さを伴った呟きは風に消える。

 けれどアオの耳にだけは伝わって、自らの特殊性と――雪に埋没した彼の特別さを浮き彫りにする。


 不意に、アンカラカの叫びが途切れる。代わって溢れだしたのは……


「たす……たすけて……! あたくしを助けて!!」

「っ」

「死に……死にたくない! 死にたくないの!

 あたくしが、消えていく……だめ、嫌だ。消えたくない……!」

「……はぁ」


 この期に及んでの命乞い。

 どこか既視感を覚える光景に、アカは思わずため息を吐き出してしまった。

 とはいえ、助けないというのもどうだろうか。


 目の前で不様に命乞いをする女を前に、弟子らが同情めいて揺れている。ちなみに大人勢は酷く冷めた目をしていた。

 アカはまあ一度目はと手のひらをかざす。


「約束してください。大人しく捕まり、協会で相応の罰を受けると」

「する! するわ、だからお願い……!」

「約束しましたよ」


 まずは生命アカ魔術で魔力圧を抑え込む。

 それから近寄り、彼女の内部にて胎動する祝呪ミドリを探り出す。


「ふむ、これが『理反』の。たしかに『精霊化』とは細部が異なる……」


 興味深いが、今はそれに見入っている場合でもない。

 以前にやったように対抗アイ祝呪ミドリを併用することで『精霊化の祝呪』を解呪する。

 これで、命の危機は脱するはずだ。


「言っておきますが、すでにほつれた部位は戻りませんよ。自らの為した愚行は、自らの身でもって償いなさい」


 急速な変容によってアンカラカの二割はもはや不可逆の精霊化に陥っており、またそれに耐えかねて左腕は失われていた。

 身に余る力を求めた代価は、確かに彼女自身から支払われている。


「っ。下手くそ! 鈍いくせに完全に治すことすらできないの!」


 苦痛も安らぎ、もはや喉元過ぎれば熱さを忘れるの文字通り。

 そんなアンカラカに――アカは呆れたように思わず一言漏らしてしまう。


「あなたは……傲慢で嘘つきで、ひとから奪うことしかできない――まるで愚かな竜そのものですね」

「っ! お前! あたくしを、あんなトカゲ魔獣ごときと一緒にするなど――!」


「――かあさま」


「!」


 電撃的に振り返ったのは、やはりアオ。

 分厚い積雪を焼き尽くし、そこに立つのはストルフェである。

 あの雪崩のなかでも生存し、未だに強大な魔力を誇る精霊だ。


 だがアオには予想範囲内。一時的に押し勝てていただけで、本来の実力は明瞭なほど彼が上なのだから。

 反射的に構えようとするアオだが、彼女は既に魔力枯渇。当然、他の姉妹たちも戦力外で、ハズヴェントでさえ膝をついている。

 もはや、こちらの戦力はアカだけである。


 だが。


「かあさま、もう終わりにしましょう」

「え」

「なにを――!」


 そしてアンカラカは額を穿たれて絶命した。


 不可視にして最速の、それは魔術師殺し。

 アカでさえ、想像すらしていなかった奇襲に手が出せず、速やかに抹殺は完了していた。


 呆然と、アオは問う。


「……なんで」

「あーあ。やっちゃった」

「なんで、なんでだよ!」

「かあさまを、殺しちゃった」

「なんで母親を殺してるんだ、ストルフェ・リトプシス!」

「あははははははは……!」


 返答はなく、ただ乾いた笑声が領域内に響き渡る。

 悲喜こもごもの泣き笑いのような、それでいて表情は不変で不気味な迫力があった。


 そしてはたと気づく。

 ストルフェは、その全身から魔力を霧散させて……ほどけている。

 まるで雪が溶けて水となり、それさえ蒸発して空気中に分解されていくように、彼の身体は失われはじめていた。


 なぜ、どうして。

 彼は完全なる精霊化を果たし、唯一無二の人から精霊に転じた存在ではなかったのか。


 誰もが口を挟めずにいると、不意に笑みは終わる。

 そして、ストルフェはひたとアオに視線を据えると、どこか捨て鉢に。


「アオ、っていったよね」

「……ああ」


 ゆっくりと、顎を引いて頷いた。

 もはや戦う力のないアオは、言葉で対するしかできない。


「さっき、君は人間でいたいって言ったよな。うん、そうだよね……僕も、そう思うよ」

「……あんたは完全な精霊化を果たしたんだろ? 人間を超えたんだろ? なんで今、あんたは消えかけてるんだ」

「完全な精霊化、か……」

「え?」


 問いには答えずどこか自嘲のように、ストルフェはいう。


「完全なものか。この祝福は未だ不完全なものだよ……大きな欠点が存在した」

「!」


 その一言には、アオだけでなく他の全員にも驚愕が伝播した。

 彼は、なにを言っている?


