授業 決闘の作法
「今回はちょっと特別に、いつもと違うことを話しましょう」
「いつもと違うって?」
「魔術師の決闘についてです」
これまでは魔術についての理論や知識に傾注していたが、今回はちょっと実践――実戦に踏み込む内容である。
なにせちょうどよい教材になる戦いをクロが観戦できた。それを軸に話せば理解も易かろう。
鉄は熱いうちに打て――術は魔法陣があるうちに撃て、だ。
「昨日、キィとジグムントさんが戦ったのは、ちゃんと見ていましたね?」
「ええ、見てたわ。面白かった!」
魔術師同士の決闘は古来から娯楽としても人気で、クロの感想もさもありなん。
派手派手しく魔術が飛び交うのは、それだけで目を喜ばせ興奮を誘うものだ。
だが、魔術師は常に観客でいられるわけではない。その場に立ち、戦う側になることも考慮しなければならない。
「あれの解説をしつつ、決闘の作法をすこしばかりお教えます」
「それは興味深いのだけど、急にどうしたの?」
「いえ、ガクタイの話はしたでしょう? それを観戦しに行こうと思います、アオとキィの晴れ舞台ですしね」
「そうね、見に行きたいわ!」
性根の素直さが、少女の瞳にきらきらとした期待感を灯す。
見ているこっちが嬉しくなる。だから、もっと喜ばせたいのだ。
「ええ。すると、観戦するにあたり、知っておいたほうがいいことは多いのです。知っておいたほうがより深く戦いの意味を知ることができ、かつ勉強になります」
「勉強? 戦いの?」
「いずれあなたも魔術師として育っていけば、戦いに参加することもあるでしょう。そのいつかに備える意味で、多くの魔術師の戦い方を学ぶのは大切です」
魔術師は強大な力を持っている。
それを戦闘利用することは容易く、多くの魔術師は戦うことを仕事としている。無論、研究者や技術者など荒事に携わらない魔術師もいる。
それでも、力はあるのだ。
それはそれだけで
「あなたがどのような魔術師になるのかは、まだわかりません。もしかしたら争いごととは無縁な魔術師となるかもしれません。
しかしかと言って戦う力は良くも悪くも持ち合わせているのです。力をもっているのに、その使い方を知らないのは危うい。
知った上で使わないのと、知らないで使わないでは、大きな差があるのです」
「……」
クロはすでに下位魔術を幾つか成功させている。
そして下位であっても――用途次第ではひとを害せる。
つまり、クロはもう力をもつ側なのだ。
それを理解した上で、魔術を学んでほしい。
師の言わんとすることを理解すると、クロはできるだけ丁重にうなずいた。
「わかったわ。
……でも一個、質問」
「はい、なんでしょう」
「なんでふたりもいるの?」
くいと目線が隣の机へ。
「この教室も久々な気がするな」
「えへへ、センセの授業楽しみ!」
そこにはアオとキィが行儀よく座っている。
ふたりとも、実に華やかに笑っている。
「まあ、ふたりは当事者ですし、こうした知識もすこしは役立つでしょう。誘ってみました」
「誘われちゃあ来るよ、そりゃ」
「そうだね、誘われちゃったもんね」
「そう……」
なんか、姉弟子ふたりが若干面倒くさい。
神妙な心持ちになった手前、うきうきなふたりとの齟齬が目立つのだろうか。
構わず――気づいていないだけか――アカは話をはじめる。
「では昨日の戦いをよく思い出しながら聞いてください。
まずは初手ですがキィが手袋を拳にして射出しましたが……その前に
「ええと、たしか「想念の要たる心の絵図」、だったかしら」
魔術師個人が最も効率よく発現できる魔術における心的象徴。
簡単に言えば得意な魔術、ということだ。
「そのとおりです。それで、キィの心図は「手」なわけですが」
「それも聞いたわ」
「……ほんとは人の心図を教えるのはよくないことだからな?」
「べつにいいよー?」
思わず突っ込むアオに、キィは緩く笑う。
かくいうアオだって教えているわけだが、一応の線引きとして言わねばならないと思ったのだ。
真面目な子なのである。
「ちなみに
「あ、そうでしたか? じゃあ初手の説明はいりませんかね?」
「でもなんで初手で手袋でパンチなの?」
「心図の魔術は早いからですよ」
酷く端的ながら、それは真理である。
魔術は一撃で敵を屠る威力を備えるのだから、先にあてたほうが勝利するのは道理。
「決闘――魔術における戦闘において大事なのは魔術の早さと、それから決断の早さです」
「術の速度はわかるけど、決断っていうのは?」
「悩んだり考えたりしていると一瞬ごとに状況の入れ替わる戦いには追いつけません。だから、悩まずにまずこれというのを決めて使う術を自分で制限するのです」
