21 シュベレザート家
ローベル魔術学園において、
その端麗な容姿や人当たりのよさ、優れた成績に男女問わず好かれ、けれどそれ以上に。
ここは魔術学園、最も注目されるのは無論にそのずば抜けた魔術の才能。
アオは三年生にして学園で最も優れた魔術師として誰の文句もなく、キィだって二年生にしてその次をいく。
なにせアオは学園生において唯一の
さらに言えば学内決闘ランキングなる序列においてもアオは他の追随を許さない一位。
なんなら教師陣と比しても遜色ない、どころか一部なら上回ってさえいる。
学園の長い歴史においても確実に五指に入る天才。
そんな彼女らにはひとつの謎があった。
それは、ときどき彼女らの口から語られる――師匠の存在だ。
というか驚きの事実として、彼女らはなんと姉妹弟子であるという。つまり同じ師を仰いで学び、今のレベルに到達している。
魔術師にとって、師とはとても重要な存在だ。
高名な魔術師には、必ずと言っていいほど高名な魔術師の師がいる。
師を見れば弟子の程もわかるし、その逆もまた然り。
古来から徒弟制度を重視していた魔術師は、秘匿している術式などを弟子にしか教授しないためだ。
そしてふたりがこれほどの能力を有するのだから、当然に彼女らの師は相応に凄い人物なのでは。そう考えるのは自然のことだろう。
それも、ふたりはそれぞれ本当に楽しそうに嬉しそうに師のことを語る。益体なく話していると話題の何割かは師のことになる。
尊敬していることが丸わかり。目標としていることが言われずとも知れる。
その度に学生および教師たちすら――非常に気になってしまう。
そんな時、驚愕のニュースが学園を駆け抜けた。
なんと件の師が本日、食堂でアオとキィと一緒に食事をするのだという。
見たい。
すごく。とても。めっちゃくちゃ――見たい。
そのため今日の食堂はいつにもましてごった返している。テーブルはひとつ残らず埋まり、だがいつもよりもどこか静か。
そう、食堂に集った彼らの意識はただひとつのテーブルに集中していた。
学園の有名人、アオとキィ。
そして同じテーブルで雑談する――白いローブの青年と黒髪の少女。
あれがふたりの師匠なのだろうか。
だが見たことすらない。外見も常態魔力も平凡だ。いや笑顔が綺麗だと思う。というかあの少女は誰だ?
口々に学生たちは遠巻きで噂し、だが最後の確証が持てないでいた。
というかふたりの話しぶりから
戸惑いは足踏みをさせ、足踏みはとりあえずもうすこし様子見を選ばせ、様子見は観察になる。
していると、どうにも楽しげ。
アオもキィも常の笑顔よりもずっと魅力的で、その会話を邪魔するのに忍びない。
直接、掛け合って確認をという空気ではなく、誰もが疑問を悶々と抱いたままに静観する。
そんな中で。
誰もが例のテーブルに近づけないでいた中で、遂に声をかけた生徒がひとりいた。
「もし? アオくん、少しいいかい?」
その時の食堂に集まった学生たちの心の内を一言に集約するとするのなら、間違いなく。
「いったーー!?」
である。
恐れ知らずに――いや、空気を読まずに声をかけた彼の名はジグムント・シュベレザート。
学園四年生の魔術師にして十人しかいない
魔術師の名家――魔術貴族の一門シュベレザート家の長男でもあり、学園においてアオとキィの次に有名な男性である。
血筋はよく、実力も備え、なにより良くも悪くも目立つ性質を備えるからだ。
学園にも制服ではなく華美な仮装のような衣装を纏い、動きは激しい上に高笑いはどこまでも響き渡る。
そういう人の目を集めて仕方ない人物であり、けれど彼が有名な最大の理由は――
◇
「ああ、ジグムントか。どうした」
ほんの微かに面倒そうに振り返り、アオは呼び声に応えた。
ジグムントは勿論、アオのそんな微細な感情の機微に気づくこともなく。
「いやいや、もしかしてそちらの方がアオくんのよく話していたお師匠様なのかな? ならば、挨拶をしておきたいのだよ」
「あー」
すこしバツが悪そうにアカへと視線を送る。
特段に困った風情もなく、アカは頷いた。
それを確認してからアオは向き直り。