「精霊と化した者は、全身を魔力として再構築される。そして、身を象る魔力はどこまでいっても魔力でありその性質を失うわけではない」

「何が言いたい」

「つまり、魔力はマナへと還元される」


 魔力は外気に溶ける性質がある。

 それは、魔術師ならば誰でも知っている常識であった。


「え? それじゃ……」

「あぁいや、波立たない不動のマナであればそれに抗うこともできるさ。だが誰かが魔術を行使し大気中のマナを撹拌すると、この身は荒れたマナに巻き込まれてほどけていく」

「身体が……ほどける……」


 思い出したのはかつて見たお姉さんの失われた右腕のこと。

 つい先ほど全身がほどけていたアンカラカのこと。

 そしてなにより、今今消えようとしている、ストルフェ自身のこと。


 それは、つまりそういうことなのか。


「それから逃れるためには人里から離れる必要があった。誰もいない、マナの乱れのない僻地――それがこの極北地だったのさ」

「極北地にいた理由はそれか……」

「そう、けれど、君たちと大規模な魔術合戦なんかしたものだから、ほら、僕の身体は大気中のマナに還ろうとしている」

「!」


 それは、アオのせいということなのか。

 愕然とする少女に、ストルフェはどこか優し気に。


「君のせいじゃない。ただ僕がそういう存在だというだけだ。

 わかるかい、アオ。精霊化なんて、ロクなもんじゃないのさ。半分の君は無事のようだが、ともすればいずれ同じ症状が発症するかもしれない」

「っ」


 自分が半精霊であることで、自らの命が縮むだなんてことは考えてもみなかった。

 であればこれは、消えない呪いのようなもので――


「もしかして本物の精霊だって同じ現象に悩まされ、そのせいで人と触れ合うこともできずに露見することなく――」

「それは違いますよ」

「なんだって?」

「それは違います」


 アカが、そこで割り込んだ。

 間違った知識を弟子に与えることを、彼は許さない。


「精霊たちは、たしかに自らの魔力体をマナの乱れによって綻ばせることはあります。けれど、それは自らで抑え込むことのできる現象です。強く生存を思い、揺るがずに死を拒めばそれで問題はないそうです。


 あなたが身をほつれさせているのは――あなたの生きる意志の欠如のせいです」


「……っ」


 はっとして目を見開いて、茫洋と言葉の意味を飲む。ゆっくりとそれを理解していくとともに自然と閉眼して。

 全身が力み、震え、けれど最後には萎んでしまう。


 それはきっと、彼がもっとも指摘されたくなかった事実であった。

 開眼と共に大粒の涙があふれて、どこまでも自虐的に笑う。


「はは。そうか。そうだったのか。たしかに、そう言われてみれば思い当たる節しかないなぁ」


「僕は……そうか……ずっと死にたかっ――」






 ばくん、と。


「え?」

「は?」

「うそ……」


 その時。

 突如大地が爆ぜた。

 地を退け雪を散らして地中より巨大なあぎとが出現した。


 あぎとはストルフェを食らい、飲み込み――大地の下よりその全容を現す。


「ふっ……ふはは。ふはははははははははははははははははははははははははははははははは!

 遂に食ろうてやったぞ、命の結晶を! これで、これで貴様を殺せる、我は無敵だ――! アーヴァンウィンクルゥ!!」

樹魂竜魔アンフィスバエナ……!? まだ生きて――そういうことかっ」


 それは地に潜り、地中に潜み、圧殺の結界から逃れていた。

 その往生際の悪い存在の名は――神話魔獣が一柱、樹魂竜魔アンフィスバエナであった。


「土に汚れ泥にまみれ、なお生き汚くも生き延びたか……貴様の誇りは地に落ちたようだな、樹魂竜魔アンフィスバエナ!」

「誇りだと!? そんなもの、貴様に敗れたあの日から失ったままだ! だが! 今より貴様を殺してそれを取り戻すのだ! 我は、我は――!」


 一陣の風が吹く。

 それだけで、樹魂竜魔アンフィスバエナの首は飛んだ。


「――相も変わらず、貴様はうるさいぞ」


 怒気のこもった声は、アカにしては酷く珍しく低く恐ろしい。


 精霊は魔力の塊。

 それはつまり、魔獣や樹魂竜魔アンフィスバエナら神話魔獣にとっては極上の餌であるということ。

 食らった魔力をそのまま自らの力に還元でき、たしかにストルフェを食われてしまうと非常に厄介なこととなっていただろう。そのため樹魂竜魔アンフィスバエナは長らくこの大陸に訪れた精霊を食らうために狙い続けていたのだ。


