60 輝命の
才能というものは様々ある。
それと同時に、その才能の適した育て方というものもまた多種多様になる。
才の多寡、深浅は別として、どういう環境下にあって育っていくのかという話。
たとえばクロ。
彼女はひとりではあってもその輝かしい才は日の目を見ない。誰か正しき師に教え導かれることで真の才覚を見せつける。
つまり、彼女は弟子として学ぶことにこそ適性がある。
たとえばキィ。
彼女もまたひとりではあまり成長しない。多くの人と触れ合うことで高め合う性質をもつ。
学園など、無数多数の仲間がいてこそ邁進できる。
たとえばアオ。
彼女はひとりでもある程度の力を身に着けるが、最も成長するのは誰かと切磋琢磨するとき。
壁となる誰かが前にいて、それに追いすがろうと努力することが最短の進化を彼女にもたらす。
そして、シロと――それからジュエリエッタはさらに別の成長特性をもつ。
それはただひとりであること。他を顧みず、脇道に逸れず、自らで自らの最適を自覚して高めていく。
進むべき道を決定し、それのみを見据えて走る孤独の独走が最適だ。
そうして駆け抜けて、偽命のジュエリエッタは完成した。
彼女はひとりきりだった。
師も友もなく、ただひとりで魔術を覚え、学び、成長した。
彼女の友人は書物だけだった。
他のすべてが独力で独学。
なにせジュエリエッタは魔術貴族でないどころか、魔術師の家系ですらない。
周囲に魔術師は誰もいない中で孤独に勉強し修練し――それで九曜にまで至った異端。
彼女は禁忌を犯す前から九曜に抜擢されている。
偽命のジュエリエッタは、ほーちゃんを造り上げたことで後々に呼ばれることとなった第二の異名であり。
即ち――彼女には本来の名があった。
それをして
その最大の魔術は異名の通りに――
「――命の輝きをここに」
◇
ジリ貧――!
アオの心中を一言で表現するのならそれである。
機敏に動く要塞。
ドラゴンの脅威は本当に恐るべきものであった。
こちらが手を尽くして様々な方法で攻め立てても、奴は陥落の予兆もない。
いや、ダメージは負っているはずだ。手傷はあるし、苦痛もあるし、思考は正常とはいかないはず。
だが芯のところに通らない。
命にかかわる部分にだけは絶対に届かない。
アオの雪も。
キィの落石も。
クロの雷さえも。
鎧う竜鱗が遮り軽減して想定の威力を発揮できない。
時に鱗を剥いだとしても次撃が届かない。機敏に動き、前肢を盾に、再生時間を稼がれてしまう。
それでも蓄積するはずの負担も、竜は無視して当初と動きが変わらないタフネスさを誇る。
本当に厄介な相手だ。
いま攻め手を有しているのはこちらだ。
未だ損害はないし、反撃も機微の段階で打ち払っている。今日のアオは妙に調子がいいのが幸いしている。
だがそれはそうしなければ一手で戦況が傾くとわかっているから。
こちらが多数の打撃を与えても竜は沈まない。
しかし。
竜が一撃こちらに食らわせられたのなら、それで確実に大ダメージとなる。最悪、即死だろう。
竜の側もそれはわかっている。
アオらに自らを死に至らしめるほどの威力は絞りだせない。ならばこのまま百時間でも遊んでいれば、いずれ力尽きるのは羽虫のほう。
長期戦を見越しての、竜はすこし手を抜いている。
故に、薄氷の状況で停滞している。
一手過てばそれで即座に優位は砕けて飲み込まれる。
勝ち急ぐことも許されない。負けに揺らぐことも許されない。
最善を尽くしてなおジリ貧。
アオらはまだ戦える。
だが、いつまで戦える?
そして、あのドラゴンは一体どれだけのスタミナがある?
