61 赫天 vs 尽滅 with ドラゴン's
アカは自らを中心にした領域を多少、変質させていた。
その変更点はふたつ――床の固定と魔力隠蔽の解除である。
前者はカヌイが相手では無意味であるための無駄の削減。
そして後者は――目的通り、自らを囮に竜どもを引き寄せるため。
今やアカの膨大な魔力もカヌイの豪快な魔力も、全て筒抜けで大陸中に伝播している。大陸そのものを揺るがしている。
当然、アーヴァンウィンクルを殺せと命じられた竜たちはそこに集結し、そして。
「グォォォォオオオオオ――!?」
「邪魔」
ひゅるりと腕を一振り。
勢いよく鼻っ柱にカヌイの裏拳が突き刺さり、一撃のもと竜は爆散した。
「立て込んでおります、お引き取りを」
アカのひと睨み。
それだけで展開された大きな魔法陣が十数の竜どもを囲い、次の瞬間には閃光が走って陣内の全てを焼き払う。
このふたりが相手では、竜であったところで羽虫のようにあっさりと死んでいく。
……竜は強大である。
最強の魔獣の名は伊達ではない。大抵の魔術や戦士ならば相手にもならない。それは揺るがぬ事実だ。
けれど、彼らの竜鱗を砕き、なおその命にまで届く程度の威力さえ常態で放つことができるのならば、打倒は容易となる。
もうすこしわかりやすく言えば――羽虫を潰すような気楽さで小山を均す威力を平気で繰り返すことのできる桁外れの魔術師であるのなら、竜でさえも相手にはならないという当たり前に過ぎる事実である。
無論、そんな真似が無造作に可能なのは例外たる三天導師を除けば、おそらく地上において尽滅のカヌイただひとりだけなのだが。
ともあれ、この戦場において――竜は最底辺に位置するということ。
赫天のアーヴァンウィンクルと尽滅のカヌイ、この二者間の闘争する特殊極まる場においてのみ計測できる驚天動地の戦力比であった。
では、最弱が竜なのであれば――最強はどちらか。
それを決するべくふたりの魔術師は真っ向からぶつかり合う。
「うりゃー!」
掛け声は可愛らしいそれ。
だが拳に込められた破壊力は竜をも砕く。カヌイの
それを全て凝縮して握りしめ、拳打はアカへと一直線に飛んでくる。
「っ」
アカもまた
出力的に、他に選択肢はなかった。
少女は拳に纏い、アカは魔法陣から射出する。
その場合、カヌイのほうには殴る際の勢いが乗り、ぶつかり合いに勝る。
だから、アカは無理にさらなる出力向上を迫られる。
魔術の威力を底上げする技術を用いてなら、出力において――
「うわわ――!」
打ち克つのはアカである。
カヌイを吹き飛ばし、適当な竜にその細身を叩きつける。
だが彼女は常に全身に
そして竜を足場に飛び立つ。
「っ」
そこからさらになにもない中空を足場に跳躍。アカの長身を回転しながら跳び越え、落下のなかで背中に向けて拳を放つ。
アカは振り返ることもなく魔法陣だけをカヌイの正面に展開。そこから破滅をはらんだ衝撃波を発生させる。
拳と衝撃が鍔競り合い、両者の衝突で周囲に余波が溢れ大地を砕く。竜も消し飛ぶ。
カヌイは食いつき浅い。再び弾かれるに任せてその勢いを利用し虚空を舞い、適度に空を蹴っては身を躍らせる。
そして何度でも拳を握り殴りかかる。挑み続ける。
カヌイの一所に留まらぬ嵐のような動き。それは素早く目に捉えることすら困難で目まぐるしい。
舞踏のよう……というほど流麗でも華麗でもないが、獣のそれほど荒々しくもない。
まるで楽しいと、その感情を身体の四肢はもちろん表情や爪先から髪の毛一本までを使って表現しているような、そんな戦いぶり。
心の赴くままに戦っている。
しかしそれは感情的な動作と言い換えることもできて、攻撃に理知が感じられない。
動作は心がこもっているのに、思考が獣のそれ。冷静な対処で返されてはクリーンヒットに届かない。
返り討ちにあうとわかっていても、カヌイは笑ってアカへと飛び掛かっている。
我武者羅で馬鹿の一つ覚えであるのように見える。
何故か。
「……っ」
それはアカの右手を伝う赤い血が目的であるからだ。
アカは
彼の師でさえ、
アカの出血はその代価。
今や戦いは持久戦の様相を呈している。
正面衝突を繰り返し、打ち負けて吹っ飛ばされるもダメージはほとんどないカヌイと。
打ち払い続けてはいるもののダメージを蓄積してしまっているアカ。
――欺瞞であった。
「……」
赫天のアーヴァンウィンクルは
自傷ダメージだろうとなんであろうと治癒して何事もない。
それをしないのは、カヌイに勝ちの目を見せることで現状の維持を図っているからだ。
このまま押して押して押し続ければアカがやがて自傷に耐えかねて術を歪めるはず――そう考えてのカヌイの特攻だろう。
だが真実はカヌイを疲弊させるのが目的。魔力総量において、彼女はアカには遠く及ばない。
アカは宣言通りにカヌイの全力に付き合い、それを正面から受け止め受け流した上で手玉に取っている。
このまま魔力が底をつくまで凌ぎ切れば――
「――!」
「え」
不意に、アカはよそ見をしてしまう。
今感じたのは遠く向こう側で弟子らに――
「っ」
気を取られてタイミングを逸した。
魔術の発動に遅れ、
ならば、単色でこの場を切り抜けるには。
「
そんな技まで使えたのか!
