授業・月位九曜
「お昼休みまでにすこしだけ時間もあることですし、ここですこしだけ授業をしましょうか」
「え、ここで?」
「はい。今回はご質問のあった
学園の食堂は広く広く、スペースだけなら先ほどの図書館にも届きそうだ。
学生たちの七割はここで食事をとるのだから広くなければ困るのはわかるが、それにしてもだ。
等間隔にテーブルが並び、給仕が巡り、奥では料理人が忙しない。
食事の香ばしいにおいが充満し、まばらな学生たちの雑談が騒がしい。
広さを除けば町のレストランのような風情である。
ちなみに学生と教師は無料。
さらに特別待遇の札を下げたアカとクロも無料――食堂へ行くと言えばアドバルドが即座に用意してくれた。
そんな食堂のあるテーブルにて、アカとクロは対面で座る。
「黒板もノートもありませんし、まあ、軽い雑談の延長と思って聞いてください」
「ん、わかったわ」
クロとしては先のミーティとの出会いが未だに腹にわだかまっていて、ちょっと不機嫌そう。
苦笑しつつも、なおさらアカは言葉を止めない。
すぐにアオもキィも来る。そのときにクロが機嫌悪くしていると、心配をかけてしまうだろうに。
「
「
「ほぼほぼ正解と言っていいでしょう。月位の中でもさらに選りすぐられた到達者とされる者の名称こそが九曜です」
「到達者。でもそれは天じゃないのよね」
「はい。月より高き月、人の到達点といったところでしょう」
それぞれをして。
赤……
青……
黄……
白……
黒……
緑……
橙……
紫……
藍……
「魔術師協会により選定され、色相ひとつにひとりが選ばれます。ただし、相応しい者がいなければもちろん選ばれません」
現に今の九曜の冠を得ているのは七名のみ。黒と紫は欠けている。
多くの魔術師がいて、それも協会所属に限っていないのに適格者たるはいないのだ。
その格の高さから、こんな思い違いもあるほどだ。
「天位が御伽話とされているため、彼ら九曜が天位と勘違いされることもありますね」
「……じっさいは、どのくらい差があるの?」
「どうでしょう。ただ、魔術師協会は七位階を制定し、天をこそ最上と定めたため月と天の間の位階を作ろうとはせず、けれど月位に収まりきらない特別枠として九曜という位階ならざる称号を作りました」
月よりもさらに天に近づいた、地から遠のいた――喩えるのなら惑星。
「位階じゃなくて、称号。あくまで位階は七つだから」
「それを踏まえると、やはり協会は九曜でも天には届いていないと理解しているのでしょう」
月位の間では飛び抜けていても、天からすればどんぐりの背比べ。新たな位階を制定するほどでもなく、月位の枠内ということ。
天位はそれだけ画している。
「それでも九曜に認定されるのは素晴らしい魔術師ですがね」
上を見上げてはキリがなく、下から見上げればすべて遠い。
「ふぅん。じゃあ、要するに一般的に一番すごい魔術師の称号ってことかしら」
道理でミーティがあれだけ誇り、そして知らないことに驚愕していたのか。
まあ、逆の立場で三天導師を知らないと言われれば、その態度も理解できるというもの。
ちょっとだけ悪いことをしたかもな、と引け目を覚えるクロに、アカはすこし悪戯っぽく教える。
「ちなみにクロの知っているところではジュエル――ジュエリエッタさんもそれに相当します」
「ジュエリエッタが?」
「はい。まあ、協会を追われて元、となりますが腕は変わりません」
そういえば最初に名乗ったとき、
さらっと言った割に、実はすごい称号だったようだ。
ちなみに九曜に認定されたことがある魔術師は、次に九曜に認定されずとも到達者としての称号は失わない。
そのためジュエリエッタは九曜ではないが
「じゃあ、ジュエリエッタが先生たちを除けば一番の赤魔術師ってこと?」
「そうなりますね。ただ、次の赤色の九曜は決まったみたいですから、その人と比べるとどうなのかはすこし判断に困りますが」
――ワタシは諦めた。
現代最高峰の称号を得た魔術師でさえ、そう結論した。
その事実を思い返してクロは身が震える思いだった。
けれど、今はその感情に蓋をする。
せっかくアカが話してくれること、教えてくれることだ、俯いて聞くなんてしていられない。
それに本当に聞きたいことは、これからだ。
「先生は……ええと、なんだっけ。大根の、ハツカネズミ? みたいな名前の九曜は知ってるかしら」
「だいこんのはつかねずみ……?」
アカをして理解に及ばず首を傾げる。
いや、いや。
おそらくはなにかの覚え間違いか言い間違いなのだろうけれど、それにしても大根のハツカネズミ……?
腕を組んで考えこみ、思考を回して様々な方角からその名称を鑑みる。
どれほどか思案するとまさかという思い付きが発見される。もしや音の響きから類推するに……恐る恐る確認を。
「もしかして、
「あ、そうそうそれそれ。やっぱり有名なんだ」
「……まあ、九曜のうちでも一、二を争うくらいには有名かと」
「ふぅん。先生よりも?」
「それは……ちょっと比較の仕方が悪いといいますか」
数百年単位で語り継がれ、世界中に書籍が出版され、学園の授業から子供に聞かせる小話まで使われる題材と比較するのは、規格が違うと言わざるをえない。
だからこそ比較対象が悪いのではなく、そもそも比較の方法が悪いのである。
「まあ、先生ほどじゃないにしてもそれなりに有名だったってことね。じゃあ、ちょっとくらいは気持ち、わかるかな」
自分の尊敬する人物を貶されて怒ったのは、なにも自分だけではなかったようだ。
ならばあの態度もすこしは――うん、ほんのすこしだけなら理解できる。
最悪だった第一印象を、ごくわずかに上方修正するていどには。
◇
「でもやっぱりあの子、ちょっとわかんないな」
「まあ、意見の合わない相手というのは必ず現れるものですから」
「そうじゃなくて。あの子、学生を下に見てたくせに、なんで学園になんて来てたのかしら」
学園生、といった風情ではなかった。制服も着ていなかったし。
むしろ学園を嫌い、師と弟子の関係性を重視していた。
ではどうして学園に?
「ええと、図書館の外来利用では?」
「それ、彼女忘れてたわよ」
クロのことをここの学生と勘違いして、話している内に思い出したといった感じだった。
なにか書物を読んでいたという風でもないし――あぁ、それとも。
「わたしと同じで、もしかして先生の付き添いだったのかしら」
アカはすこし怪訝そうに。
「……噂に聞く方ですが、すくなくともこの学園の長は知らない様子でしたが」
アドバルドがアカに隠し立てするとは思えない。
そして、かの有名な
では。
「人知れず、やって来た?」
「え、そうなの? でもなんで?」
「それは……わかりませんが」
彼は学園制度を公に反対し、古風な徒弟制度を肯定していると耳にしたことがある。世情に疎いアカでさえ、聞いたことがあるのだ。
「なにか、きな臭い。嫌な予感がしてきてしまいましたね」
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