 極北地にアカらが訪れて最初、探査にストルフェが引っ掛からなかったのは、すなわちずっとずっと魔力隠蔽をし続けていたということ。

 竜に狙われて、それから身を隠していたがためだったのだ。


 そしてこの土壇場にようやく精霊を食らい、その力を得ようとして、しかし。


「愚かだな、貴様の身に還元される前に貴様を滅ぼせばそれで事足りるだろうが」

「グゥ……アーヴァンウィンクル、アーヴァンウィンクルゥ!」


 首を落とされても首だけで喚く。

 その生命力は流石である。だが、アカとしてもそれだけで殺したつもりになどなっていない。

 これを滅ぼすのなら、やはり封じてからでなければならないから。


「これで最後です」


枝折エダオリ根切ネキリ』――今度こそ逃さぬよう、樹魂竜魔アンフィスバエナを中心に球状に結界を張る。

 地にも空にもどこにも、絶対に逃しはしない。

 そして結界は即座に収縮。力自慢が果実を握り潰すように――結界は樹魂竜魔アンフィスバエナの肉体を粉々に圧し潰す。


 ただ樹魂竜魔アンフィスバエナではないものは――ストルフェはそれを素通りして落下、どしゃりと地に叩きつけれらる。


「ストルフェ!」


 慌てて駆けよっても、彼は無反応。

 いや、そもそも動くこともなく、声すら上げない。

 その上分解速度が増している。ストルフェの全身が端から蒸発でもするように速やかに消えていく。


 まるで……いや、これは……。


「これ……どうして」


 傍まで寄ったアカは、彼の容態を確認して状況を理解する。


「先ほど言ったように、精霊は自らの身体を自らの心によって律しております。逆に言えば心が自分の死を認識し確信してしまえば……そのまま死んでしまうのです」

「そんな! アカ! なんとかならないのかよ!」

「……それは」


 項垂れ、目を伏せ、顔をそむける。


「申し訳ありません。生命アカ魔術で癒すとか、そういう話ではないのです。私に打つ手はありません」


 竜に食われて死んだという認識と、なによりも――彼自身が死にたがっていた事実は、どうしたって覆せない。


 誰にもどうにもできないことはある。

 とくに、ひとつの命の終わりなど、覆そうとするのはおこがましいことではないか。

 そう彼は――ひとつの命として終焉を迎えようとしている。

 精霊とか人間とか、そんな些細なことは無関係に死は等しく訪れる。


「こんな……こんな終わり方なのかよ……」


 頬を涙が伝っていく。

 アオは自分がどうして泣いているのかもわからない。

 先ほどはじめて顔を合わせた相手。敵だった。殺すつもりで魔術を放ったはずだ。

 それでも――消えゆくストルフェを見つめる瞳からは枯れることなく雫は零れ落ちていく。


「アオ、もしも彼の死を憐れんで涙しているのだとしたら、目を逸らさないで見つめましょう」

「……アカ?」

「彼は死にます。もうそれはどうしようもありません。ですから、私たちにできるのは彼を看取り――忘れぬように心に刻み込むことくらいです」

「心に……」

「ええ。死は終わりではありません。誰かの記憶に留まって、繋がっていくことさえできれば、死者は誰かの心に残り続けます」

「…………」


 アオにはまだ、アカの言う言葉の意味を理解できてはいない。

 けれど、死んでも終わりじゃないと……それだけはわかった気がする。

 だから涙をぬぐって、強い眼光でもってストルフェを見つめる。


 消えていく。

 消えていく。

 ストルフェの身体が、魔力の粒子となって消えていく。


 その死に顔は満足げに眠る子供のように無邪気で、それだけが救いのように思えた。

 だからアオもできるだけ綺麗に――それでもぐしゃぐしゃになってしまったけれど、笑顔で別れの言葉を。


「ばいばい、ストルフェ」


 アオは、きっと彼のことをなにも知らない。

 たまたま同類で、偶然に顔を合わせて、立場の違いから争った。

 それだけだ。

 彼の過去も、願いも、母への思いも――なにも知らない。

 だから同情はしない。嫌ったりも好いたりもしない。


 ただアオの生き続ける限りその名を忘れない――そう誓った。



    ◇



「ねぇ、アカ」

「はい」


 ストルフェが消え去って、しばらくアオは何も言わずに俯いていた。

 その間に、墓石代わりとアカが造形キイ魔術で岩を作る。

 彼の消えたその場所を忘れないように、誰かがそこを踏み荒らさないように、動かすことも難しいような大岩を鎮座させる。


