第10話 執事の強さ

 その時、連中の後ろに執事が現れた。拳闘のように拳を顎の下に構え、鋭い目付きで連中を捉えていた。扉が開いているため、気づかれず後ろを取れたのだ。

 執事と目が合うと、私は瞳を動かし合図した。執事はこくりと頷くと、扉をノックした。

 ニキビ面の男は足を止め、仲間と共にびっくりして後ろを振り返った。


 私は拳を握り一歩踏み出すと、大きく振りかぶりニキビの横面に左フックを入れた。

 無防備に殴られたニキビ面の男は、小さな声を上げ吹き飛び、カウンターテーブルに頭をぶつけた。


 ニキビ面のすぐ後ろにいた男が、驚いてこちらに向き直した。胸の前で拳を掲げようとしたが、私の右がやつの腹をえぐるほうが早かった。男は腹を押さえ体を前に折ると、顎を突き出し私の目の前にまで顔を迫らせた。目を大きく見開き、口もぽっかりと開け、顔を真っ赤にしていた。私はやつの顎を右ですくい上げ、崩れ落ちようとしているところに、左のフックを入れた。

 ニキビ面の男と同様、カウンターテーブルに頭をぶつけ、倒れ込んだ。二人とも起き上がってくることはなかった。


 私はふうと息をついた。


 残るチンピラ二人の心配はいらなかった。既に一人は執事の足元に万歳の格好をして倒れ込み、残る一人は裸絞(チョークスリーパー)をキメられていた。顔も目も赤くさせ、犬のようによだれを垂らしていた。


 次の瞬間には白目を向いて意識を失った。執事が腕の力を緩めると、男は倒れ落ちた。

 執事は息を切らした様子もなく、冷たい目をして連中を見下ろしていた。

 やはり、この執事は手練だった。玄関で全身を見た時、格闘技経験者だと思った。体つきや佇まいでそう思った。だから腕を触り確認した。私の予想は的中した。


 執事はにやりと笑いながら私を見ると、

「びっくりしました。お強いですね」

「あんたにはかなわないさ」と私は言った。「私は奴らの不意をつけたが、あんたは違う。真っ向からねじ伏せた。私ならやられていたよ」

 執事はまたしてもにやりと笑うと、首を振った。「ご謙遜を」


 夫人がこちらに近づいてくると、私と執事とを交互に見ながら、

「怪我は?」と心配そうに言った。

 私は倒れているチンピラを見渡しながら、

「心配をするのなら、こいつらにしてやるべきかも知れません」と言った。「特に首を締められたこの男は」


 夫人が執事に目配せすると、執事は少し頭を下げ、首を閉めた男に片膝をつき起こそうとした。

 他のチンピラ三人は、かすかにうめき声を上げもぞもぞと動いていた。若いだけあって回復力があるようだ。二回戦を始める余力はなさそうだが。


 私は床に落ちているリボルバーを拾い上げると、上衣を少しめくり、ホルスターに差し込んだ。やはりふところにあった方がしっくりときた。

 いつもの癖でついついタバコを取り出そうとし、私はポケットに突っ込んだ手を引き上げた。こんなにもタバコを恋しく思ったのは初めてだった


 数分後、四人とも完全に意識が戻った。横一列に座れと言うと、素直に従った。意識は完全に戻ったが、代わりに戦意は完全になくなっていた。


 私はニキビ面の男から、詳しい話を聞いた。

 どうやら、金を貸したのは間違いないようだった。場所や日時も、どんな内容の会話があったのかも説明された。この状況ですらすら出てくるということは、嘘ではないのだろう。


 私は夫人に訊ねた。「このチンピラたちをどうします、警察を呼びますか」

「いえ、そこまでしなくていいわ。あなた達にあんなにも殴られたんですから」

 それを聞いたチンピラ共はほっとしていた。叩けばほこりが出てくる体なのだろう。貸した金などこの際どうでもよさそうだった。

「では、そこのニキビ面は残り、あとのものは別々の道で家に帰れ」と私は言った。

 ニキビ面の男は困惑していた。助けを求めるようにきょろきょろと仲間を見たが、誰も顔を合わせてはくれなかった。


「俺は……」とニキビ面の男が言った。

「お前は馬車で送ってやろう。もちろん私もついていってね」

 私はにっこりと笑いながら言った。ニキビ面の男も顔をひきつらせながら笑った。


 数分後、辻馬車が家の前に到着した。夫人は玄関先にまで挨拶に来てくれた。私は一言お礼を言うと、ニキビ面の男を連れて庭の石畳を歩き、馬車に向かった。

 先にニキビ面の男を馬車に乗せ、そのあと私も乗り込んだ。車内がぐらりと揺れた。

 扉を閉めようとしていると、夫人が駆け寄ってきた。私はその手を止めた。


 夫人はこちらまで来ると、息を整え言った。「今日はありがとうございました。あなたがいなければ、危なかったです」

 私は言った。「そんなことはありません。あの執事がいれば結果は同じでしたよ、では」

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