第5話 湯煙オカマ温泉宿

 俺とナーシャは何やら騒がしい温泉宿、「地獄温泉」へと入っていく。

「お客様困ります!」

 従業員と思われる人の叫び声が建物内に響いている。

 その発生源を囲むようにして他の客や従業員が周りを囲んでいる。そのせいで入り口から入った俺とナーシャからは何が起きているのかは把握できなかった。

「なんなんじゃ? みっともなく騒ぎおって」

 ナーシャは怒っているわけではなく、ただ目の前の問題を解決するために騒ぎの中心へと歩みを進める。

「お客様! これで注意したのは三度目じゃないですか! 前回あれほど注意したではありませんか!」

「魅力的な子がいーっぱい、いたのだから仕方ないじゃないのぉ」

 トラブルの原因となっているらしい客と従業員の言い争いが聞こえてくる。

 人だかりのせいで前に進めそうにないが、ナーシャは構わず進んでいく。

「雑踏ども! 道を開けんか!!」

 その小さな体のどこから出たのかわからない叫び声をあげた。

 すると、周りを囲んでいた人だかりはナーシャを確認するとすかさず道を開けた。

 オーナだナーシャさんだ、などと声が聞こえてきた。

 やはりオーナーとしての威厳はあるらしいが、客に対して雑踏呼ばわりはいかがなものか。

「何をしているんじゃ」

 トラブルの中心までの道が開けたナーシャはトラブルの中心にいる人たちに問いただした。

「あ! 良いところにオーナー。 ダイアナさんがまたやったんですよ」

 ダイアナ!?

 今、不吉な単語が聞こえた気がしたんだが・・・

「んもぉう。 私はかわい子ちゃんにちょっと声かけただけじゃない」

 とても見覚えのあるオカマが体をくねらせながら言い訳をしている。

 俺は一番のトラウマの原因であるオカマから隠れるように、すかさず人だかりに紛れ遠くから見守る。

 ひとまず、あのオカマからは見つかってはいないようだ。

「声をかけただけって!? あちらのお客様たちはと言っていましたが?」

 もまれた?

 従業員の男が手で指し示した方には、あのオカマの被害者と思われる男の二人組が怯えた様子で立っていた。

 見た目は俺と同じぐらいの二十代前後で、美少年と行った感じだ。

 友人同士で温泉に来ていたところを襲われたのだろう。

「そんなのぉ、挨拶じゃない」

 従業員とダイアナの両方が引く気のない終わらない言い争いを続ける。

 そんな二人を見ながらナーシャは顔をしかめている。

「ダイアナ、お主の挨拶は他人とはずれてるのじゃ。 温泉に入ってたらいきなりオカマが後ろから揉んできたら誰でも驚くじゃろ」 

 ナーシャに雑踏呼ばわりされていた周りを囲む人たちも、ナーシャの言葉にそうだそうだと頷いている。

 ナーシャが当たり前のことを行って注意するが、ダイアナに反省する様子は見られない。

「そうなのかしらぁ、私は嬉しいけどぉ」

 何を想像しているのかは知りたくもないが、嬉しそうに悶え始めた。

 そこそこある身長で体つきは筋肉質な男性の体。その体で、クネクネと体を悶えさせるのはある種の恐怖を感じる。

「それにぃ減るもんじゃないしぃ」

 電車で痴漢するおっさんみたいなこと言い始めたぞ。

 どうやら、あのオカマには人間の常識も吸血鬼の常識も通用しないらしい。

「三度目の注意なのじゃから少しは反省せんか! 出禁になりたいのか、お主」

 話の通じないダイアナにナーシャも少しご機嫌ななめ。

「ここのお湯はお肌にいいから、それはいやよぉ」

「じゃあこれで最後じゃぞ、次やったら出禁じゃぞ」

「はぁい」

 なんとか話が落ち着きそうと油断したのがいけなかったのか、俺はあのオカマと目があった気がした。

 そう思った時にはすでに手遅れだったが。

「あぁらぁ、テンテンちゃんじゃないのぉ」

 先ほどまで俺の目の前でナーシャと話していたはずのダイアナの声が後ろから聞こえる。

 全身を舐め回すようなまとわりつく声が俺の耳元で聞こえる。

 いや、実際には物理的にもまとわりつかれていたわけだが。

「もしかして、私に会いにぃ?」

 体のいろいろなところを触りながらそんなことを言ってくる。

 目で追うことのできないスピードで後ろに回られたのは、吸血鬼の力なのか?

