授業・九色九種の魔術
「では第二回目の授業となります」
軽い話し合いの結果、基本的にクロへの魔術の授業は一日に一回、どこかで時間をとるという塩梅となった。
どちらかになんらかの用事や理由があれば当然、休みになるし、なんなら日に二度でもよい。そこらは柔軟に。
クロとしては一日でもはやく魔術師になってアカへの恩返しをしたいわけで、せっつくように今日もまた授業をはじめてもらうこととなった。
「今回お教えするのは魔力の色と色に相当する魔術についてです」
「そうよね、前回はそれ結局教えてくれなくて気になってたわ」
あなたの魔力の色は黒色ですと告げておきながら、じゃあ黒色だからどうなのかを言わないのは若干酷いと思う。
占いで内容を勿体つけるみたいなものだ。
承知しているのか、アカのほうもさっさと話を進める。
「前回と重複するところもありますが、魔力は基本的に無色無形であり無属性です。そのため生成した魔力に個々人が染色を施し属性をつけることで方向性を確立し、魔術として成立します」
「魔力の色ね、たしかわたしは黒色だったわね?」
「その通りです。無色と言っても、人間の魔力であるなら実は染色していない状態でもほんのわずかに色が滲んでいるものでして、それがその方の生まれもった色合い、
「でも、もともとの色以外にも染めるのはできる、んだったわね?」
「はい。修練をすれば他の色も扱えます。ですが、頭一つ
言いながらアカは黒板にさらさらと書き込んでいく。
「九色九種の魔術はこの通り」
「表三色は学べば誰でも扱えます。特二色は生まれもった才覚のある者にしか使えません。
そして裏四色はその両方。
習得は誰にでも可能ですが、使いこなすのは才能によるのです」
「……ねぇ、
「はい。先ほど言ったように魂源色のほうが扱いやすいものですが、黒色魔力のみは例外でして、白を除いた全ての色合いに適合し最適に扱える特殊な色なんです」
それは素人目にも優秀な色と言えるのではないか。
他の全てを兼ね備える全方位適性、これが。
「これが、わたしの才能?」
「それも、あなたの才能です。
確かに黒色魔力の持ち主は希少で、ほぼすべての色を扱えて汎用性が高く優秀です。しかし世を見渡していないわけではありません。
あなたの才は、もうすこし深い」
「……そう」
それがどのようなものなのか、問う気にはなれなかった。
未だ、クロは自らの不幸の根源に対して思う感情は複雑だった。
ゆっくりと考えていけばいい。
アカもまたそのように考えており、ここでの言及は避ける。今は魔術の授業中だ。
「では、各魔術の特性についてですが、一挙に説明しても覚えきれないかもしれませんので、まずは表の三色だけにとどめましょう」
「あ、うん」
俯きかけた顔を上げ、クロのほうも意識を授業に戻す。
「まず
「生命力っていうのは生きるための力だったわね。それの余剰が魔力、であってるわよね?」
「その通りです。よく覚えていましたね」
昨日のこととはいえ、本題ではない部分だ。
しっかりと覚えているのは細部まで話を聞いてくれているということで、割とうれしい。
「魔力と生命力はほぼイコールでして、
たとえば身体を動かすための性質を利用して身体能力や五感の強化。
たとえば命そのものであるという性質を利用して治癒力の底上げ。
たとえばその逆、身体能力弱体化や生命力の減退」
「強化と治癒、便利ね」
「ええ。これを覚えているのとそうでないのとでは生存率が違います」
そのため戦士たちに最も人気のある色相魔術である。
性質上、後衛の魔術師たちには逆に初歩だけ学んでおけばいいという風潮もあったりするが。
ひ弱で病弱なクロとしては、ぜひとも覚えたい魔術だと思った。
「次に
「? いまいちわからないわね」
「魔力は無属性と言いましたね?
「ん、属性っていうのは?」
「まあ、いろいろなことが言えますが、多くの方は自然の属性へと変転します。地水火風といったわかりやすい四属性がもっとも簡単です」
「だから、自然魔術っていうのね」
「その通りです。
魔力の性質を火に変えて撃ち出す。風と化して斬り裂く。そうした破壊目的でなくとも水を作って飲み水に、土に転じて建築の手伝いなんてことも可能です」
「自然を操る……ってこと?」
「すこし違います。自然現象を作る、というほうが意味合いとしては正しいかと」
既にある世の摂理に干渉するのではなく、それを模倣して近似した性質に魔力を変える。
それが
大本は自らの魔力で、故に思うよう扱うことができるのだ。
同時に、自らの器量を超えた力とはならない。
「最後に
「ええと、
「ですが結果は大違いです。
「え、それって完全に変わっちゃうの? その……エネルギーが物質に?」
「はい。魔術師は魔力さえあればなにもないところからなんでも作り上げることができます。武器や日用品から、なんでも。ただ並みでは永続はしませんが」
それは
過去の偉人が遺した
逆に基本的には物質化は固定時間を制限される。
造形されたものは、やがて魔力に戻り世界に還元されていく。他のどの魔術とも同じく。
「それ、ふつうはどれくらいもつものなの?」
「最初は数瞬ていど、それを伸ばしていくのが
その持続時間に関する計算をするのも術者の腕の見せ所となる。
状況に応じて持続時間と魔力量の多寡を考える必要があるのだ。
「ただし命は作れませんし、同時に食糧にもなりません。もとが魔力ですから、食したとしても魔力に還元されるだけです。形を与えているだけで、性質は変わっていないと言えばいいでしょうか」
「……えっと、食べたらどうなるの?」
「自身の創作物であれば先ほど言ったように魔力として還元されます。ただ、他者のものであれば、魔力の拒絶反応が起こる可能性があり危険です」
用途が違う。
魔術において人の生命へ干渉するのならば
「……基本的な表の三色だけでも、ずいぶんとその、すごいのね」
すごい、という抽象的な物言いはいかにも子供っぽくやや恥ずかしくあったが、そうとしか表現できなかった。
アカは笑うこともなく静かに肯定した。
「ええ。けれど、クロ」
「なによ」
「覚えておきなさい、魔術は決して万能などではないのだと」
「……」
「あらゆることができるわけではありません。できないことも沢山あります」
天にあるその導師は、故にこそ限界を知っている。
少女からすればそれは驚きであり――納得でもある。
なぜなら彼が真に万能ならば、彼女に刻まれた呪いを解いているはずで。
「魔術とは万能ならざる可能性です。できそうなことを試し、できることを広げ、そうしてできることを深めていく。
万能ではない、だからこそ万能たろうと足掻く。言うなれば――
「可能性……」
「あなたにとって、その可能性が幸いに近づく手立てとなりますよう祈っていますよ」
微笑む師に、クロは腕を組んでできる限り不敵を装い言ってのける。
「そうなるように、しっかり教えてよね先生」
「それは……はい、一緒にがんばりましょう」
「うん!」
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