第4話 ヴァンパイアランドへようこそ

 ナーシャの家で家政婦のような仕事を始めて一週間。

 仕事にも少しずつ慣れてきていた頃、俺は再びあのオークション会場まできていた。

「服の後ろを掴むのをやめんか! 歩きにくいのじゃ!」

 ナーシャの後ろに隠れ、服を引っ張る俺の手を邪魔そうに叩いてくる。

「何がそんなに怖いのじゃ、オークション以外で血はとられぬから安心せい」

 ずっと怯えている俺にそんな言葉を投げかけるが、一度植え付けたれたトラウマはなかなか消えないものだ。

「またあのオカマ吸血鬼に目を付けられたらどうすんだ! 今度こそ本当に食われるかもしれないだろ」

「誰もそんなことはせん、吸血鬼の世界も無法地帯ではないのじゃ」

 そうは言われても怖いものは怖い。

 ただの人間が持っている吸血鬼のイメージ、俺の血を目の前でうまそうに飲んでいたオカマを見たらトラウマになる。

 そして、次も助かるなんて保証は絶対にない。

 いつまでもウジウジしている俺を見て、呆れたようにナーシャは提案する。

「もっと吸血鬼の暮らしを知れば怖くなくなるじゃろ、お主がイメージしてるよりも人間と同じような生活をしておるし、人間に襲い掛かったりはせん」

 それでも動かない俺を見て諦めたのか腕を掴まれ引っ張られる。

「ちょちょ痛いんですけど!?」

「だったらシャキッと歩かんか」

 無理やり連れて行こうとすればできるのに、さっきまで止まってくれていたのはナーシャなりの優しさだったのかもしれない。

 だけど・・・

「いで!いででで!! まじで腕もげそうなんで離してもらえる!?」

 吸血鬼からしたら力を入れてないつもりかも知れないけれど、もう少し人間への手加減を覚えて欲しい。



「ヴァンパイアランドへようこそ! ヴァンパイアランドツアーへのご参加ありがとうございます!」

 テーマパークのスタッフみたいな格好をした若い女の子が、テーマパークみたいなことを言っている。

「何これ?」

「ヴァンパイアランドツアーじゃ」

「そう言うことじゃなくて」

 俺とナーシャはテーマパークのアトラクションみたいな乗り物に乗り、目の前でツアーガイドを始める女の子を眺めていた。

「ヴァンパイアランドって何!?」

「ここのことじゃ」

 ナーシャは自慢げにしている。

 すると、前にいた女の子が話しかけてきた。

「あれ? オーナーじゃないですか、どうしてここに?」

 ツアーガイドの子が驚いた様子でこちらを見てくる。

 俺たちが乗っている乗り物には現在、目の前の女の子を合わせて3人しか乗っていないわけで・・・。

「オーナーってもしや・・・」

 ゆっくりとナーシャの方を見るとやはり自慢げに胸を張っている。

「わしのことじゃぞ」

「えっぇえぇ!!?? お前って結構偉い人だったのか」

「なんじゃその偉い人って、頭悪そうな表現じゃの」

 俺の驚いた様子にナーシャは無い胸をさらにはり、満足げに鼻息を吐いた。

「じゃあ、お前がここを全部作ったのか?」

「そうなるの」

「このディ●ニーランドをパクったみたいな名前もお前が?」

「おい! パクったとは心外な、リスペクトじゃリスペクト!」

 少し恥ずかしそうにしながら怒ってくる。

 吸血鬼だから財宝みたいなのを持っていて豪邸に住んでいるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。ちゃんと働いて金を得ているのか。

「今はそんなことはいいのじゃ、まずはツアーでいろいろ見て回るぞ。お主もわしのことは気にせずに続けてくれ」

 ツアーガイドの女の子にも気を使わせないようにそう言うと、椅子に座り直した。

「はーい! それではヴァンパイアランドツアー、スタート!!」

 ガイドの女の子の元気のいい掛け声とともにゆっくりと乗り物が動き出す。

 陽気な音楽が爆音で流れ始め周りを歩いている人たちの視線を集める。

「これ、クソ恥ずかしいんだけど」

「気にしたら負けじゃ」

 ツアー客が周りをよく見えるようにの配慮なのかはわからないが、オープンカーのように乗り物の上が空いていて、周りの人と何回も目が合う。

 そんな配慮をする前に、このダサすぎる爆音の音楽を止めて欲しい。

 どのぐらいの時間のツアーなのかは知らないが、これではただの公開処刑だ。

「まず正面に見えてくるのは、ヴァンパイアランドのメインとなりますオークション会場になります。ここでは普段は飲めない人間の生の血を飲むことができます。ただし、オークションで勝ち取った人だけですが」