 そんなことを考えたところで、色々と手遅れだが。

「そ、そんなわけないじゃないっすか」

 俺は顔を引きつらせながらなんとか離れようとするが、なかなか離してはくれない。

「遠慮しなくていいのよぉ」

 全く遠慮などはしていないが、聞く耳を持たない。

 俺はゆっくりとゆっくりとダイアナに包み込まれていく。

 最悪だ・・・

「やめんか!」

 それを見ていたナーシャが止めに入ってくれた。

「そやつは、わしの物じゃ!」

 まぁナーシャの家で雇われているし、間違ったことは行ってないのだが、語弊が生まれそうな言い方はやめて欲しい。

 見た目が幼女の奴にそんなことを言われると、俺が犯罪者になりかねない。

「あらぁナーシャちゃんも隅に置けないわねぇ、こう言う子がタイプなのねぇ」

 ダイアナは嫌味のない笑顔でナーシャを見るが、俺を離す気はないらしい。

「ち、違うわ!! そう言うことじゃないわ!!」

 顔を真っ赤に染めながら、必死に言い訳を始めた。

 可愛らしいところもあるじゃないかと思ったが、残念ながら俺は幼女を愛する趣味は持ち合わせていないし、実年齢が・・・ババア・・・。

「あら、テンテンちゃん意外にSなのかしらぁ」

 ナーシャに心を読まれて咎められるのはわかるが、後ろのオカマから声をかけられるのは想定外だった。

「ダイアナさんも心を読めるのでしょうか?」

 身体中を触られ続ける俺は、震える声で質問してみる。

 ダイアナの意識をずらそうと考えたのだが、そちらはあまり期待できなかったが。

「そうねぇ一定の吸血鬼ならできることよぉ、生まれ持った才能だったり、歳を重ねたり・・・。 あ! 私は若いわよ!!」

 聞いてもいないことまで教えてくるオカマに不快感を覚えながらも、目の前のナーシャのことを思い出した。

 そういえば、ババアは禁句にされたような・・・。

 俺は自分の身に迫る死の危険を感じながら、恐る恐るナーシャの方を向いた。

 しかし、さっきほどのダイアナに言われたことを気にしているのか、こちらのことは見えておらず自分の世界に浸っている。

「心を読める力は、本人が焦っていたりするとうまく使えないから大丈夫よぉ」

 ダイアナは俺の心を読んんでいるだけなのだろうが、それが俺の全てを把握されているようで気持ちが悪い。

「それにしても、Sのテンテンちゃんもいいわねぇ。 私の部屋でゆっくり私のことをいじめてくれてもいいのよぉ」

 そう言いながらも、俺を話すことはなく身体中の際どいところに手を這わせてくる。

 どちらかといえば俺が責められてる方なんだが?

 そんな考えたくもないことを考えさせられながら、俺の体は汚されていくのであった。


 