わかっているのは、このままの通りに戦い続ければ、敗北するのはこちらであるということ。
「――アオくん」
そして、その結論と全く同じ意見に辿り着いた者がひとり。
ジュエリエッタは
「こちらに戻ってくれないか。埒を明ける術を与えよう」
「っ」
アオは、それにすぐさま翻った。
膠着状態に差すものあれば、それがなんであれ変化を生む。迷うだけ無駄で、滞るくらいならば不利になったほうがいい。
最後っ屁のように雪を竜の顔面にぶつけ、目を重点的に凍らせながら、アオはジュエリエッタの結界まで跳び退く。
だが竜もその程度では止まらない。
視界を遮られようとも無関係、無差別に――灼熱の舌は世界を舐めまわす。
「っ。キィも! 下がれ!」
「わかってるよぉ」
竜のブレスが再び領域の半分を占領する。
逃げ場はないが――安全圏は存在する。
ジュエリエッタの防御領域になんとか飛び込み、キィは事なきを得る。
すぐ背中の向こうは見えない壁一枚を隔てて火の海となっていて、危機一髪に安堵の息を吐く。
とりあえずアカの環境調整がこの炎を消してくれるまでの間はこの防御内から出ることはできない。
その合間に、アオはなによりも呼び寄せたジュエリエッタへ。
「で、なんだよ」
ややぶっきら棒な声は余裕のなさの表れ。
長期的に見て敗北がわかっていたとはいえ、現状での有利を放り捨てての一時撤退は短期的に見ても上手くはないだろう。
それでもなお参集を呼びかけた以上、ジュエリエッタには勝算があるはずなのだ。
「君がこの場で最も強く、なにより度胸があるのはわかった。だから、君を強化しよう」
「強化って……それなら自分でやってるよ」
「なら解きなさい。二重の強化は互いに干渉してあまりよくない。
――ワタシが君を月の高みに引き上げよう」
「!」
それは、一体どういう意味だ。
アオだけでなく、クロやキィも理解が及ばずただ疑問にジュエリエッタを見遣るのみ。
ジュエリエッタは答えず、術の始動でもって返答とする。
「――命の輝きをここに」
「っ」
慌ててアオは自己の強化を外し、ジュエリエッタの術の受け入れを覚悟する。
――それの名を『
その効能は
どこまでも命を輝かせる
という基本的な
反応速度向上。脳機能の加速。高精度動作の実現。
といった人体構造を理解し、どこにどのような力を割り振ればいいのか知っているジュエリエッタだからこそできる細密な人体機能の延長。
さらには発動術式の補助補填。魔力量そのものの底上げ。術の威力増大。
そうした魔術的な増強すらも兼ね備えている。
それらすべてを踏まえると結果として被付与者が魔術師であるのならば、天上七位階という一つの基準から照らし合わせて。
疑似的一時的ながら――位階が一段階上がる。
当然、このようなこと本来はありえない。
強化魔術での術式の補助すること、魔力の受け渡し、魔術自体の強化は――それぞれが別方向の超高等技能だ。
ひとつできるだけで優等で、三つ揃えて可能とするのは化け物で、さらに三つを同時にひとつの魔術として発動するのは絶技である。
その絶技をもってして、ようやく位階の疑似的上昇というありえざるを成立させる。
すなわち――それは天の御業に半歩は踏み込んだ離れ業である。
「すっげ……」
思わず感嘆が漏れる。
これまでにないほど力が溢れてくる。
生まれて初めての感覚に、突き抜ける高揚感が全身を満たす。
両掌を眺めぐっと握ってみる。
「これなら」
傲慢に暴れだしそうになる心に冷静さを強いて、思案を再度練り直す。
これまでの計算に今の自分の力を加算することで、状況の打破の一手を編み上げる。
確かにこれは、埒を明ける術であった。
「よし。
キィ、クロ。もう一度あたしがチャンスを作る。そこを狙って――頭上から一気に叩いてくれ」
「えっと、アオ? だいじょうぶなの? ほんとにそんなにすごい強化なの?」
見た目からではわからないのだけど。
「それは間違いない。大丈夫……今なら」
