第3話 吸血鬼との生活
ピンポーン
「こんにちは、白猫ヤマモトでーす」
俺はとある豪邸の前に来ていた。
インターホンを鳴らし宅配業者のふりをする。
「はいはーい、今行きまーす。頼んでたアロマかな」
楽しげな声がドアの向こうから聞こえてくる。
勢いよく玄関のドアが開くと中の住人が出てきた。
「はーい、お疲れ様で・・・」
俺と目があった金髪ロリ吸血鬼は何事もなかったかのようにドアを閉めようとする。
俺はドアの隙間に足を入れ、ドアが閉まらないようにした。
「あ、どうもー。ナーシャさんのお宅でしょうかー? あなたに連れられ危うく死ぬところだったテンテンさんをお届けにまいりましたー」
「多分隣の家じゃ! 人違いなのじゃ!」
ナーシャは全力で扉を閉めようとするが、俺の怒りの力の前では吸血鬼の筋力も赤子同然。
なんとか均衡を保っていた扉も徐々に開いていく。
「あーれぇ? ほんとに人違いでしょうかぁ? この顔に見覚えはありませんかぁ?」
ゆっくりと開いていく扉の隙間から覗き込むようにしてナーシャを見下ろす。
「知らんのじゃ人違いと言っておる、そんな死人のような顔見覚えないのじゃ」
ナーシャの一言に俺はカチンと来てしまった。
「こんな顔になったのは誰のせいだったかなぁ? 死人のような顔じゃなくて死人になるかと思ったんですがぁ」
俺の掴んでいる部分がミシミシと音を立て始めた。
「お主ほんとに人間か? まさか人間を辞めたのか!?」
「ふふふ、お前に復讐するためなら、俺は人間をやめるぞナーシャぁぁぁ!!」
俺が叫ぶのと同時にドアは完全に開きナーシャは盾を失った。
玄関先で尻餅をついて怯えている少女にじりじりと詰め寄る姿は、通報されてもおかしくないが、こいつは吸血鬼で俺を殺しかけた女だ。何も問題はない。
「どうせ売れずに終わると思ったんじゃ、お主が恥をかいて終わるだけと思ってたのじゃ、それがまさかダイアナが買うとは思ってもいなかったわけでの」
少しずつ近づいていく俺から逃げるように尻餅をついたまま後退りしていく。
「ちょ! 待つのじゃお主、目がガチじゃ。 乱暴はよすのじゃ、わしはまだ死にたくない」
涙目になりながら必死に俺を説得しようとするが、俺の心には響かない。
あの地獄を体験させられれば人の心など失われてしまう。
あれ、おかしいな。思い出しただけで涙が。
「うっっ・・・ひっぐ・・・・・・うっ!」
金髪幼女に詰め寄るのをやめ、その場で立ち止まり号泣する。
「お主何があったんじゃ、完全に精神が逝っておるの・・・」
数秒前まで怯えていたナーシャが俺に哀れみの目を向ける。
「こ、怖かったよぉー」
ナーシャが言った通り俺の精神は不安定なのかもしれない。
辛かった出来事を誰かに聞いて欲しかった。
ナーシャに対する怒りを忘れ、あの後あった出来事を話した。
ダイアナの膝の上で血を抜かれた話。
血を抜かれている数分間、身体中を
帰り際に俺のファーストキスが奪われた話。
まだまだある多くのダイアナとの悪夢を語った。
「そうかそうか、辛かったの。お主はよくがんばったのじゃ」
ナーシャのせいでああなった事も忘れ俺は幼女の膝のうえで泣きじゃくった。
たくさん弱音を吐いて、それを全て肯定してくれる幼女。
必要以上に顔を太ももに擦り付けても優しく頭を撫でてくれる。
こういったのも案外悪くない。
「お主、今なんと?」
やべ! 心読まれるの忘れてた。
「忘れてたではない、馬鹿者目が」
「うわーーーーーん」
もう少し膝の上を堪能していたいのでもう一度泣きつく作戦。
「嘘泣きの下手さにも限度があるじゃろ!」
「うえーーーーーん」
「離れんか! ちょ、どさくさに紛れて尻を揉むな!!」
すでに怒りなど無くなっていた俺はナーシャの怪力で簡単に剥がされ、豪邸の長い廊下の宙を舞った。
「それにしてもお前、豪邸に住んでるんだな」
「わしのお気に入りじゃ」
俺とナーシャはリビングでお茶をすすっていた。
出されたのが紅茶だったのですすっていたは違うかもしれない。
しかし、猫舌の俺は優雅に紅茶を飲むなんてできなかった。
「ふーふー、あっちぃ!」
紅茶に口をつけようとして火傷しかけた。
「そういえばお主、これからどうするんじゃ?」