カヌイは驚愕と、なにより期待感がさらに膨れ上がる。
カヌイの魔術は出力は極めて高いが、術式的な穴はまだ見受けられる。そこは流石に経験値不足の練度不足といったところか。
そこを突いて打ち消すことは可能で、だが本来ならギリギリまで取っておきたかった手段であった。
それを使わざるを得ない状況にした、アカが先に感じたものは――
カヌイは振り返ってアカの表情を見た途端、不服そうに眉を落とす。
どこかに気をとられ、なにかに意識を削がれている。
……目の前にカヌイがいるのに。
「なにさ、なにか感じたん、お兄さん」
「……」
「あっちの……弟子だっけ? なんかあったー?」
「竜と、遭遇したようです」
いや、それだけでなく、これはまさか……。
険しい顔つきのアカに対して、カヌイは朗らかそうに笑っている。
「そっかそっか。気になっちゃう感じ?」
「……弟子ですから」
「お兄さんの弟子なら、先に期待できそうだねっ。楽しみー」
「ええ。必ず優れた魔術師に至ってくれるはずです」
「そう」
「――でも今はどうでもいいっしょ」
「っ」
一転して燃え滾った怒りの一喝――ばちりと走るのは橙色の魔力。
カヌイの感情の昂ぶりに伴って身に纏う宿纏法が荒ぶっては破壊を周囲にまき散らす。
ただ立っているだけで、彼女の周囲には破壊がバラまかれる。大地は削れ空気は鳴動、そして竜が死滅していく。
それであっても、カヌイの柔肌には一切の損傷はない。震えるほどに握り締めた拳も、綺麗なままで。
あまりの興奮から少女の瞳孔は開き、無表情なのに尋常ならざる風情で咆哮する。
「よそ見すんなし。油断やめろ。どこにも行かないでよ。
アタシを見てよ、アタシを見ろよ。ねぇ、ねぇ、ねぇ!
今お兄さんの目の前にいるのはヌイだけだ――!!」
強い強い感情が迸り、自らでも制御できていない。
魔術は一切波立つことはないのに、感情は爆発して絶え間ない。
我慢ならなかった、自らの全てを賭した戦いに邪魔が入ることに。
許せなかった、アカが他ごとに気を取られていることが。
今までにない激しい憤怒に、少女の魔力は感応して膨れていく。尖っていく。
なにもかも尽くをぶち壊して滅ぼす九曜――尽滅のカヌイは、未だ底知れないほどに尽くすべき全力を出し切れてはいない。
「……申し訳、ありません」
信じたはずだ。
頼んだはずだ。
今さらになって心乱されていては元の木阿弥、本末転倒ではないか。
為すべきこと為す、それだけでいいはずだ。
アカはなんとか笑みを顔に貼り付け。
「レディと逢瀬をしている最中に他ごとを考えているのは失礼でしたね」
「そーだよ、そー。マジ失礼だかんね!」
アカの集中力が戻れば、カヌイもまた怒りをあっさり収めてまた笑う。
本当にころころと感情の入れ替わる、少女そのものといったカヌイの切り替えの早さはもはや感嘆する。
不意に、アカはいう。
「カヌイさん、あなた、
「……」
きょとんと目を広げ、カヌイはあーと頭を掻く。
「ばれちった?」
彼女は素晴らしい魔術師だ。
術式は洗練され、術は強力。なによりその制御技術はおそらくアカにも匹敵、場合によっては凌駕しているかもしれない。
だが、カヌイは
否、
偏染単色障害――生まれつき特定の色にしか魔力を染めることのできない魔力障害を負っているから。
「おそらく生まれつき橙色の魔力を帯びて生まれた特殊な体質であったのでしょう、その上で偏染単色障害というハンデを背負って、なおそこまで輝く魂は本当に眩しく尊敬に値します」
それは血筋か、はたまた突然変異か。
生まれながらに裏四色を魂源色とする赤子がごく稀に存在するという。
その百万人にひとりの特殊な体質と、また一千万人にひとりの障害を負って生まれた――奇矯なる天才、それが尽滅のカヌイという魔術師である。
「アタシはそれしかできなかったかんね、それだけをすっげーがんばったって、そんだけ」
「不足を嘆くのではなく、唯一を磨き上げる。その精神性は並大抵のものではありません」
「っもー、そんなホメんなし。テレるし」
本心から気恥ずかしいのか、はにかむ少女は愛らしい。
そこだけ切り取れば本当に何の変哲もない明るく元気な女の子でしかない。
こんな修羅場において、なぜかアカはそんなことを穏やかな気分で思うのだった。
カヌイは、照れ笑いをしたままにいう。
「しょーがないなぁ、お兄さんがそんなにホメてくれちゃったから、サービスしちゃうね」
「それは、いえ、聞きましょう」
「一撃で終わらせたげる」
再び竜の一団がやって来た。
ふたりの魔術師に襲い掛かるも――ふたりは完全に無視して正面の互いだけを見つめている。
