第2話 銃声、二つ

 スウィングドアのきしむ音がした。一人の男がやってきた。中折帽を被り、鷹の羽が左にちょんとついていた。恰幅は良い方だったが、気に病むことがあるのか頬はこけ、顔色は悪かった。薄暗い店内だからそう見えたわけでもなさそうだった。


「ライをくれ。ライウイスキーを」


 男は店内を見渡すと、その場でバーテンダーに注文した。

 浮浪者ふうの男は顔を上げ、すくっと椅子から立ち上がった。そして目線を下げ、今しがたやってきた男に近づいていった。酔ってる様子はなく、足取りはしっかりとしていた。


 近づいてきた小汚い野郎に、男は怪訝そうにしていた。だが次の瞬間には、あっと声を出し何かに気がついたようだった。

 すると、浮浪者ふうの男はポケットに手を突っ込み、リボルバーを取り出した。それを男の心臓に向けた。銀色の銃身だった。ぴかりと小さく光っていた。

 男は顔をぎょっとさせ身をよじろうとしたが、二つの閃光と二つの銃声がそれを阻んだ。男の心臓あたりはたちまち赤くなった。力が抜けたように顔の筋肉が緩み、その場に膝から崩れ落ちると、頭をかくんと反らせそのまま後ろへ倒れ込んだ。


 浮浪者ふうの男はちらりとこちらを窺った。鋭い目つきをしていた。やはり酔ってる様子はない。

 私のふところにはリボルバーがあったが、刺激を与えるのは利口なやり方ではなかった。

 浮浪者ふうの男は安全を確認すると、外へ走り出した。乱暴に開かれたスウィングドアは、ゆらゆらときしみながら揺れていた。


 全ては絵本のページをめくるかのように一瞬だった。


 思い出したように、寂しい女は口に手を当て悲鳴を上げた。次に金髪の男は飲んだものを吐き出そうとした。バーテンダーはグラスを拭いている手を止めるのも忘れ、あんぐりと口を開けていた。それぞれがそれぞれの反応を取っていた。反応がなかったのは二発の鉛弾を貰った男だけである。


 私はワインを一気に飲み干すと、席を立ち男に近づいていった。かすかに火薬のにおいが漂ってきた。数週間ぶりのにおいだった。外に目を向けてみたが、浮浪者ふうの男の姿はどこにもなかった。


 男にそばに来ると膝まづいた。辛うじて息はまだあったが、「どうして……?」と呟いたあと、彼は息絶えた。目を見開いたまま、口も赤ん坊のように少し開けていた。向かうのは揺りかごではなく、墓場ではあるが。

 一応、脈を測ってみたが、行先はやはり墓場で間違いなかった。この男はどこの誰なのか知るため、ポケットを漁った。身元が分かるものがあるかも知れない。


 だが予想は外れた。ポケットからは、ゴミ屑と財布に入ってないしか出てこなかった。


 寂しい女はいまだに悲鳴を上げていた。金髪の男は、なんとか戻ってきたものを飲み込んだようだった。


 バーテンダーはそばにやってくると言った。「……勝手に漁ってもいいんですか?」

「さなあ」と私は言った。「それよりも、警察を呼んできてくれないか」


 バーテンダーはハッとし、外へ飛び出した。浮浪者ふうの男より、彼の方が酔ってるように何度も足を絡めていた。


 私は横に顔を向け言った。「お嬢さん、それ以上は喉を壊すぜ」

 寂しい女は思い出したように口を閉じた。目には涙を溜めていた。


 私は男の左腕を持ち上げ、薬指から指輪を抜き取った。指に力が入っていないため意外と時間がかかったが、死体が腐るまではかからなかった。

 ダイヤの指輪だった。小粒ではあるが庶民には贅沢なでかさである。輪っか部分は錆びてしまっていた。大事にされていないのかも知れないが、男というのはそういうものである。輪っかの中にイニシャルでも掘ってないかと思ったが、そう都合良くはなかった。私は指輪をこの男に返した。


 現段階で誰なのかは解らないが、わかっていることはあった。細君がいてそこそこ銭を持っていて、性別は男だということだ。


 それと私は、この男をどこかで見たことがある。

 ような気がした。

 どこで合ったのか考えてみたが、酔いのまわった頭では目をまわすだけだった。


 あらためて男に目を向けた。瞳の輝きは失われていたが、指にあるダイヤだけはその美しさを忘れず光っていた。命がない故の美しさだった。それを世の女性は求めているのだろうか。


 私は席に戻るとワインを注いだ。あとは警察を待つばかりだった。


 ワインを飲んでいると、金髪の男は口を開いた。「あんた、この状況でよく飲めるな」

「こんな状況だから飲むんだ。あんたも飲んだ方がいいんじゃないか。そうすれば、今晩は悪夢を見なくて済む」

 私はワインを口にした。金髪の男はひきつりながら笑っていた。そうして男も酒を飲んだ。

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