6 赫天の弟子
「あ、そうだ。旦那、ごはん食べてく?」
「…………あなた、料理なんでできないでしょうに」
こいつなに言ってんだ?
唐突かつ不似合な話題転換に、アカは思わずハズヴェントの頭の健康に疑義を呈しそうになるも、表面上の返答はなんとか当たり障りない言葉を吐き出せた。
アカの失礼な内心に気づくこともなく、ハズヴェントは笑って胸を張る。
「いやほら、隣のおばちゃんが芋煮を分けてくれてなぁ、それが多くて」
「……浸透作戦でもしているのですか? どれだけ村に馴染んでいるのです」
理由不明で突然に建設された軍施設にただひとり赴任して来た謎の男――誰からも怪しまれ、不審がられてしかるべきであろうに、どうしてこうも近所の方々からウケがいいのだろうか。
来る度にどこどこの誰誰さんからお裾分けされたと言っている気がする。
「わはは、人徳ってやつぅ?」
「まあ、あなたは危なっかしい子供みたいなものですからね、村の人たちも放っておけないのでしょう」
「旦那の評価がヒデェ!」
正当な評価であろう、という本音は飲んでおき最初の問いに戻る。
「まあ、誘いはありがたいですが、作り置きが屋敷にありますので今日のところはご遠慮させていただきます」
「いや作り置きを弟子にさせるとか旦那も大概、子供じゃねーか」
「ぐっ」
それを言われると耳に痛い。
言い訳がましくなるとわかっていながらもアカはなんとか口を回す。
「あれは、彼女らの厚意であって……私としては、その……食事を抜いても問題はないので作る必要がないというか……」
「えー!? なんだってー? 弟子にメシ作らせておいて食わないんですかー?」
「食べますよ! 食べなくても生きられるとしてもおいしい料理を頂くことに嫌があろうはずもありませんので!」
「ほら弟子にメシ作らせてる横暴師匠だよ!」
「どう転んでも私、貶されてますね」
これは会話を続けるだけ負けな気がする。
アカが口を噤むと、クロのほうが疑問が噴出する。先の会話に、不思議な発言があったぞと。
「えっ、待って先生。そもそも、ごはん食べなくても平気なの?」
「まあ、はい。空気中の魔力を吸って食事の代わりにすることができますね」
「霞を食う仙人かなにかかよ」
「それに近くはあるのでしょうね」
「なんというか……先生は本当に規格外なのね」
なにか比喩でもなく本当に食事が不要らしい。
一体どんな生物構造をしているのだろう。
これが三天導師という逸脱なのか。御伽噺そのままではないか。
「というわけで、私たちはそろそろお暇させていただきます。ハズヴェント、あまり怠けず励むのですよ?」
「去り際に釘を刺すな。あんたはおれの母ちゃんか」
「えっと、さようなら、ハズヴェント?」
「うわ、既に呼び捨てされてる……!」
クロとしてはなんだか敬称をつけるのに抵抗があったのである。
いや、こういう気安さとか距離感の詰め方とかが彼の恐ろしいところであるのでは?
なんとなしそう考えていると、ハズヴェントはすこしだけ言いづらそうに頭を掻く。
「あー、そうだ、お嬢ちゃん……いや、クロって言ったな?」
「うん、なに?」
「ちょっとだけ話していいか?」
「えっと」
言われ、逡巡するようにアカに視線を向ける。
わずか神妙そうにしながらも、アカは頷いて返した。
そしてそのままひとりで部屋を辞して先に行ってしまう。
ふたりで話せ、ということなのか。
小さくない困惑を覚えながら、クロはハズヴェントに向かい合う。
彼も彼で、なんだか困ったような風情であった。
「あー、なんだ、こういう忠告みたいなのは苦手なんだが……」
言葉に迷いながらも、話すべきことは定まっている。
ただどう伝えるべきかで悩んでいる。子供相手に重要な話となるとどうにも常の軽口のようにはいかない。
「知っての通り君の師は、世界で最も優秀な魔術師のひとりだ。あえて強く言えば、バケモノだ」
「……」
不満げな色合いが顔にでたのだろう、ハズヴェントは苦笑する。
「そう怒るなって。でも考えてみな、食事不要、睡眠不要、寿命は不詳……そしてやろうと思えば島を一個消すことができるレベルの魔術を扱えると来たもんだ。客観的に見てアレだろ」
「……それは」
言葉は続かない。
言い返したくて、しかしそれができるだけの理屈を持ち合わせていない自らに失望する。
あんまりの落ち込み具合に、ハズヴェントは慌てて手を振る。
「いや、いや……べつに、な。だから旦那のことを嫌いになれとか、隔意を感じろとか、そういう話じゃねーんだよ」
なんとか言いつくろうように。
「おれだって旦那にはよくしてもらった。恩もあれば友誼もある。バケモノだなんて言いたくないし、言う奴はドつくさ。けど、それとは別に事実として理解しておかないとダメなことでもある」
「……理解しておかなきゃいけないこと?」
「おれたちが旦那を好きでも、そうでもない輩はいるってことだ。
旦那の弟子ってことで面倒ごとは幾らでも湧いて出るし、旦那の身近にいるってだけで命を狙われることもありえる。無思慮な雑言が耳を刺すことなんか茶飯事だと思う。
だから覚悟がいる」
「…………」
クロはなにを思ったか、顔を俯かせて返答しない。
その姿に言いすぎたかとハズヴェントは自省する。相手はまだ幼い少女、もっとやわらかく扱うべきだったか。
「なにも今すぐにってわけじゃない。追々でいい、覚えておきな、三天導師、
「逆よ、ハズヴェント」
「ん?」
言葉とともに俯いた顔を持ち上げて、一切の怯みもなく真っ向ハズヴェントを見据える。
その真摯な眼光は揺るぎなく真っ直ぐで。
「逆。弟子になるんならじゃない。弟子だから、覚悟はもうあるのよ。わたしはアカに名をもらったクロなんだから」
「……なんだよ、だから忠告とか苦手なんだよな。端から無駄話だったってわけか」
なにを今更、既に覚悟は決まっている。
幼くとも――彼女は赫天のアーヴァンウィンクルの弟子なのだから。
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