 あれから少しして、俺とナーシャはダイアナを含めた三人で豪華会席料理を食べていた。

 迷惑をかけたお詫びだなんだのと、言いくるめられ地獄温泉の最上階にあるダイアナの部屋へと招かれたのだった。

 絶対に反省してないだろ!とか、こんな良い部屋に泊まれるなんて何者!?など突っ込んだり質問したいことは山ほどあったが、そんな勇気は俺にはなかった。

 俺は流されるがまま、目の前の豪華な料理に舌鼓を打つのだった。

「うぅん!! やっぱりここの料理は美味しいわぁ! お肌が喜んでるぅ!」

「ほんとじゃ! ええのう、この体の中からきれいになっていく感じじゃ!!」

 吸血鬼二人がセレブマダムみたいなことを言い始めた。

 実際二人ともかなりのセレブだとは思うが。

 そんな二人を見て俺はふとあることが気になった。

 ダイアナだけではなくナーシャも含めた質問。つまり、吸血鬼に関する質問だったため今回は聞くことができた。

「吸血鬼って血以外のものも食べるんだな」

 俺が質問すると、二人のはしがピタリと止まった。

 何かまずいことを聞いてしまったのかもしれないと、一瞬の後悔があったがそれも無駄に終わる。

「まぁ食べるが特に栄養は期待できん」

 ナーシャがどこか悲しそうな雰囲気を漂わせている。

「どう言うことだ?」

「わしら吸血鬼は人間と違ってこういった食べ物から栄養をうまく摂取できない体なのじゃよ」

 いつもの元気で明るい調子はなく、声のトーンも落ちている。

「私たちはねぇ血さえ飲んでいれば死ぬことはないわぁ。でもね、テンテンちゃん。 私たちだって乙女に生まれたからには多彩な料理を食べて楽しみたいのよ!」

 ガッツリ男湯入ってましたし、その振る舞いは乙女ではないでしょなどと無粋なことは思っても言わない。というか言えない。

「そうじゃ、わしらだって多彩な料理を食べて楽しみたいのじゃ!」

 ダイアナの謎テンションにあてられ悲しそうにしていたナーシャも元気になる。

「栄養がないからなんじゃ! わしらだっていろんな料理を楽しみたいのじゃ!!」

「そうよぉ! 楽しみましょぉ!!」

 ナーシャとダイアナはお互いを見つめ合い、讃え合うようにして腕を組んでいる。

 後から聞いた話だが、吸血鬼の中では人間と同じ食事をしようと考える人はかなり少ないらしい。普通なら無駄と切り捨ててしまうようなことに価値観を見つけ出し、楽しむのはごく少数。

 その点、この二人は共通点があり気が合うのだろうかとても仲が良く見える。

 俺としては、そこのオカマとはあまり関わりたくはないのだが・・・。

「そうだ、ナーシャちゃん。 ちょっと相談があるんだけど良いかしらぁ?」

 俺は思わず身震いした。

 なぜこのタイミングなのかは俺にもわからなかったが、何か嫌な予感がしたのだ。危険予知なのだろうか。

「かまわんぞ、なんでも話すがよい」

 顔を赤くしたナーシャが上機嫌で答えた。

 あいつ酒か何かを飲んでやがる。その見た目で飲酒はいいのか。

「それがねぇ私の家の使用人がね、明日から育休で二週間ほど休むのよ。 それで、誰も家のお手伝いしてくれる人がいなくて困ってるのよぉ」

 一瞬ダイアナがこっちを見た気がした。

 口元にはうっすらと笑みを浮かべながら。

 話の流れが予想できすぎて、鳥肌が止まらない。

「誰かいい子いないかしらぁ?」

 俺にはナーシャの家の手伝いという立派な仕事があるわけで、その仕事をサボってまでいくわけには・・・

「それなら、テンテンを連れていくがいいぞ。 いくらでもこき使って良いぞ」

 わっはっはと絵に描いたような大名で、ふんぞり帰りながら言う。

 小さな体で日本酒の瓶を大切そうに抱えながら。

「ほんとぉ? それは、助かるわぁ」

 獣のような目で俺を見つめると、満面の笑みを浮かべてくる。

 あ、死んだ・・・

 おそらく、ナーシャに酒を飲ませ今の一言を言わせるためだけに俺たちをこの食事に誘ったのだ。

 酒のせいでナーシャの記憶は明日には無くなっていそうだが。

「それじゃぁ明日からよろしくねぇテンテンちゃん」

 ゆっくりと立ち上がり、俺の方へ歩いてくる。

 とても幸せそうな顔で舌舐めずりをしている。

「あ、はい」

 下心をまるで隠す気のないオカマの熱い視線を浴びながら、俺は恐怖で固まっていた。

 ナーシャの方を見ると、もうベロンベロンに酔っていておそらく一人では歩けないほどに飲んでいる。酒瓶を大切そうに抱きしめながら眠る金髪ロリ吸血鬼に殺意が沸き始めた。

 もし、俺が生きて帰ることがあったならばあいつをどうこらしめようか。

 確か吸血鬼が苦手なものは、日光とニンニクと十字架とかだったか?

 よし! 日が高い時間帯にオープンテラスで、十字架に逆さに貼り付けて俺の特性にんにく増し増しペペロンチーノとにんにく増し増し餃子を鼻から食わせてやろう。もちろんブレスケアなんて慈悲も渡すつもりはない。

「ふふ、ふふふふ」

 恐怖と怒りで俺はおかしくなってしまったのか、笑いがこみ上げてくる。

 それを聞いてか、幸せそうに寝ているナーシャの体がビクンと跳ねた。

 ダイアナ以外誰も幸せになることがない地獄の食事会はここで幕を閉じた。




 

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