 その作業を見つめるでもなく見ていたアオは、不意に声を発した。


「どうしてストルフェは、母親を殺しちゃったのかな」

「……さて。どうでしょうか」


 恨み辛みがあったのかもしれない。

 終わりを悟りケジメをつけたかったのかもしれない。

 それとも、捕縛され長く苦しむことを憐れんで楽にしてやりたかったのかもしれない。

 答えは、殺害者の死とともに失われてしまった。


 だから生者は想像するしかなくて。


「もしかして完全に精霊になって、人としての心を失くしたとか……」

「それは違うよ」


 断言するのはジュエリエッタ。

 厳しい顔で、アオに逆に問いを。


「そもそも人としての心ってなんだい」

「それは……」

「人も精霊も、そこに備わる心は変わらないさ。生まれ方が違うから、その構成物質が違うから宿る心も別物か?

 ワタシはそうは思わない」


 やれやれとばかりに、ジュエリエッタは叱るように。


「だから、アオくん、そんな卑下はやめなさい」

「ん、ごめんなさい」


 わからないことに無理に答えを用意する必要はない。

 もやもやと心に燻るものも、そのまま受け入れて考え続ければいい。いつか納得できる答えを見出せるその日まで。


 そこでいきり立つのはクロである。

 アオの未だに自虐的な発言に怒りを露わにする。


「まだそんなこと言うのねアオ」

「だって……」

「心がどうとか言ってる時点で、心があるに決まってるでしょ! なんていうか、その……あれよあれ」

「心を思うことができるのは心ある者の特権ってことだね」

「そうよ、それよ!」

「そんな死んでないから生きてるみたいな理屈……」

「うるさい、文句いうな!」

「無茶苦茶だ……」


 軽やかな言葉のやり取りは、いつも通りのそれで。

 アオもクロも、言い合いながらも安堵していた。横合いで見ていたキィもまた、それは同じで。



 ――長かったようで、ほんの一日だけの遠征も終わる。


 北の果てには恐ろしいもの、驚くべきものが沢山沢山あった。色々なことが起こって、色々なことを知った。

 それらを糧にして前に進めるかは自分次第で、けれどすくなくともそうであろうと全員が決意している。

 なにせ、彼女らは彼の弟子なのだから。


 ――ああそうだ手紙を書こう。


 不意にアオはそんなことを思った。

 家に帰って、風呂に入って、ベッドに潜って存分に眠って。

 それから目覚めてすぐに、手紙を書こう。


 差出人は、アオとずっと文通しているお姉さん。

 かつてともにグリドーの屋敷で隣の部屋にいた――血のつながらない姉。

 腕を失いながらも、彼女は家族のもとへ帰ることができて、今は幸せに暮らしているという。

 そんな彼女に、今回の遠征の顛末を伝えたい。同類の存在とその死、本当の意味で終わったグリドーの野望のこと。

 話したいことは山ほどある。


「……アオ?」

「あ、ごめん。考え事してた」


 ふと気づけばアカに心配そうな目つきで見つめられていた。

 どうやら岩の――墓碑銘もないただ武骨な、墓標にしては簡素に過ぎるそれが完成したようだ。


 なんともなしに、アカは説明を加えておく。


「これの持続期間は、百年ほどにしておきました」

「……なんで?」

「永劫残り続けるというのも、存外辛いものですよ?

 精霊の死は、自ら納得して終わりを選べるもの。自らで自らの終焉を悟ることができ、眠るようにこの世界に解けていく。それは長く生きる精霊たちにとって救いなのだと、私は聞きました」

「そっか。じゃあ、ずっと残る墓石っていうのも、留まらせ続ける未練なのか」


 ――でも、それなら。


 アカは一体、いつ終わりを迎えることができるのだろうか。


「なにか言いましたか?」

「あっ、いや、言ってない、よ?」


 慌てて手を振る。

 思考が言葉になってしまっていただろうか。

 恥ずかしくって慌てる。

 

「そうですか?」


 ほんのわずかに訝しむも、まあいいかとひとり納得。

 それよりももうそろそろ彼も疲れた。さすがのアカでも、此度の遠征は本当に大変であったのだ。

 やるべきことは終わり、因縁も清算し、弟子の成長も見ることができた。

 であれば、みなに向けて。


「では、そろそろ帰りましょう。私たちの家に」



 ――冬は目覚めとともに溶けていく。

 ――春の微睡みから芽が出ようとしていた。

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