67 理反の


「まずは――」


 アカは言いながらストルフェの魔法陣なき魔術を当たり前のように対抗アイ魔術で受け流す。

 魔術師殺しの最速をこうも容易く打ち消すか。


「っ」

「事前にそれと知っていれば対策くらいできますよ」


 続けざま、造形キイ魔術。

 蛇のようにうねる無数の鎖を作成し、三度の駆動トリプルアクション

 アンカラカへ高速で向かい、ぐるぐる巻きにして、最後にはこちらへと引き寄せる。

 

「なっ」

「かあさま……!」

「あんたの相手はあたしだ!」

「たち、な!」


 アンカラカの捕縛に成功と同時に、アオとハズヴェントが前に出る。

 邪魔立てしようとうするストルフェへ雪玉が無数に襲い掛かる。弾幕の裏でハズヴェントも接近し――ストルフェはそれを恐れて雪玉を蹴散らしつつも後退を選ぶ。


 ――戦闘者の切り替えは早い。

 アンカラカの捕縛が目的ならばすぐに殺しはしない。

 敵を倒してから回収するのが合理的である。


 そう判断しストルフェはさらに複数、不可視の弾丸を射出する。狙いはアオ。


「おっと」

「っ!」


 割り込んでハズヴェントがそれを遮る。すべて弾いて流してしまう。

 接近しなくてもなんと厄介な手合いか!


「いくよ、ご同類」

「!?」


 アオの発した言葉の意味はわからずとも、彼女の放った魔術はわかる。

 地より雪原が出現する。

 触れれば沈み凍ってしまうことを術式から見抜き、ストルフェは跳躍し、当然のように虚空を踏みしめる。


 浮遊しながら魔法陣を展開、次の狙いはハズヴェントへ。

 この雪原の上ならちょこまかとは動けまいとの判断だが、それは失敗。


 ハズヴェントは雪上を疾走し、ストルフェに接近。

雪遊びスノウフェアリー雪原レギオン』において、アオは沈下する対象を選んでいる。ハズヴェントも、もちろんアオも雪の上でもなんら変哲なく動ける。


 ストルフェの判断ミスにより、最悪の敵を間合いにまで近づけさせてしまう。

 だが。


「っ」


 ハズヴェントはもう一歩のところで斬りこめたはずの場所で慌てて横っ跳び。

 やはり魔法陣なき魔術がハズヴェントの元いた場所を焼いていた。

 そしてダメ押し。


「くらえ」


 閃くストルフェの魔法陣の、色は破壊ダイダイ


「なっ」


 その色は扱えないはず――事前情報との齟齬、精霊化の影響か!?

 思考の答えはでないまま、橙色の爆撃がハズヴェントを包み込んだ。



    ◇



「さて、大人しくしていてもらいますよ、アンカラカさん」

「くっ、このあたくしを……!」


 魔術でもって暴れ捕縛から抜け出ようとするアンカラカに、アカは生命アカ魔術によって生命力を減退させる。魔力の流れを乱すことで、魔術の行使を困難とする。


「いいから黙って見ていなさい。あなたの息子と、私の弟子と友人の戦いを」

「……あら、貴方は戦わないのかしら?」

「私はカヌイさんとの戦いで草臥れてしまいまして」


 半分は嘘である。

 疲労は本当。魔力も近年類を見ないほど消耗している。

 けれどまだまだあの戦いに参加できないほどでもない。

 事実、戦況の推移を見守る目は、今にも飛び出しそうなほどに鋭い。


 だが自分に都合いいことが起きればそれ以上の思索は止める。思慮浅いものの特徴――アンカラカは嘲笑って。


「勝てるわけがない! あの子は精霊なのよ、ちょっと腕の立つ剣士と魔術師風情が勝てるわけがない! あの子は単独で竜をも屠る天にも等しき――」

「あの、もう黙っていてくださいませんか」


 呆れたように縛りを強め、言葉を遮る。

 それは息子への信頼などではなく、ただ精霊という存在の格に縋った物言いで、どうにもアカには聞いていられなかった。

 

