第12話 可愛らしい師匠ですね

 コンコン!


「失礼いたします。ニコラ様」

「失礼いたします」

「ああ、どうぞ」


 部屋の中から声が聞こえる。

 中に入ると黒髪の少年が椅子に座っていた。

 呼んでいた本をおいてレイナ達の方を見る。

 

「メイド長か」

「はい。本日よりニコラ様にお仕えすることになる者をお連れいたしました」


 メイド長の紹介にレイナは続く。


「レイナと申します。よろしくお願いいたします」


 少年とは言え相手は王族の人間。

 レイナは丁寧に挨拶をする。


「ふん、要らないと言ったのだけどな。まあ兄上の願いだから仕方がない」


 あまり歓迎されていない感じにレイナは戸惑う。

 しかもニコラの大人びた物言い。

 王族って凄い教育を受けているのだろう。

 前世の同い年の子供とは全然違うとレイナは感心する。


「なるほどな」


 ニコラはレイナを値踏みする様に見つめる。

 少年とは言え、人からこんな風に見られたら、いい気分はしない。

 レイナは居心地の悪さを感じる。


「さっそく外に行くぞ!」

「えっ? どちらにいらっしゃるのでしょう?」

「ん? 兄上から何も聞いてないのか?」


 レイナは戸惑いながら頷く。


「はい、特に聞いてはおりません」

「そうなのか。兄上らしいな。お前を鍛えてくれと言われたぞ」

「ニ、ニコラ様が私を鍛えてくれるのですか?」


 訓練をしてくれるとは聞いていたが、まだ自分より背の小さい少年が鍛えてくれる事にレイナは驚きを隠せない。

 そんなレイナの感情を読み取り、メイド長が誇らしげに言う。


「レイナ、ニコラ様は魔法の天才と言われているのですよ。ですからイーサン様は貴女を任せたのでしょうね」


(えっ、ニコラ様が! 全然そんな風には見えないんですけれど)


 世話係というのは建前って事なのだろう。

 いや、そこもしっかりやらないといけないのだろうけれど、レイナは半信半疑でニコラを見る。


「そ、そうなのですね……」

「そういうことだ。行くぞ!」

「は、はい」


(見た目はお子様……いえ、可愛らしい少年なのに)


 凄い人物らしいが、とてもしっかりしていると言うのがニコラの第一印象。


「じゃあ魔法を見せてもらおうか。やってみろ」


(なるほど、魔法の練習ってことで庭に来たんだね)


 家の中でやったら危ないからとレイナは納得する。

 しかしレイナは攻撃魔法は持っていないから家でも可能だったのだが、まあ広い方が何かといいだろうと考え直す。


「はい。でも私【鑑定】と【ヒール】しか使えないのですけれど……」

「じゃあ、【ヒール】を使ってみてくれ」

「分かりました」


 レイナは両手を突き出し唱える。


「【ヒール】!!」


 両手から柔らかい光が広がった。

 それを見たニコラは言う。


「なるほどな。……お前、弱いだろ」

「うぐっ!」


 一回見ただけでニコラはレイナの魔法が初心者レベルであると見抜く。

 レイナとしても自覚があるので、そんなにはっきりと言わなくてもと思ってしまう。

 

 リーネの記憶を探っても魔法に関しては両親に教育されたことはないし修練もしたことがない。

 政略結婚の為のマナーとかの教育しかされなかった。

 魔法は、たまにこっそりと兄のレオンが教えてくれたぐらいだ。

 それでもリーナは【ヒール】を覚えられた。

 レイナとしては凄いのではと思うのだが、ニコラから見たら大したことがないのだろう。


「魔力循環が下手すぎる。【ヒール】の威力も大したことないだろ?」

「ええ、傷が少し治せるぐらいでした……」


 極めれば部位欠損も修復出来るとレオンからリーネは聞いていた。

 全く及ばないリーネの【ヒール】は初心者レベルなのだろうとレイナは思う。 


「でも【インベントリ】は結構な量が入りますよ」


 ちょっと悔しいのでレイナはアピールをしてみる。


「ふん、【インベントリ】は魔力があればいいだけだからな。能力があれば子供でも出来る」


(あーん、藪蛇でした!?)


 年下に子供扱いされてしまった事にレイナはショックを隠せない。


「じゃあ、攻撃魔法を覚えても意味が無いって事なのでしょうか?」

「今のままならな。バカみたいに魔力があるのに、宝の持ち腐れだ。それでは威力が出る訳がない。覚えても無駄だ」


 ニコラは随分とはっきりと物を言う人だなとレイナは感心する。


「私の魔力はやっぱり多いのですか?」

「ああ、全く引き出せていないが量だけは、かなりあるな」


 ニコラ様は、まじまじとレイナを見つめる。


「魔力があるなら使い方を覚えればいいだけだ。まあそれでも出来ない場合はあるけどな。無い奴よりは希望がある」

「そうなのですね!」


 レイナはゲームの様に魔法を使ってみたいと思っている。

 前世に魔法なんてなかったから憧れてしまうのだろう。


「とりあえずは、その下手糞な魔力循環と操作を直す事からだな」

「はい! どうすればいいのでしょうか?」


 魔力があるのに活かし切れていない、そんなレイナの弱点を的確にニコラは指摘する。


「まず、今どんな風に【ヒール】を使った?」

「ええっと、手に魔力を集めて、えいっ! て感じですかね」

「はあ? 何だそれは。適当過ぎるだろ」

「そ、そうですか?」


 レイナとしては分かりやすく説明したつもりなのだが、ニコラを満足させる答えでは無かった様だ。


「まったく……まずは体内の魔力を動かす練習からだな」

「はい。お願いします」

「胸でも腹でもいいが、そこから魔力を出して全身に行き渡らせて、また戻ってくる様なイメージで魔力を体内で回してみろ」

「はい。やってみます」


 レイナは心臓から血液の様に全身を巡るイメージをしてみる。

 それが一番想像しやすかったからやってみた様だ。


 魔力は動いてはいるが少量の魔力が移動しているだけだ。動きも遅い。

 ニコラはレイナの魔力の動きを注視しながらそんな事を思う。


「少ししか動かないのですけれど、どうすればいいのでしょうか?」


 それはレイナも感じていたらしくニコラに質問する。


「しばらくはそれだけをやり続けろ。食事をしている時も寝ている時も無意識に出来るぐらいになるのが目標だ」

「わ、分かりました。やってみます!」


 今までは意識していなかったが、レイナは魔力の流れは見えるという事を知る。

 とりあえずはもっと多くの魔力を早く流せるようにならないと駄目だ。

 レイナは真剣に魔力を操作して循環を行う。


「お茶だ!」

「えっ?」


 レイナは一瞬何を言われたのか分からなかった。

 変な声を上げ、ニコラを見つめる。


「お茶を持ってきてくれ。お前は俺のメイドなんだろ?」

「あっ、失礼しました。すぐにお持ちします!」


 急いで準備しようとしていたレイナをニコラは呼び止める。


「もちろん、魔力循環をしながらだ!」

「わ、分かりました。ご用意いたします」

 

 止まっている状態でやるより、動きながら魔力を循環させるのは難しい。

 それが分かっているからニコラはやらせるのだろう。

 実戦で使えなければ意味が無いのだから。 

 

 それからレイナは魔力循環をやり続けた。

 お茶を入れる時も掃除する時も。

 寝ている時はどうなんだろう。

 寝る前にイメージして眠るけれど、寝ているから確認は出来ない。

 

 レイナの魔力循環訓練はこうして始まった。

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