授業・魔力
「今回は魔力についてすこしお話ししようと思います」
アカの授業は、まずその日の本題について提示してからはじまる。
だからこそ、クロはあれと首を傾げる。
「魔力についてって、どういうこと?」
魔術において燃料たるその概念。
それ以上になにか学ぶべきことがあるのだろうか。
基礎的すぎて、教わらずともなんとなくで理解した気分であり、授業一回分を費やすほどなのかと疑問だった。
アカは逆に問い。
「ではクロ。たとえば魔力はどこからきてなにをもとにしているのか、わかりますか?」
「えっと」すこし考えて「空気中になんか、魔力の素みたいなのがあってそれを吸ってるんじゃなかったかしら」
「テストでその解答なら、三角と言ったところですね」
それを花丸大正解に答えられるように教える必要があるのだと、アカは言う。
中途半端な正解は不正解よりも気恥ずかしい時もある。
クロはそれ以上なにも言わずにアカの言葉を待つ。
「まず、人には魔力――いえ生命力を生成する器官が備わっています、心臓です」
「心臓って、胸でどくどく言ってる、あれよね」
「はい。血液を循環させているあれですね」
自らの胸元を手で示し、そこで脈打つ鼓動を感じる。
「食事をとり、休息をとり、自ら命を作っていく。心臓にはそうした機能があり、血液とともに生成した生命力を体中に循環させています」
心の臓腑というだけあって、そこは人体において最も重要な器官と言えよう。
だが。
「こちらの生命力のことを魔力と呼ぶことはほとんどありません。僅かの例外を除く方がこれだけで生きるには少々不足するからです」
「え、足りないの?」
「はい。自分で作るだけでは足らず、ゆえに外から吸収する必要があります」
胸に置いた手を、今度は下腹部、へそ下あたりに持ってくる。
「心臓とは別、魔力を蓄積する器官も人にはあるのです、それを
「お腹の下あたりにあるの?」
「はい」
アカの指す部分を自らも触れてみる。
心臓のように鼓動はなく、あまり実感はなかった。
「こちらの器官は空気中の魔力、
「……ん、もとから持ってるのと、外からもらっているものってことかしら」
「その理解で問題ありません」
魔力に二種類ある、それだけでも初耳で、疑問は多い。
「えっと、そのふたつって違いとかはあるの?」
「色合いが違います」
「色って、魔力のよね」
「はい。自分で生成した魔力は、その身から作り上げたもの。そのため色濃く色合いがあります。逆に外から取り込んだ魔力はほぼ無色で、自分の魔力と混ぜ合わせて色を付けることで薄れた色をもつ人の魔力ができあがるわけです」
「ああ、人の魔力にうっすら色がついてるっていうのは、混成したからってことか」
「はい、その比率は実に一対九十九とも言われています」
「百倍!」
自らで生成した魔力の色は外在の魔力によって百倍に希釈されて、ゆえにこそ人体の魔力は基本的に無色とされている。
クロは以前の授業で教わったこととともに理解を深め納得していく。
自らの知識と得た知識を結合して頭に収納していく。
「それで、自前は少ないって言ったわね。じゃあ外付けのほうは量も百倍なの?」
「正確に百倍というわけでもありませんが、比較して多量です。そもそも外在魔力とはこの星の魔力とも言え、それは我々小さな人から見ればもはや無限に近いものです。それを拝借するわけですからね」
「でも蓄積するのは丹田なんでしょ?」
「丹田は柔軟に広がる器とされ、修練すればどんどん拡張していきます」
「へえ……あれ? じゃあ心臓のほうは大きくできないのかしら」
「難しいですね。多少は広げられますが、どうしても生まれつきの問題が大きいので」
「……」
生まれつき、という才能の話になると、クロは一度口を閉ざした。
それから意を決するようにして問いを。
「ねえ、先生。さっき言ってた例外っていうのは、もしかして」
「はい。私やシロ、そしてあなたのような天賦の才をもつ者のことです」
アカははぐらかすことなく真っ直ぐに返答をする。
クロにとって他人事ではなく、知っておくべきことだ。
「通常一般の者は自分で生成した生命力を魔力とは呼びません。なぜならその方々にとって余剰ではないからです」
「むしろ足りないって言ってたものね」
生命力の余剰分のことを魔力と呼ぶ――最初の授業で教わったこと。
「そのため自らで生成した分まで魔力として動員しようとすれば、おおよそ術者は昏倒します。場合によっては死に至る禁忌です」
丹田の蓄積分を全て失うと、残るのは心臓の命のみ。
それを無理に魔術として用いれば文字通り命にかかわる。
魔力枯渇による衰弱死は、魔術師においてまま見られる死因である。
「しかしごくわずかの例外は、生まれながら生命力に溢れ、魔力としての運用を可能とする。それも、尋常ならざる総量をもって」
「……ごくわずか」
「はい。丹田の機能にすぐれ、魔力を膨大に蓄積できる魔術師はそこそこいますが、心臓機能にすぐれた魔術師は本当にすくないのです。
それこそ、私でさえそういう方に出会ったのは片手で数えられるほどです」
自らを除く三天導師二名と、シロとクロと、あともうひとりいたかどうか。
長く生き、広く旅をしたアカをして、たったそれだけしか顔を合わせていない。
つまりはそれが、クロの最大の才である。
黒色魔力という利便性の高い魔力色をもつこと。
魔力感知に優れた深く見通す目をもつこと。
魔術の習得速度が尋常ならざる成長性をもつこと。
そうしたすべての才覚が彼女を天才と呼ぶ存在にさせ。
その上で。
生まれ持った魔力の濃密さこそが、彼女を天に届きうる異才とする最大要因である。
「それを誇る必要もありませんが、自覚はしておかねばなりません」
「……」
クロが自らの才能に懐疑的であり、かつ複雑な感情を抱いているのは知っている。
だからこれまであまり触れずにいたけれど、かと言っていつまでも見て見ぬふりもできはしない。
なにせクロはこれから魔術師になるのだ。
魔術とはあらゆる可能性をもった魔力を運用した現象、術師の精神と魂をもって描き具現する奇跡である。
己の可能性を否定する魔術師は、どうあっても大成することはない。
彼女だってそれを薄々ながらわかっているはずで、内心では多少の焦りもあったに違いない。
師としてどこかで突き付けるべきではあったのだ。
嫌うものを無理に好きになれとは言わないし、本音を曲げて嘘で蓋をしろとも言わない。
けれど受け入れなくてははじまらない。
「クロ、次の授業には魔術の実践をはじめます。鍛錬ではなく、魔術を行使してもらいます」
「っ」
悲喜こもごもの文字通り。
嬉しいが恐ろしく、楽しそうだが悲しそうでもある。
一言では言い表しようのない表情は、クロの心のうちそのもの。
「それまでに覚悟――とまではいかずとも、自らに納得をしておいてください」
「わかった」
不安定ながらもなんとか返事ができたのは、アカの気遣いを理解しているから。
このタイミングで魔力の授業と称してこんな話をしてくれているのは、つまり前もって心の準備をさせてくれているということ。
クロの整理のついていない感情に、最大限の配慮をしてくれている。
「思い悩むようなことがあれば、いつでも私に相談してください」
「ありがとう、先生」
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