「うん、そうだよ。でも挨拶とかはいいから」
「そうはいかないさ! ぼくは君のライバルなのだから!」
「……ライバル?」
クロの疑問符は、アカも当然に思ったことだが……キィは苦笑であった。
ジグムント・シュベレザート。
彼が有名な最大の理由は――その筋金入りなまでの負けず嫌いにある。
「君と決闘を繰り返して既に七十四戦! そしてぼくの全敗! あぁ、信じられない、次こそ勝つのはぼくだ!」
「やめろやめろ。今日はアカがいるんだ、そのノリはやめてくれジグムント」
つまりいつもこんな感じなのか。クロは心なし椅子を遠ざけるように退いた。
学園では決闘による個人の戦力を順位づけしているという。
学生同士で決闘し、勝敗を記録し、その勝率の高い順にランキングしているとアオとキィから聞いている。
ちなみアオは堂々の学園一位。
キィは興味がないため参加せず順位なし。
そしてジグムントは学園二位である。
アオはこのランキングにおいて無敗を誇り、ぶっちぎりの一位であるため学内で決闘を敬遠されていたりする。
しかし、例外がここにひとり。
負けず嫌いのジグムントは、何度敗北してもアオに挑みかかり、そのたびに敗北記録を更新しているのである。
どれだけ敗北を繰り返しても不屈に向かってくる様は、アオとしては好感を抱いているのだが、こういう日には勘弁願いたい。
「やめろと言われても、ぼくはぼくだよ!」
「いや、そういうんじゃなくて……もう」
どこか意図がずれる。
なにか話がこじれる。
彼は彼の世界で物を見る。
「ぼくは名門シュベレザートの英才教育を受け、お父様お母様の愛情をもらい出来上がったシュベレザートの魔術師!
同年代ではきっと誰よりも恵まれた環境と血筋だったはず――そんなぼくが一度も勝てない同年代の子がいるなんて、許されないのだよ!」
その考え方はアオも共感できるし、好ましい。なにせアオだって同じように考えているのだから。
けれどそれをこちら側から言ってやれず――三天導師の弟子だと公言するわけにはいかず――素性に空白ができてしまう。
そこがジグムントの視点からすると疑惑であり、謎なのだ。
そしてその謎の根源こそが
「はじめまして、私はアカと申します。アオがいつもお世話になっております」
「挨拶とかいいから。というか世話になってない」
この青年なのだが、当人はわかっているのかいないのか。
どちらにせよそれよりも、アカは弟子の学友と会えて妙に浮足立っている様子。
完全に保護者の目線で微笑んでいる。
「おや! アオくんの御師匠というからどんな方かと思ったら、意外に礼儀正しいのだね! 好印象だよ!」
「ありがとうございます。シュベレザート家のことはお噂でかねがね伺っておりますが、その御子息とアオが親しかったとは知らず、挨拶が遅れてしまいましたね」
「構わんとも! アオくんはシャイだからね!」
「素直で優しい子なのですが、本音を漏らすことを恐れている節がありましてね、そこのところはご容赦いただきたいと――」
「アカ―! やめてー!?」
なんかもうその会話全部がアオにとっては殺傷物だ。
友達に親を見られるというのは、なんだか無性に恥ずかしいもの。
いや親ではないが、アオの現在の心地はそれに近しい。妙に背中がこそばゆく、奥底のほうで疼くなにかが騒ぎ立てる。居ても立っても居られないくらいには気恥ずかしい。
よくわかっていないが、アオに懇願されてはアカも続けるわけにもいかず。
「ええと、すみませんジグムントさん、どうやらあまり話をしているとアオが困るようなので、今日のところはこれで」
「待ってくれないか!」
アカが退いたところで、ジグムントはむしろ踏み込んでくる。
彼が声をかけたのは挨拶もあるが、それよりももっと直接的な。
「ぼくは貴方の実力が気になるんだ! このアオくんの御師匠だからね、きっと素晴らしい魔術師なのだろう? でも、ぼくは貴方のことを知らない!」
「私など既に隠居して表舞台からは縁遠いもので、知らずとも無理はないでしょう」
「だったらやっぱり目の前で見てみたいね、アオくんの御師匠の力を!