「ぐ……ぅぅ……」


 アンカラカは、顔面を蒼白にして苦し気に呻いている。

 既に彼女はアカの鎖に縛られずとも身動きはとれず、言葉さえも発せない。

 今、アンカラカの身は徐々に死へと向かっている。


    ◇



「……ばかな」


 ストルフェは見た。

 その爆撃の刹那に行われた一連の妙技のほどを。


 ハズヴェントは至近に迫った死の爆撃を、その爆破直前に斬り刻んだ。

 と同時に。

 足下からせり上がるものを感じて膝を折って――それはアオが咄嗟に出した防御のため雪原を使っての『かまくらハウス』で――タイミングを合わせて大跳躍。

 防御のはずの魔術を、移動に転用したのだ。

 そこで破裂した爆撃の爆風にも乗って、ハズヴェントの身は木の葉のように軽やかに舞っては遠ざかっていった。


 着地――はさすがに失敗しつつも、彼はアオの傍へと五体満足で帰還してのけたのだ。

 とはいえ。


「っ、あんだけやってもやっぱしんどいな」


 ダメージは深い。

 即死であったはず高威力魔術を受けこの程度で済んでいるのが奇跡的なのではあるが。


「わり、脚をやれた。これじゃあもう――」


 不可視の魔術を剣で切り払う。


「盾代わりにしかなれねぇわ」

「充分すぎる!」


 追撃の魔術を対処され、ストルフェはまた驚く。

 まだそんな力が残っているのか。

 だが、


「さしもの君ももう動けないか」

「残念ながらな」

「ではもう終わりだ。君は速度ではなく威力で殺せばいいとわかった」


 不可視の速攻は魔術師相手にこそ有効。

 上等の剣士には防がれる恐れもある。

 だいぶ並外れた相手にのみの例外的な経験ではあれ、学習はできた。もう遅れはとらない。


 ハズヴェントは、むしろ笑って。


「おいおい、威力重視ならこっちにもいるぜ」

「そんな小娘で僕の魔術に打ち勝てるとでも?」


 軽んじる発言に、アオは怒るよりも肩を竦めてしまう。


「小娘、か。これでもあたしは、半分あんたと同じなんだぜ」

「……先ほどから、なにを言って」

「気づかないかよ、わからないかよ。あたしは、半精霊の魔術師だ!」

「な……っ!」


 その発言は、彼にとって衝撃的だった。

 思いもしなかった事実――確かによく見つめれば、その少女の身体はただの人間のそれではない。

 自分と同じ、マナで構築された精霊体。半分、ではあるが……それにしたって。


「ばかな。僕以外にそんなもの――っ、そうか、グリドーの言っていた、最後の成功例、君が!?」

「なんだよグリドーのやつ、あたしのことまで喋ってたのか」


 すこし意外そうにするアオに、ストルフェはなにか鼻白む。

 モヤモヤと、未だ残る人としての部分が疼きを覚える。


「ふ……ん。とはいえ半分、所詮は半精霊の半端者、僕の敵じゃあない」

「そうだよ、あたしはアカに半分で救ってもらえた。解呪をしてもらえたんだ――あんたは、誰にも救ってもらえなかったんだね」

「自ら望んだことに救いなどいらないだろう」


 断ずる言葉に揺るぎはない。

 けれど、本当にそうなのだろうかと、アオは思った。


「聞いてみたかったんだ、ストルフェ……あんたは、人間か?」

「なんだと」

「あんたは人間なのか、精霊なのか。どっちなんだ?」

「ふざけるなよ僕は精霊だ! 僕は精霊なんだ! 人間など、もう捨てた!」


 怒髪天を衝くほどの激怒。

 今までにないほど感情的になってストルフェは叫ぶ。


「膨大なる魔力を帯び、強力無比の魔術を操る! 限りなき命を保持し、人を超えた天に等しきもの!

