右側にたたずむ女

 昨年10月から全国初の「エスカレーターを歩かない条例」埼玉県で施行された。

 このニュースを聞いた私はテレビを通して埼玉県に拍手を送ってしまった。というのも私は「歩く人のためにどっち側に立ち止まるか」という暗黙のルールに嫌な思いをした経験があるからだ。

 あまりに腹が立ったのでちょっと感情的な書き方になるかもしれない。これは3、4年前の話だ。私は夜10時頃に最寄り駅の上りエスカレーターに乗っていた。右側の手すりを掴んでぼんやりしていると、背後から話し声がしてきた。

 時間も遅いのでエスカレーター列を作るほど人はいない。だが終電まで時間もあるのでちらほら人はいたので「後ろに誰か乗ったんだなぁ」と考えていた。声は夫婦の会話だった。

「全国的にエスカレーターは左に寄ると決まってるんだ」

 と男は言った。結構年配のようだ。男は私の後ろの一つ下の段、男が話しかけている妻らしき女は男と同じ段の左側にいるようだった。

「右は歩く人のために開けないといけないけど、奈良は田舎だからな」

 女は「うん、うん」と頷いている。男はエレベーターに乗っている間、エレベーターは右を開けないといけない、全国的に決まっている、しかし奈良は田舎だから、これだから田舎は、と言い続けていた。といってもほんの20秒ほどの話だが。

 私は黙って聞いていたが、おそらく奥さんに話しかけてるふうを装った私への抗議だろう。そこをどけろ、という。私は上階に到着するまで動かなかった。気付かないふりをして、そのまま歩き去った。

 先述したように内心はイライラしていた。わざわざ真後ろまで来て行われた察してちゃんな言動はもちろん、私のために左側に避けたくない、この小娘がどければ良いという傲慢さ、さらに他人の住んでいる場所を馬鹿にするその性根。数年経った今でもふと思い出して腹が立つ。

 「全国的に右側を開ける」なんて話は聞いたことがない。東日本、西日本では違う、また新幹線の駅では東西両方の利用客がいるから前に立つ人に合わせる、という話は聞いたことがあった。

 そもそもエスカレーターは歩くことは推奨されていない。押切蓮介先生の漫画「でろでろ」でも委員長が言ってた。(エスカレーターとまったく関係ないギャグ漫画だけど)

 この文章を書くに当たってちょっとネットでも探してみた。東芝エレベータ株式会社のホームページでは「エスカレーターの正しい乗り方」というページに「踏段の上を走ったり、歩かないでください。」という記載がある。

 また、日本エレベーター協会のホームページにも「歩行禁止の呼びかけ」がされている。

 普段からここまで確認している人はいないだろう。だから条例で決めて、はっきりと明文化してくれたのならもうこのような不快な思いをさせられることは無いのだ。是非全国で施行されて欲しいものだ。

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