片手間で腕を薙いで滅ぼしたり、視線も送らず
「……つまり、次の一撃を凌げば、私の勝ちということですか?」
「うん、そ。今からアタシができる最強の一撃を出すからさ、お兄さんはそれ、なんとかしてよ」
「確かに、サービスですね」
すぐにも弟子のもとへと走りたいアカへの、それは温情だ。
長期戦などよりも、一撃勝負でケリをつけるほうが早く終わるに決まっている。
だが。
「それはすこしあなたに有利なのでは?」
「そかな?」
それを受けるのは至難だろう。受け流すのも、打ち消すのも、やはり難易度が高い。
特に
そしてカヌイならば事前に準備時間さえ得られれば穴を丁寧に塞ぐことで
もしもそれを見越して一撃勝負を提案しているのだとしたら、それは随分としたたかだ。
……いや、この少女がそんなことを考えているとは思わえないが。本心からこちらのためになり、そして自分が嬉しいから提示したに違いない。
そして一撃勝負を受けるのならば回避するのは不粋だろう。
真っ向勝負を受けて立つのなら、同じくこちらも少なくとも正面から撃ち合うのが礼儀というもの。
むしろアカは、こんな話断るべきなのだ。
時間をかければ完封できる。拘りさえなければアカの勝利は間違いないだろう。
だが、それでも。
「わかりました。受けましょう――一撃で勝負を決しましょう」
不利になっても敗北の可能性が上がっても、それでもいち早く弟子のもとへ駆け付けたいのだ。
「……ふーん。そんなに大事なんだ」
「ええ。そんなに大事なんですよ」
これにて同意は成立。
そのころには、気づければ竜どもは全て死滅してもはやふたりきり。
――アカは右手を天に掲げ、魔力を練りはじめる。
――カヌイは宿纏法を解き、右拳を振りかぶる。
ふたりは常になく術式の構築に時間をかけ精密精緻、隙間なく整然たる魔術を造り上げる。
不意に――両者の目が合う。
すこし、笑ってしまった。
「アタシの全身全霊の一撃……いくよ」
その言葉にはわずかな不安が垣間見えた。
アカのことは認めた。すごいと思う。戦えてよかった。
でも、流石にカヌイの全力を真っ向受けて生存するのは難しいだろう。驕りでも慢心でもなくそれは正しい自負である。
かすかな躊躇いを見抜き、アカは無用の心配だと断ずる。
「先ほども言いましたが……全力でどうぞ。
存分に、思うがままに、あなたの全霊を振るってください。
そのすべてを私もまた全力で受け止めて受けて立ち、上回って見せましょう」
「……」
すこし呆けたのは、これが夢ではないかとわずかに恐怖が這い寄ったから。
けれどすぐに満面の笑みに変えて――もはやなんの躊躇もなく、その必殺の魔術を解き放つ。
「いっくよー! これがアタシの全身全霊全力全開!」
それの名を――『
拳から放たれた拳大にまで濃縮圧縮した超々高密度の破壊そのもの。
山を湖に変えるほどの爆発的なエネルギーをそれほど小さく収め、かつ威力を減じさせない制御性はアカをして感嘆する。
本当に素晴らしい。
「……」
そんな迫り来る死は、アカでさえも手に負えないほどだろう。
カヌイの懸念は正しい。
アカでさえ、彼女の『尽滅』の魔術を直撃すれば滅びてしまうかもしれない。アカの秘奥たる『
回避も受け流しもできないとなれば、やはり死の危機は膨大にある。
だが。
「私も、負けるつもりは毛頭ありませんよ……!」
アカの展開した魔法陣の色はなんと六色にも及ぶ。
魔術師ひとりが扱う色相と考えても多いのに、それを同時にひとつの魔術として行使するという超高等の技能。
染める色相は――
六色魔術――メインは勿論、
先ほどまでのように宿纏法として鎧うこともせず防護の要素を取り去って、さらに魔力をつぎ込まれた上、超圧縮した『尽滅』の魔術。
その破壊力はこれまでの比ではなかろう。こちらも精一杯の工夫を凝らす。
よって、付け足したのが残る四色。
まず
そして
さらに
役割を精密に振り分け、一色ごとに芸術的なまでに精確な比率で完ぺきに一個の魔術として完成させた。
これこそまさに天の御業そのもの。
絶対の無二たる一色と。
多彩なる連携の六色。
一切逸れず曲がらず衝突し、しかし異様なほど静かにそれらはぶつかり合う。
なにせ互いの力は無為に他に流れたりはしないで、互いが互いをのみ見据えている。
音もなく光もなく余波もない。極限まで無駄を排して敵のみを滅ぼす技巧の粋が凝らされている。
極限の破壊と破壊の食い合い、天とそれに届き得る牙の殺し合い。
果たして勝利を得たのは――
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