「選択肢をわざと狭めて選ぶ時間を削るってことね」
選択肢が百ある中で最善を選ぶのと、五つしかない選択肢から次善を選ぶのなら、後者が先手を打つことができるのは明白だろう。
そしていかに選択肢が多くても、先に撃たれてしまえば意味がない。
「カードゲームでいう手札みたいなものですかね。その場合、事前になにが手持ちで戦いに向いているか考えておくといいでしょう」
「手持ちから手札を選りすぐっておく……」
「はい。それを考える時に、心図関連や魂源色が特に大事となります」
だからこそそれらの自己把握が魔術師の一歩とも言える。
ふとクロは興味本位で問うてみる。
「ちなみに、あの、ジグムントだっけ。あのひとの心図は?」
使う魔術で外からはわからなかったが。
そこはアオが答えた。
「あいつはまだ見つけてないよ。というか、あたしたちくらいの年代じゃ、むしろ心得てるほうがだいぶ珍しい……らしい」
「あ、そうなんだ」
うちの姉妹弟子全員が心得済みなものだから勘違いしていたが、世間様の事情とズレがあるらしい。
……このパターン、よくある。
まあ実際、たしかに自らの心を正しく知るというのは歳を経て見つけ出せるような一種悟りめいたもの。年若い十代の子らには早いだろう。
アカはいう。
「それでようやく初手の話に戻りますが、おそらくあの手袋による攻撃がキィの手札で最速だったのでしょう」
「そうだよー」
「最速を初手で……一撃で決めるつもりだったのね」
「でもかわされちゃったよ」
「まあ、初手最速ブッパは割と読まれやすいからな。キィの決闘不慣れが見えるよな」
「む」
初心者ほど初手に全力を尽くして一撃で終わらせようと考えてしまうもの。
ある程度慣れていれば、そういう一手目に全力投球するぞという気概は見透かせて、だからジグムントはあっさりと回避できたのだ。
慣れた側のアオはそこらへんよくわかる。
「魔術決闘における鉄則、魔術を放ったらその場を離れろってね。それと同じで初期位置からはすぐ離れるのが正解」
魔術師は魔術を行使する際に集中力を必要とし、さらに術式に現在位置を座標として定めることが多いので、発動時は大抵が動けない。
下手な魔術師同士の決闘は、基本的に棒立ちの魔術の撃ち合いになりやすい。
「俗にいう素人術師の立ち往生、ってやつ」
だから動けるようになったらできるだけ動くこと。狙いを絞られないよう努めれば被弾率は下がる。
下手くそは相手が動かないと思って魔術を撃ち込んでくるので、すこしでも足を進められればけっこう回避できてしまうのだとか。
動ける魔術師が現代の決闘を制するのである。
「む……むむ……?」
駆け引きの話になると心理戦めいてきてまたこんがらがる。
クロは思考を後に回して、それ以前の部分に疑問符を。
「そういえば、今更だけど
「ほんとに今更だねー」
手袋を作りだすのが
作成して、作成したものを弾丸のように射出するというのは術の範囲外なのでは。
そうでもない。
「あれは応用ですよ。
「えっ!?」
急にふられてビックリ仰天。
アオは必死に記憶を振り絞り――
「ええと、狭間……なんとかかんとか」
「狭間なんとかって、なんにもわかんないじゃない」
「仕方ないだろ、専門外だし。名前までは覚えてないよ。でも、内容は覚えてる」
「では説明をお願いできますか?」
「うっ」
こういうのは専門のキィのほうがいいのでは。
思うも覚えてると言った手前、断れない。妹への威厳を保とうと付け足した一言が完全に裏目に出た。
なんとか言葉を拾い集めて。
「
「エネルギーが物質に変わる、その瞬間?」
クロの合いの手が助かる。
「そう。その狭間は魔力として術師の意志が術式によって通じるんだよ」
「だから、作る瞬間だけ動かせる?」
「そうそう。そういう狭間を使うから狭間なんとかかんとか」
「……」
「正確には
クロのジト目がなんとも言えなくて、苦笑しながらアカが付け足した。
名称にこだわりがあるわけでもないが、知れたら知れたでいい。
クロは腕を組んでひとつ思ったことを聞いてみる。
「でも、じゃあその狭間の時間を延ばせばもっと動かせて便利じゃない?」
「いや、たしか変換中途ってのは時間が決まってるらしいぞ。たしか……ええと、短い時間」
アカがまた付け足す。
「二秒以上狭間の状態を維持すると術式がご破算になって無駄になります」
「あー。そっか。じっさいはただの術の発動途中でしかないから、それを無理に延ばすのはそもそも設計外ってことか」
仕様の穴をついている応用であって、穴を作っているわけではない。