――ぼくと決闘してくれないかい?」
ざわり、と静観していた食堂中の生徒たちが色めき立つ。
まさかもしや、という期待と不安がそこかしこに蔓延していて、そこで本当にぶちこんでくる辺り流石はシュベレザートの御子息は役者が違う。
しかしここで怒り出すのはアオである。
「ほら、すぐそういうこと言う! あんまり勝手ばっかり言ってると、あたしだって怒るぞ!」
「おや、アオくんとの決闘もいいね! やるかい?」
「しないぞ! しないからな! アカともさせない、絶対!」
断固として叫ぶ。
学園においては割と珍しい、子供っぽい怒り方。
それだけ本気なのだとアカにはわかって、ここはアオの言う通りにしておくべきと判断。
「申し訳ありませんが、あまりそういったことは気が進みません」
というかアドバルドに迷惑がかかる。
けれどこのジグムントがやんわりとした断り文句では納得するはずもない。
「そこを曲げてどうか! どうかお願いする! ぼくはアオくんに勝ちたいのだ!」
「う」
そしてアカは押しに弱い。こうした実直な性根に弱い。
ので。
隣の席の少女が立ち上がった。
「ねえ、ジグムント先輩、わたしじゃダメかな、決闘の相手」
「えっ、キィ?」
周囲の聞き耳を立てていた学生たちが、また別の意味でざわつく。
キィは学園において二番目の実力を誇る。
それは誰もが頷く事実であるが、その温厚な性格から決闘には一切参加せずランク外。
実際、戦いは不得手なのでは。いや、やれば強いはずだろう。なにせ
などと決闘ランキング好きの学生たちには噂の的であったりする。
不戦故の不敗たる次席――そんな風に呼ばれたキィが、決闘ランキング二位のジグムントと決闘をする――それは本日何度目かの大ニュースと言えた。
なにせそれは決闘ランキングの、本当の二位決定戦である。
ジグムントもまた驚いた様子で再確認を。
「キィくん、本当にいいのかい? 君は決闘嫌いと聞いていたけれど」
「そうですね、決闘とか争いごとはあんまり好きじゃないです。でも――ガクタイ参加が決定したからね、ちょっと練習も必要かなって思いまして」
「! ガクタイ参加! 本当かい!」
「うん。それの件でセンセが学園に来たんですよ?」
さも当たり前のようにしてまた驚きのニュースを増やすキィ。
それにより、謎の師匠アカの件をやりすごす算段である。
学園生にとってガクタイの話題は大きい。彼女の目論見は成功し、ジグムントもそちらに気を向ける。
「じゃあ、アオくんも?」
「おー、もちろんあたしもだ」
「じゃっ、じゃああとひと枠……? ぼくかな!?」
「それは知らんけど」
アオはばっさり切り捨て、代わりにキィが笑顔で。
「学生同士の決闘じゃないと学園の評価にはならないし、センセよりわたしとやりませんか、ジグムント先輩」
「そういうことなら承った、やろう、キィくん!」
「じゃ、先にグラウンド行って待っててください。こっちはまだクロが食べ終わってないので、あとで行きますから」
「むぐ……っ!?」
自分だけ食べるのが遅くて黙々と食べ続けていたところを急に水を向けられ、クロはびっくりしてしまう。
いや、落ち着いて食べていいからと横合いのアカに背中をさすられる。
「わかったよ! ではお先に!」
そうしてジグムントは去っていき、四人はなんともなくため息をひとつ。
それからアカは言う。
「キィ、よかったのですか?」
「いいも悪いも、決闘に慣れておきたいのはほんとだよー」
「……ありがとうございます」
「えー? なんでお礼?」
「言いたくなったからですよ」
「そっか」
□
ローベル魔術学園では、年に三回のテストがある。
その内、ふたつは学年ごとのものだが、最後の年度末試験だけは四学年統一のペーパーテストと同一の実践試験を課され、学園での総合順位が決定する。
これは生徒の年齢がバラつきがあることと、ガクタイにおける参加者を上級生に限らず、優秀な者をと選抜するため。
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