アオが振り返ると、それと同時に炎が消える。
道は拓けた――あとは突っ走るだけ。
「今ならあたしひとりでもドラゴンと戦えそうだ。見ててくれよ」
跳躍。
魔術を使わない単純な脚力でのそれは、しかし超強化の結果、竜の巨体を容易く跳び越えて見下ろす。
「グッ――!」
きっとはじめて、その竜は人間を見上げた。
そして、はじめて――その青い光に恐怖を覚えた。
「『
大きな魔法陣――その青色には、所々に赤い補助線が走っている。
無論、アオは
ならばそれは、『
今この瞬間にもアオの魔術を補って強めている。
予想通りだ――だから、アオはわざと自分の術式を粗く展開した。
それで充分だとわかっていたから。
精密さを捨ててその分だけ、威力の向上だけをつぎ込んで放つそれは――
「雪崩に呑まれて凍てついてけ!」
『
アオの奥の手のひとつである。
文字通りのそれは、竜の頭上から大量の雪の塊を降らせる。
その雪の総量は積み上げればおそらく一山ほどにもなるほど。直撃した竜に襲う衝撃は一体どれほどになるのか。
大自然の暴威に踏み潰され、竜は悲鳴を漏らすこともできずに地に倒れる。
そして全身が凍り付く。
行動の余地を奪い、反撃の所作を縛り、氷塊として封じ込める。
「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
捕まったと理解して即時、竜はブレスをまき散らす。自らごと氷塊を排除しにかかる。
それでも機動力は死に、動きは止まった。
最大絶好のチャンスは逃さない。
「こっちも全力、行くよ!」
キィの『
今度のそれは武骨なばかりの石ころでは済まさない。
質量は保持したまま、形質を変形させる。鋭く整え、貫くに相応しい形を求める――それは巨大な杭のように完成する。
頭蓋よ砕けろとばかりに真っ直ぐ誘導、重力を使って加速する。
「――」
そのとき、アオが腕を振る。
それだけで竜を閉じ込めていた氷が一部消失した、巨大な杭の進行を邪魔しないように。
阻害なく竜は動けない。
回避の余地はなく――直撃。
堅固な竜鱗を砕き、その肉へと衝撃を伝え、骨まで通ずる。
「これでも死なないんでしょ! 知ってるわよ!」
だからさらなる追撃を。
クロはジュエリエッタの補助を受け、空へと飛び上がっていた。
飛翔の魔術。
クロはまだ魔法陣の遠隔展開を習得していない。
だから、竜の頭を撃ち抜くのならば自らを上方――空へ持っていく必要があった。
今さきほど杭が通り過ぎた氷の穴に手のひらをかざし、その魔法陣を二重展開。
「並列式重陣法」による――
「『
雷光――雷鳴。
その破壊力を証明するように激しくフラッシュし轟いては空気を震わせる。
竜鱗が剥がれた部位に着弾した雷撃は、たしかに竜を仕留め――
「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「ちょ……っ! どんだけタフなの!?」
仕留めきれない。
ブレスは止まらない。
縛る氷が失われ――
「いや充分!」
アオは練り上げた術式を開放する。
雪では駄目だった。氷漬けにしてもまだ止まらない。
ならば。
「キィの、真似るよ!」
氷を直に造り上げる。
今までとは違い、直接的で野蛮なほどの攻撃にのみ特化した魔術を構築する。
氷の形を造形し整形し、杭――いや、牙として鋭利に研ぎあげる。
即興で名付けて、
「いい加減に寝てろ――
鱗は剥いだ。
肉はこそいだ。
骨まで雷撃は貫いて。
そして――氷の牙が遂に竜の命脈を噛み千切った。
□
大元がたいがい傲慢極まる輩のため、眷属も大抵はそれを受け継いで傲慢なものが多い。
「あ、これなぶれるわ!」と思ってしまうと当然そうする。
そして竜にとって人類の八割くらいはその対象で、しかし油断を突かれて敗北するのも時々ある。
絵本の敵役にピッタリな奴らである。
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