シロ2 髪型


「シロってさ、髪の毛、長いよねー」


 何気ない会話の流れというものはあって。

 誰もが特段に意識したわけでもなく、互いに、あるいは三者四者で言葉を交えていると、ふとしたところで予期せぬ話題が発生することもある。


 シロにとって、今回の話題というのがそれで。

 あまり問われたくはないことを俎上に挙げられ、僅かばかりに困った風情をだす。


 けれどその変化は微細に過ぎて、アカでもなければ気づくことはない。そして、この場には色とりどりの少女四人はいても、その師は不在であった。

 むしろ珍しくリビングにいるシロに、他の子らは積極的に話をしたがっている。


 シロはそれを悟って、何でもない風に肩を竦める。


「ほうじゃけど……なんか、気になるん?」

「いやー、そういうわけじゃないんだけどさ」


 キィは言う。


「ただ、ちょっと意外だよねーって。ねえ、アオ」

「ん、まあ、そうだね」


 言われてみれば、という顔つきでアオも同意を示す。


「シロっていろいろと面倒くさがりじゃん? 髪の毛の手入れなんか、特に面倒だと思うんだけど」


 自らの結わった髪先に触れ、その苦労を思う。

 アオの結った髪もまた長く、それでいて艶やかで手入れの程が窺える。

 経験者は語る、ということだ。


 うんうんとキィは頷いて


「シロの髪、アオに負けないくらい綺麗だもんねー。それって、すっごく丁寧に手入れしてるってことだよね」


 長い髪の毛というのはそれだけで洗うのに手間がかかり時間がかかる。

 それ以上に艶だたせ、その美しさを保つのには一体どれほどの苦労がかかるのだろうか。


「ねー、クロも気にならない?」

「え。わたしは別に……」


 突然に話を振られて、クロは雑に返答してしまう。

 会話に混ざらず、隅で書物に目を通していたクロは、あまり興味がないようだった。

 彼女は現在、暗記のために没入中である。


 邪魔しちゃ悪いかとすぐにキィは視線をシロに戻す。


「起き上がるのも面倒だって公言して、一日に二十時間は眠ってるじゃん。なのにその髪の質はおかしいよー」

「二十時間は言いすぎじゃろー、十九時間程度なそ」

「充分長いって……」


 呆れながら突っ込むアオ。

 彼女もまたシロに視線を固定していて、どうにもはぐらかしはできないようだ。

 

 シロは、観念したようにひとつ息を吐いてから。


「せんせーが昔な」

「え、アカ?」


 本からクロの視線が動く。キィとアオの注目もまた強まる。


「せんせーが昔、シロの髪は綺麗じゃと褒めてくれたんよ。そん時、長い髪の毛が好きじゃ言うちょったん」

「え、そうなの!」

「……へぇ」

「…………」


 キィは素直に驚いて。

 アオは目を細める。

 クロに至っては無言で自らの髪を撫で長いよね、と確認している。


 とりどりの反応に、けれどシロは底意地悪そうに肩を竦める。


「まあ、ゆーて、外見ばっかで判断するひとでもないし、あんまり意味ないんじゃけど」

「あー! シロ、いま反応たしかめたでしょー!」

「みんな素直で可愛らしいけぇ」

「あたしなにも言ってない!」

「あははは」


「でも」


 と、クロが口をひらく。


「でも、意味ないってわかってても、シロも髪は伸ばしてるのよね」

「…………」


 意味が薄いと理解していても、それでも髪を伸ばしている。

 その少女の心のうちにあるのは、きっと。


「それは……そうじゃけど」


 顔を逸らして、けれど否定はできなくて、シロは恥ずかしそうにしぼんだ声で答えた。

 すぐ堪えきれなくなって立ち上がる。


「ぅぅ、もうシロ、寝る!」


 どたどたと急いで走るシロを見たのは、三人ともそれがはじめてであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る