「どうって?」
紅茶を覚ますためにかちゃかちゃと音を立てながらスプーンでかき混ぜる。
「住む場所もないんじゃろ? 血も全然値段がつかなかったわけだしな」
ナーシャが紅茶を口に含み香りを楽しむ姿はなかなか様になっている。
俺もそれを真似しながら背筋を伸ばしもう一度紅茶を飲む。
「あつ!!」
まだまだ冷めておらず、驚いた表紙にカーペットにお茶を少しこぼした。
「わしのお気にのカーペットがぁ」
それを見たナーシャが悲しそうな表情を浮かべる。
「ごめん」
「ごめんで済んだら警察はいらんのじゃ!」
「なんかそれ久々に聞いたな」
頬を膨らませておこるナーシャは見た目相応の少女のようで愛らしかった。
ナーシャは小さくため息をつくと再び俺に聞いてきた。
「それでどうやって生活していくつもりじゃ?」
「まだ何も決めてないけど、バイトでも探してしのぐしかないかな」
短い間だったがドタバタしてたせいで、生活のことなんて完全に忘れていた。
思い出したらまた色々な不安で絶望に・・・
暗い考えで落ち込んでいく俺を見ていたナーシャが、うっすらと笑みを浮かべて言う。
「お主、うちで働かんか?」
「は? 働くって何するんだ?」
うちで働くって会社でも経営してんのか?
見た目は完全に女子中学生ぐらいなのにやっぱり吸血鬼のばばあ・・・
「おい!」
ナーシャが吸血鬼らしい冷徹な目つきで俺を睨む。
「じょ、冗談だって」
「わしが一番気にしてることじゃ、今後は禁句としそれを言った瞬間お前の血を抜き取ってやるからな」
「す、す、すいませんでしたぁ!」
座っていたソファーから跳ねるように横の床に正座し、すかさず土下座。
死因が血を抜き取られてとか嫌すぎる。
「でも、お前働いてるように見えないし仕事って何するんだ?」
「当たり前じゃわしは金は持っておるからの、隠居じゃ」
その見た目から隠居のワードは聞きたくなかったな。
「お主はこの家の家事をやってくれればいい」
「家事?」
「そうじゃ、掃除、洗濯、買い出しとか家の雑務をやってくれればよい」
「それだけ?」
「なんじゃ不満か?」
仕事のない俺にはすごくありがたい。
どのくらいの給料が出るかはわからないけど、これで食いつなぐことができそうだ。
「それと部屋もひとつ貸してやろう」
「まじすか!」
「たくさん余っておるからの」
仕事に住む場所まで手に入ればひとまず死にはしないだろう。
「ありがとうございます、ナーシャ様」
「うむ、苦しゅうない」
今度は土下座ではなく膝をついたままナーシャに平伏した。
ナーシャも満足げに鼻を高くしている。
「でもさ」
「なんじゃ?」
「家政婦とかだったらプロに頼めばよくない?」
家事をまともにできるかわからない俺に頼むより、その道のプロにお願いしたほうがいいはずだが。
「それがの、何度か吸血鬼のための家政婦サービスを頼んだんじゃがその度に断られての。 忙しいやら人が足りないやらでなかなか頼めないのじゃ」
不思議そうに語っているが、俺はあることに気がついてしまった。
オークションの時会場にいた他の吸血鬼のナーシャに対する反応。
どこかナーシャを嫌がっていたような・・・
「なんじゃ何か言いたそうな顔をしておるが」
「別に何もないぞ」
心を読まれたかと思って一瞬焦ったが、常にわかるわけではないようだ。
「そうか」
そう言うと空になったティーカップに紅茶を注ぎ足した。
「それで、働いてくれるかの?」
「もちろん」
俺は満面の笑みでそう答えた。
「それじゃあ早速ここに書いてあるものを買ってきてくれ」
ナーシャが俺に渡した紙には上から下まで買い物リストがびっしりと埋まっていた。
「頼んだぞ」
ソファーに深く腰をかけ直し、ゆったりとティータイムを楽しみ始めた。
年下の幼女にこき使われているような感じがして少し腹が立ったが、これが新しい仕事だと割り切ることにした。
「それでは行ってまいります!」
「気をつけてのぉ」
適当に手を振るナーシャに見送られ、早速買い出しに出かけた。
こうして俺と金髪幼女吸血鬼との新しい生活が始まるのだった。
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