クロ2 できること
「料理を教えてほしい?」
「うん」
ある晴れた日。
家人の誰にも予定がなく、それぞれが思い思いに屋敷で過ごしていた午前のこと。
アカが書斎で難しい本を開いて一時間経過したのを確認し、クロは静かに動き出した。
リビングでさてお昼ご飯の準備と立ち上がるアオとキィの背に向け、ずっと思っていたことを切り出したのだった。
「その……ここに来てからすこし経つけど、ずっと作ってもらってばかりで悪いじゃない?」
「別に気にしなくていいのに」
「そりゃ、みんながお休みの日ならいいけど、アオとキィが学園に行く日にも作り置いてもらうのは、すごく申し訳ないわ。手間でしょう?」
「ん、それは、まあちょっとは……」
そこは正直に言って、キィは頬を掻く。彼女は嘘を好まない。
クロが来る以前は、昼に作り置きなどはしなかった。
アカもシロも食事が不要で、もしも小腹が空いても購入したパンをかじったり、町に出向いたりすればいいだけ。
けれどクロはそうはいかない。
成長期であるし、肉付きも悪いし、たくさん食べるべきであろう。
そしてそうなるとクロにだけ用意するのならアカにだけなしというのは心苦しい。
アカがどう思うかは別にして、用意する側の気持ちとして二人分を作っておくのは人情だろう。
そのぶん、手間は増すのだけど。
そこに気が付いたクロからの提案である。
自分も料理を作れるようになれば、姉弟子の負担を減らし、なんなら手伝うこともできる。
魔術の勉強以外には多く時間も空いているし、学べるのなら学びたい。
「うーん、クロはいい子だねー」
にっこにっことキィは笑う。
健気な妹弟子が可愛らしい。
とはいえ。
「でもね、クロ。それが後ろめたいなぁって気持ちで言ってるんなら、べつに気にしないでいいんだよ」
「え」
にこやかな笑顔は変わらない。
ただその笑みにある暖かさの質が変わる。
「わたしたちの手間が増えるくらいなら自分が無理をするっていうのは、違うと思うな」
「無理してなんか」
「センセに聞いたよ? まだ呪い、解けてないんでしょ? ずっと寝たきりで体も弱いって」
以前、書斎で分厚い本を二冊持ち上げるだけで苦労していたのを、キィは見逃していない。
毎朝、アカとともに散歩をして、帰ってくると随分と疲労している姿を、キィは何度も見ている。
気持ちはうれしいが、身体が伴っていないのなら逆に危険になるかもしれない。
姉弟子の真っ当な心配に、クロからあまり強く言い返せそうにはなかった。
けれど、またべつの姉があっけらかんに言う。
「キィ、いいじゃん、別にさ」
「アオ?」
黙っていたアオが、そこで口を開いた。
「クロを病人みたいに扱うのはよしなよ」
「でも……」
「キィだってむかし、呪いが解けてうちに来た頃は特別扱いにむっとしてただろ?」
「……」
沈黙は肯定。
アオは真っ直ぐに言葉を突き刺す。
「対等だよ、あたしたちは」
「それは、わかってるけど……」
それでもなお不服げなのは、やはり心配だから。
キィもまた呪いによって人生を狂わされ、そしてアカに救ってもらった身。
同じ境遇のクロに対して思う感情はどうしたって同情と心配で。
しかもクロの呪詛はアカですらまだ完全に解けていないという。
未だ、呪詛被害に苦しみ続けている。
そんなの、可哀想だろう。
とてもじゃないが楽観できそうにはないのである。
キィは弱く、彼女になにかあっても救いの手を差し伸べることはできないのだから。
陰るキィにも、アオは常のまま。
アオは口数は少ないし、怒りっぽい。素直だけど我が侭なところがあって、でも優しくて。
キィの心配も、クロの不安も、わかった上で笑い飛ばす。
「だいじょうぶ、無理をしてないかは見てればわかるよ。教えるってことは、ずっと見てるってことだろ? アカ先生が言ってたぞ」
「あっ」
アカの名を出されると弱いのはこの屋敷の娘たちにとっての共通事項のひとつ。
そして、クロもここで口を開く。
「キィ、心配してくれてありがとう。けど、アオの言うとおり、だいじょうぶだよ」
「……そっか」
ちょっと意固地になってしまったことを自覚して、キィは肩から力を抜く。
「ごめんね、うるさく言って」
「いいの。心配してくれてるのはうれしいから」
「うん、じゃあ、今日から一緒に料理しよっか!」
改めて、キィは輝かしく笑う。
先までの陰った調子を一転させて明るく振る舞えるのは、やっぱりキィの生来の性格で、クロはすごいと素直に感心してしまう。
「えっと今日つくるのはシチューだから、お野菜切ろうか」
「いや、すぐに包丁もたせて大丈夫か? そもそもクロはどのくらいできるんだ? さっぱりか?」
「いちおう、自分で食べるくらいにはできるけど、味に自信がないわね」
そうして、姦しく三人は料理をはじめるのだった。
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