無理に穴を開ければ、当然に精密な術式に欠落がでる。正常な作動とはならない。
クロの得心した様子に、なぜだかアオがすねたように漏らす。
「……なんか、クロってときどきあたしより頭よさそうな理解の仕方するよな」
「え? 頭のよさそうな理解の仕方っていうのがよくわからないんだけど……」
「なんとなく思った」
「いえ、アオも上出来でしたよ。専門外でもちゃんと学んでいるのは優秀です」
「あ。へへ、ありがと」
専門しているキィに聞かなかったのは、専門外にまで知識が届いているかの確認だったらしい。
なんとか及第であったようで安堵である。
「ちなみにその技法で二秒未満で一回動かすのをシングルアクションと言って、さらに短時間に式を組み込めればダブル、トリプルと増やすことも可能です。当然、難しい技法ですが」
「それを警戒してジグムントは
事実、キィはダブルアクションまで習得していて、最後の決め手になっている。
そういう意味ではジグムントの警戒は正しく、そしてその警戒心を逆手に取ったキィも見事。
「
対魔術特化の色相魔術とは聞いていたが、直に見るとあれはズルくないか。
「杖を通じて触れていたでしょう? あれが見るのとやるのとでは難易度が随分違いますよ。
「……触らないとだめなの?」
「ジグムントさんの魔術は、そうなのでしょう」
もっと卓越していけば遠隔も可能だろうが、それは本当に一握り。
「やっぱり裏四色は難しいのね」
「それを使いこなしてるジグムントはやっぱすごいんだよな……」
「あの歳で裏四色を使いこなせているのは、本当に大変な研鑽を積んだのでしょう」
なにせ、アオやキィでさえ――得意を伸ばすという方針とはいえ――未だに裏四色は習得できていない。
ああいう人だから凄さをいまいち納得しづらいところもあるが、やはり学園四年生にしてシュベレザート家の長男というだけあって素晴らしい魔術師なのだ。
「……ん。そういえば」
と、そうして感心しているうちに、クロは気になることを発見する。
「杖って、どういうものなの?」
思い返すとジグムントは使っていた。
アカも魔術を行使する際どこからともなくとりだしている。
魔術師と言えば杖を持っているとなんとなしに思っていたが、けれどたとえばアオは持っていない。キィも、決闘に際して無手であった。
「ああ、杖についての説明はしていませんでしたか」
アカは黒板に向き直り、チョークを走らせる。
弟子らに背を向けたまま、言葉だけを発して進行は止めない。
「魔術師にとって杖とは補助具です。
魔術を行使するに際してなにかしらの支援をする機能が備わっています」
「なにかしらって?」
「種類は用途によって多様です」
アカは黒板に記載したものを指す。
魔力を溜めこんで不足時の補てんとするためのもの。
術式を一部書き込んでおいて発動速度を高めたり、効能の底上げをしたりするもの。
そして。
「たとえば件のジグムントさんがどういう種類の杖を所持していたのかは流石に一目見ただけでは断定できませんが、おそらくは
身体の延長線として杖を認識し、魔術を伝わせて流す。
接触を要する魔術においては間合いを広げ、かつ直接触れるには危ないものに触れるために大変重宝される。
「ほんとに色々あるのね。でも、じゃあアオとキィはどうして使ってないの?」
随分と便利そうなのだが。
アオは苦笑する。
「あたしの場合はほら、体動かすじゃんか。そのときに邪魔になっちゃうんだよな」
「たしかにアオの動き方って激しいもんね、手からすっぽ抜けちゃいそう」
無手での格闘を教わったのもひとつの要因である。
魔術の杖は武器にはならない。
そしてもうひとり――キィは困った風に懐から取り出す。
「え?」
「ごめん。じつはわたしは持ってるんだよ、杖」
「じゃっ、じゃあなんで決闘のとき使ってなかったの?」
「それは……ええと」
「キィは本気じゃないって言っただろ?」
そういえばアオがそんなことを言っていた。
いや、だから何故。
「目立つからだってさ」
「もぅ、アオ言わないでよー」
「キィは演技とか苦手だからって学園じゃ杖を使わないことで本気を隠してんの。本気を出すと怖がられるかもって思ってんだよ。あたしが普通に全力でやってこれてるんだから杞憂って言ってんのに」
「言わないでったら、アオ!」
わちゃわちゃと姉弟子たちが軽くじゃれ合いだす。というかキィが一方的に肩を掴んでアオをがくんがくん揺すっている。
そこはキィの価値観で判断なので、クロから言及すべきことはない。
クロだって、恐れられたりとかは嫌だ。
アカは関せずに説明を続ける。
