第9話 ゆすりの来訪
コーヒーを一口飲むと、組んでいる足をかえ、
「旦那さんは、特定の誰かに脅されていると言ってませんでしたか?」
夫人は首を振った。
「では、事件があった日、あのバーに行くとは話していましたか」と私は訊いた。
「はい、それは言ってました」
「では、誰かと一緒に行くだとか言ってませんでしたか」
夫人はまた首を振った。「いいえ」
「そうですか……」
私は背もたれに体重を預け、ソファに深く座ると、口に手を当て事件のことを考えた。
すると、ずっと向こうの玄関の方から、かすかに女性の悲鳴が聞こえた。それから物音も。
私は夫人と顔を見合わせた。夫人を除きこの家にいる女性は、あのメイドだけだ。なのでメイドが悲鳴を上げたのだろう。
つまずいただけかも知れないが、嫌な予感があった。私は立ち上がりながら、ふところからリボルバーを取り出した。
夫人は体をビクリと動かし、息を呑んだ。私としても、こいつを使いたくはなかった。
二歩進んだところで、部屋の外から乱暴な足音が聞こえてきた。
私はリボルバーを腰の高さで構えると、ハンマーに指をかけた。
乱暴に扉が開いた。客人としては礼儀がなっていなかった。
そこには四人の若い男がいた。先頭にいるリーダーらしきニキビ面の男は、メイドの手を後ろに回し、拘束していた。メイドの表情は痛みで歪んでいた。泣き出さないだけ強かった。
四人の男らは、意気揚々と部屋の中に入ってきた。扉は開けたままだった。やはり礼儀がなっていなかった。
夫人はソファから立ち上がった。「なんです、あなたたちは」
ニキビ面の男はにやにやと笑い、従えている男たちも同じような薄ら笑いを浮かべていた。若者らしく、舐めきった態度だった。
「俺たちは先生のお友達だちだよ」とニキビ面の男が言った。すると私を指さし、「それよりもそこのお兄さん、そんな物騒なものは下ろしてくれねえかね。できればこちらに渡してもらいたいんだが」
「構わないが、その代わりメイドの腕を捻り上げるのはやめてもらおうか。女性が苦しんでいる姿を見るのは好みじゃない。どうだ、銃と交換しようじゃないか」
ニキビ面の男は仲間と顔を見合せると、素直に頷いた。
「実は俺も趣味じゃなくてねえ!」ニキビ面の男は大きな声で言った。そして落ち着いた声で、「お兄さんと同じさ、へへ」
私は頷くと、ゆっくりとリボルバーを床に置いた。
それと同時、ニキビ面の男は捻り上げていた腕を離した。メイドは弱々しく手首をさすった。
リボルバーを連中の方へ蹴ると、ニキビ面の男はメイドの背中を押した。私たちはメイドを手に入れ、拳銃を失った。どちらが大事なのかは明白であった。
連中はリボルバーを拾おうとはしなかった。既に持っているからか、もしくは拳銃を使用する予定がないのかも知らない。
私は素直な疑問を投げかけた。「で、あんたらはなんの用だ?」
「いやあ、先生に貸した金を巻き上げに来たんだよ。賭博場で、手持ちがなくってしまったから貸してくれと言われ、貸してやったんだ。安心しろ、そこまでデカい額じゃねえよ」ニキビ面の男は笑いながらその面をポリポリと掻いた。「だが、やっこさん、約束の日にちを過ぎてやがるのに払いにこねえ。だからこうしてじぎじきに来てやったんだよ。でも、先生はご不在らしいな。そのあいだに男を連れ込んでるんですかい、奥さん? 大丈夫、別に旦那さんに言いやしないよ」
「そいつはありがたいが、お前らは何も知らないのか?」と私は言った。
ニキビ面の男は仲間と顔を見合せ、首をかしげた。「どういう意味だ?」
今度は私と夫人が顔を見合せた。夫人はどうぞと頷いた。私は言った。
「君らが金を貸した先生は、二日前に殺されてしまったよ」
ニキビ面の男は心底びっくりした表情を見せた。演技ではなさそうだった。
「嘘をついてるわけじゃないだろうな」とニキビ面の男はすごみのある声で言った。
「ためにならん嘘はつかんよ」
「くそ……」
ニキビ面の男はため息をつき、頭を振った。仲間たち似たような反応を取った。
「じゃああんたは誰なんだよ。まさかお巡りか……」ニキビ面は緊張した顔でそう言った。
「いいや、そんないいものじゃない」
「じゃあ誰なんだよ」
「ただの探偵だよ」と私は言った。
「はん、なんだ、探偵(ねずみ)かよ。驚かせやがって」
犬にねずみ。どうやら探偵は色んな動物になれるらしい。明日はいったい何になっているだろうか。できることなら人間がいいが。
ニキビ面の男はニヤニヤしながら、
「じゃあまあ、気にせず仕事はできるみたいだな。先生から取れないのなら、奥さんからもらうだけだよ」
「別にお金くらい……」夫人はぽつりと言った。
だが私は夫人に向かって手を挙げた。「本当にこいつらから金を借りたのかは解らない。嘘をつき、稼ごうとしているのかも知れない」
「なんだとお! 銭を払わえねえつもりか!」ニキビ面を真っ赤にして男は怒鳴った。汚い面がますます見るに耐えなくなった。
「証拠になるものはなにもないだろう。借用書かなにかあるのか?」
「そいつァ……」
「やはり。怪しいもんだな、チンピラ。ゆすりにもならないゆすりだぜ?」
「てめえ、ねずみ野郎が。舐めやがって……!」
やつのプライドはいたく傷ついたらしい。拳を握り、こちらに近づいてきた。
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