 僕は人間を超えたんだ! 人間であるはずがない! 僕は、僕は……!」

「そっか……」


 アオはその怒りを前にしても怖気づくこともなく、ただ言葉通りに意味を飲み込み――儚く笑った。


「あたしは、人間でいたいよ」

「っ!」


 ただの一言で、ストルフェは激しく表情を歪め、なにか言いたげに口を開閉する。

 結局、ストルフェはなにを言うでもなく消沈し、ふと囁くように。


「君、名前は?」

「アオ。アカにもらった、あたしの名前だ!」

「そう、アオ。僕はストルフェだ――この世唯一の同類よ、加減はしない。死んでくれ」

「誰が!」


 そして二枚の魔法陣が向き合い展開された。

 ともに青色のそれは、真正面から敵を討つべく輝いては魔力を迸らせる。


 アオのそれは当然『雪遊びスノウフェアリー』。

 ストルフェは――


「雪には炎、溶けて消えて燃え尽きろ!」


 飛んでくる魔術を読んで相性のよい攻性魔術を選択。心乱れていても彼は戦闘者、その選出に誤りなどありえない。


 高熱にして広大な――まるで竜のブレス、いやそれ以上の焦熱火炎が走る。


 アオは、それでも構わず雪の魔術を撃ち放つ。

 選ぶ魔術は――『雪崩アヴァランチ』。


 相性負けなどなんのその、こちらは物量で勝負するのみだ。


「っ」


 猛火を受け、雪は溶け消える。

 けれど即時に続く雪の津波が火炎へと殺到し、その勢いに対する。


 アオは今、誰かの強化を受けてはいない。

 アオは今、万全からすれば半分程度の魔力量しか残っていない。

 アオは今、彷徨い続けたことと竜との戦闘で大きく疲弊している。


 だけどなぜだか力が溢れてくる気がする。


 いつも以上に魔力の乗りがいい。術式がなめらかで、発動する魔術は強力化している。

 竜との戦いでは無意識だったそれ。

 アカと再会し、それの何故を問えば――


 ――地の利ですかね。ここは、あなたに相応しいほどの雪国ですよ。


 魔術は心の学問。

 そして、自然アオ魔術は魔力を現象と変えて操る色相だ。


 自らに相応しい舞台、どうしても勝利したい相手、そして無尽に広がる大自然の――アオの要想心図たる存在。

 全てが彼女の力なって魔術を強くする。

 

 かっと目を見開き、アオは覚悟を決めて師の名を呼ぶ。


「――アカ!」

「ええ……わかりました。全員、宿纏法を!」


 それが合図だった。

 その瞬間、全員が防寒の魔術を身に纏い――そして領域が消失した。


 当然のごとく、凪いでいた空域を猛吹雪が侵略する。

 

 足は雪に沈み、温度はマイナス、荒れ狂う豪雪に視界が白に染まる。

 それは極北地の本来の姿。アカが環境調整を止めれば、その本性を現すのは必定だ。


 ストルフェは急激な環境変化に戸惑い、わずか魔術のキレが悪くなる。

 逆にアオは事前から覚悟していて――なにより地の利だ。


 魔術師の地の利。

 それは要想心図となるものが傍にある場合におこる希少な魔術的な励起現象――『心象舞台励起しんしょうぶたいれいき』。


 ――この極寒なら。この雪景色なら。この場所なら。

 アオはいつもよりも強くあることができるのだ。


「――『雪遊びスノウフェアリー雪国マザー』」


 積もり積もった大地の雪野原も、嵐の如き雪も雹も、周辺環境にある「雪」あるいは「冷たいもの」を全て食らう。力に変える。

 本来は自らで雪原を広げ、雪玉をそこらにばら撒き、使用後の魔術をもって次の魔術の強化を施すための術。

 それを、この極北地で行使したのならば。


 ――アオの『雪崩アヴァランチ』は本物のそれと見まがうほどの威力を生む。


 だがそれでも。


「舐めるな半端者ぉぉお!」


 この北の地を地獄の業火で燃やし尽くさんと盛るストルフェの魔術は、その程度では負けたりしない。

 紅蓮は猛る。焦熱が滾る。際限なく熱量を増して雪の山を蒸発させていく。


 大地は白と赤に染まり、色相が混ざり合って滅ぼし合う。


 雪と炎、魔術と魔術、半精霊と精霊。

 恐るべき魔術の衝突は激烈にして暴虐。二者の全霊の一撃はその瞬間確かに拮抗し膠着する。

 だが必ず決着はつく――その終わりは、意外な形で訪れる。


「ぐぅぅぅぅぁぁぁぁあああああああああああああああぁああああ……!!」

「「!」」


 アンカラカの断末魔の如き絶叫が豪風を貫いて轟いた。

 その瞬間に、ストルフェの意識はそちらに引きずられ――火勢は衰える。


 そして膨大な雪崩がストルフェを飲み込んだ。





    □


 ちなみにハズヴェントはアカが保護しております。

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