「杖は簡易なものなら魔術師が魔術で作ることも可能ですが、個人用に調整されたさらに高度なものなら専門の職人による手作りがいいでしょう。その差は歴然です。
ただ昨今では杖を持たない術師のほうが多く、すこし衰退気味な分野になってしまっていますが」
「どうして杖を持たないひとが増えてるの? 便利じゃない!」
「単純にいい杖は高価で入手が難しいことと、それを笠に着たお金持ちが自慢して、逆に購入できない術師が僻んで無手で充分と言い張っているからですね」
もちろん、後者のほうが数が多いので、結果として杖を不要とする術師のほうが多いのである。
ちなみにそこらへんの現代の時事については杖職人の友人から聞いたことである。
浮世離れなアカがそんな社会問題について把握しているわけがない。
「むぅ、なにそれ、ちょっと納得できないわ」
「そうですね、誰にとってもあまりよい方向には進んでいません。けれど、アオみたいに使わないでも問題ない魔術師も大勢いるもの事実です」
一面として、杖の需要が減っているのも決して間違ってはいない。
「杖の有無で魔術の発動感覚が異なって、杖がない状態で完ぺきな術になりきらないようなこともあります。そういう杖に頼り切るのでは、魔術師として少々未熟なのです。杖の有無に関係なく魔術を扱え、あれば便利くらいの練度が正常でしょう」
「道具に頼ってちゃ一人前じゃないってこと?」
「ええ。それに依存するくらいならはじめから使わない、という考え方も間違ってはいないのです」
「それって、つまり教え方の問題じゃない。先生の教えがよければ道具の使い方で間違ったりしないわ!」
あまりそうストレートに持ち上げられると、アカのほうが照れてしまう。
けれどクロとしては一切の遠慮もなく尊敬のまなざしで見つめてきて、なんだか困る。
そこで、アカはふとキィへと視線を向けて、話を強引に変える。
「ええと、話を本題に戻しましょう。次は、キィのすごいところを説明させていただきます」
「えっ。センセ、なに?」
ぎょっとするのはキィ。
「魔法陣の同時多重展開について、です」
「? それってふつうじゃないの?」
クロが首を傾げると、再びアオがため息のように唸る。
「いちおう、魔法陣を同時に展開するのって難しい技法なんだぞ」
「……先生が平然とやってるからなにが普通でなにが難しいかわかりづらいの」
「わかるけどさ」
思わずツッコむアオだったが、その返しには同意しかない。
いちおう常識をとアカに先んじて説明してしまう。
「ふつうは三重で優秀。学生は二重で上等。四重できれば最上位で五重が限界と言われている」
「先生は?」
「私は七重までできますよ」
「限界じゃないじゃない!」
「アカを基準にしちゃいけないって教訓だぞ」
「ぐぅの音もでないわね……」
「まあ、正しいですよ」
なんとなく疎外感を感じつつも、たしかにアカを基準に考えるのはよろしくない。
人が身長の背比べしている横で、いや山のほうが大きいと言っているようなもので、場違いであり埒外である。
「ともかく学生において三重でも相当……というかキィくらいにしかできないと思われます」
「だから驚いてたのね、あのひと。……ってあれ? アオは?」
「あたしも二重までしかできないぞ」
キィとアオでは才能の方向性が、ちょっと違う。
「じゃあ、キィすごいんだ」
「えっと、えへへ。あんまり褒めないでよ」
師と同じく、キィもまた直接的褒め言葉が苦手で、なんとか謙遜のように言っておく。
そこにアオがひょいと付け足しを。
「いや、ほんとにすごいぞ。だって、ほんとはキィ、四重までできるだろ。杖があったらさ」
「そうなの!?」
「ぅぅ……」
アオの追撃で、いよいよキィは恥ずかしそうに小さくなってしまう。
遠巻きに評価されることには動じない彼女だが、身内など近い距離で褒められるのはちょっと不慣れなのだ。
顔を赤くしたまま、キィは話を切り上げにかかる。
「そっ、それでセンセ。今日の授業はこれくらいかな?」
「……そう、ですね」
昨日の魔術決闘の解説はこの程度で充分だろう。
それに、なんとも珍しいくらいにキィが慌てていて、切り上げてあげるべきかと察する。
「今日はこの辺りとします。
ただ、ガクタイが近いのですし、アオとキィはそれを踏まえて残る二か月を過ごしましょう」
「って言っても、まだ二か月は先だからなぁ」
「そうは言っても二か月なんてすぐですから、油断せずにできることをやっていきましょう」
「「「はーい」」」
ふたりと、それからクロも合わせて返事を揃えて、本日の授業は終了した。
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