 最初に紹介されたのは、俺の被害現場のオークション会場。

 正直ここにはもうきたくない。

「ん? 普段は飲めないって吸血鬼は人間の血が主食じゃないのか?」

「昔はそうじゃったのだが、人間が人工血液を開発してからはそっちが主食じゃ。 わしらは安定して食料を得られるし人間は吸血鬼に襲われることはなくなった。ウィンウィンってやつじゃな」

 両手でピースを作り蟹みたいに動かしている。これが彼女なりのウィンウィンのポーズらしい。

 吸血鬼は当然のように人間から血を吸って生きてると思っていた。

 俺らが持っている吸血鬼のイメージは昔の名残みたいなものか。

「確かにこうやって周りを見ると思ってたのとはだいぶ違うな」

「始めて吸血鬼を知る人間はだいたい同じことを言うの」

「俺はもっとこうタキシードでビシッと決めた男の吸血鬼といかにもな感じのドレスを着た女の吸血鬼がいるもんだと思ってた」

「お主ら日本人が普段着物を着て生活しなくなったのと一緒じゃ、吸血鬼だってあんなものは面倒で着ておれん」

「そんなもんかぁ」

 ナーシャに言われたことに確かにと納得しながらも、少し残念と思っていると、目線の先にいかにもなドレスを着た女性が歩いていた。

「おいナーシャあれみろよ、いるじゃねぇか。いかにもなドレスきた吸血鬼」

 テンションの上がる俺が指差す方向を煩わしそうな表情を浮かべながら見る。

「あーあれは人間じゃぞ」

「え?」

「あれは吸血鬼ではない人間じゃ」

 よくわからんと言った顔をしていたら、ガイドの女の子が補足をしてくれた。

「あちらは、吸血鬼衣装体験となっております。吸血鬼の華やかな衣装を着て写真などを撮れると人間の方に大変好評をいただいております」

 ニコニコと笑顔で紹介してくれたが複雑だ。

「それより、吸血鬼じゃなくて人間も結構働いてるんだな」

 あたりを見回すと、かなり大勢の人がいる。

 俺は見ただけでは吸血鬼なのか人間なのかは判別できないが、人間も多いのだろう。

「働いているものも遊びに来ているものも合わせると三割か四割ぐらいは人間じゃの。 ガイドの女子おなごも人間じゃぞ」

「はい! 人間です!」

 明るい笑顔での人間宣言。

 どこで見分けるのかさっぱりだ。

「続きまして、ここからが吸血鬼温泉街になります!」

 ガイドの紹介で気がついたが先ほどまでのオークション会場前とは雰囲気がまるで違う。浴衣を着た人たちが店前を歩き、独特な硫黄の香りが漂っている。

「地下なのに温泉まであるのかここは」

 日光が苦手な吸血鬼のために地下にあるこの施設だが、湯気がのぼる温泉宿がいくつも並んでいる。

「吸血鬼にとってのリゾート地を目的として作られておるからの、ここの温泉は大人気じゃぞ」

「吸血鬼も温泉好きなんだな」

 人間とあまり変わらないとは言っていたが吸血鬼のイメージ崩れまくりだ。

「右手に見えてきましたあちらの『地獄温泉』には吸血鬼の方に大人気の血の池温泉がございます。温泉なので飲むことはできませんが、全身で血を感じられると好評です。お風呂上がりの瓶入りの血を飲み干すのも定番となっております。」

 そこは、牛乳じゃないのか。

 そんなことを考えていると、今紹介された地獄温泉の方が騒がしくなってきた。

「なんじゃ? 騒がしいの」

「何かあったのかな」

 地獄温泉の前にはどんどん人だかりができている。

「行ってみるかの、すまんがここで降りるぞ」

 ガイドの子に向かってそう言うとナーシャは俺を持ち上げ、乗り物から飛び降りた。

「おわぁぁ!!」

 なんの合図もなしに体が中に浮き俺は悲鳴を上げる。

「お、おま! 合図ぐらいしろ!」

 俺の抗議などお構いなしにナーシャは宿の方へと歩いて行ってしまう。

「ツアーへのご参加ありがとうございました! またのご参加お待ちしております!」

 ガイドさんの可愛らしい笑顔に見送られ、俺は温泉宿『地獄温泉』へと向かった。




 

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