キィ3 わたしの在り処
――自分の声が、誰にも届いていないんじゃないかって。
時折、そんなことを思う。
そしてそれを一度、考えてしまうともうダメ。
打ち消しても打ち消しても浮かび上がる嫌な想像がこびりついて離れない。
ひどく、怖くなる。震えて、動けなくなる。
それでも時間は過ぎて、日常は滞りない。
今日は学園が休みでよかった。
けれど、いつまでもベッドで天井を見つめていても仕方がない。
というか、朝食、みんなもう席についてるだろうな。もしかして、わたしを待ってるかも……。
いかなきゃ、と思う。
でも、視界は変わらず天井ばかり映している。
腕を上げ、目を覆う。
まっくら。
視力を閉じたことで、代わりに聴力が敏感になったのだろうか。
階段を昇って来る、静かな足音が聞こえてきた。
申し訳ない心地で胸がいっぱいになる。
そのくせほんのりと期待を抱いていて、ああ自分は嫌な子だなと思う。
ノックと声が部屋に届く。
「キィ? どうしました。起きては、いますね?」
「……うん」
自分の口から出たとは思えないほど、返事はとてもか細い。
いつも元気に笑っていた自分がどうしようもなく遠くにいってしまい、どうやって笑っていたのかすら思い出せない。
ただ……こちらの声が届いているのかだけが不安で、胸が締め付けられる。
「では、入ってもよろしいでしょうか?」
「……うん」
だから声を受け止めてくれるセンセの存在がうれしい。
安堵感はなによりも心を慰め、体中からこわばりがほどけていくのがわかる。
「失礼します」
あまりの脱力感に、センセが入室してきても起き上がることはできなかった。
センセは構わずベッドまで寄ると、視線が合うほどに膝を折る。
そして、わたしにだけわかる合言葉を優しく届けてくれる。
「聞こえていますよ。私はキィを、ちゃんと見ています」
「……うん、ごめんね、いつも」
そこでようやく笑い方を思い出して、たははと苦笑する。
こちらが笑みを浮かべたことに気を緩めたのか、センセもすこしだけ笑う。
「謝ることなどありません。ですが、不安を覚えたのなら、すぐに私を呼んでください。なにがあろうと、あなたを見失ったりはしませんよ」
「こわいよ」
「でしたら」
言いながら、センセはわたしの手を……あっ。
手を、握られちゃった。
「何度でも言いましょう。何度でも確かめましょう。
恐れるあなたを、何度でも私は見つけますから」
「…………」
センセの手、暖かいな。
暖かいっていうのは、生きてる証拠なんだよね。
じゃあ、わたしも、ちゃんと生きてるのかなぁ。
確かめるように、ぎゅっと手を握り返す。
「キィの手は、暖かいですね」
「……えへへ」
うれしくなって、自然と笑みが零れる。
センセはいつもわたしが欲しい言葉をくれる。大好き。
すると、どっしりと罪悪感が降り掛かる。
「ありがと、センセ。元気、でたよ」
「それはよかった」
「でも、ごめんね。わたしが不安になるたびに部屋まで来させちゃってる」
「繰り返しますが、謝ることではありませんよ。私はあなたの師です、あなたを見守る責務があります」
「責務だけ?」
「……いえ」
意地悪な質問に、わずかな間をおいて、なにやら気恥ずかしそうに。
「私は元気なキィが好きです。だから、あなたが元気になるための努力は惜しみません。私が、そうあって欲しいからです」
「じゃあ、くよくよなんてしてらんないね」
ばっと起き上がる。
できるだけ綺麗に、笑って見せる。
「行こう、センセ!」
「ええ、下でアオもクロも心配しています」
「大丈夫だって、言ってあげないとね」
「言わずとも」
センセは眩しげに目を細めてこちらを見つめ。
「あなたの笑顔は百万言にも勝りますよ」
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