Ver 2.01 偉大な師トール=マイスタ

トールがわかりやすく要点のみ説明してくれるお陰で夜には書類が片付いた

何度もサインをし、もう手首が痛い


クリスは魔道具屋を引き払い、全ての在庫と商品をクランに移した

早速明日から営業開始するようだ

リタは家具や調理器具などを買い漁り満足しているようだった


トールはその後すぐにギルドへ募集をかけ

グングニルへかけあってケラウノスのクランハウス護衛を雇い、また移籍希望者を何人か集めてきた


いずれも冒険者ランク50ほどの実力者で早速クランの資金繰りのため冒険へ旅立った


執務室でひとしきり署名作業を終え、トールが紅茶を淹れてくれた


「トール、グングニルからの移籍って大丈夫なのか?」

「ええ、あれほどの規模になると自分たちの功績がなかなか上に認められないため不満を持つ者も出ます。上の方も功績を立てますし、ビアス様共々功績を立て、支えてくれた者たちを無下にもできません。致し方ない事です…それであればこうして新しいクランができたのですから、こちらで存分に働いて頂きましょうと言う話になりました」


上に自分たちの功績が認められない

俺も元の世界ではよくそう思ったものだった

自分がやったと言わなかったのが一番よくなかったと今でこそ思うが…

上の者たちは常に下の者たちを正しく把握し、評価するべきという自意識過剰な意識があり、仕事はしたが黙っていた


一応、君にしかできなかった仕事だなどと褒められ鼻を伸ばした時期もある

でも、リーダーだったり役割を任されるのは俺ではなかった

それが口では褒めるが実際は認めてないんだろう?などと反骨心を育てた


「トール、なんで功績が認められないって喚くんだろうな」

「私もそういう時期がございましたが、こればかりは上に立ってみなければわかりません」

「そうか…」

「立てば立ったで煩わしくも思います。なぜ自分を見ろとばかり言ってくるのかと、見なければならない人たちは一人ではないのに。自分だけは特別な働きをしたと子供のような目を向けるのです」


俺の事を言われているようで耳が痛い


「そして自分以上の働きを上に求めます。10人抱えれば10倍の働きを求められます。中心に立つ人物とは、本来そうあるべきではありません。いうなれば部下一人一人の責任を認め、個人が持つ力を十二分に発揮させてやり、周りにその存在を知らしめてやるのが中心に立つ人物の責任でございましょうな。そして下に任せるべき仕事をしてはいけません、本来すべき評価という仕事ができなくなるからです」


評価…それはどんな仕事だろうか


「評価とは個人の能力を正しく分析し、成した事を公正に判断する事です。そうすることで正しい報酬を与える事が出来ます。そして何より評価される側は自分の能力と他人との働きの差を知ることができます。ここが一番難しいのですが…」


まさに俺が求めていた正しい功績の認められ方だ


「評価をするという事は、例えばケラウノスが目指すところに置いての評価となります。魔物を倒す事を目標に掲げれば事務仕事をする者たちの評価はあがりません。商売により利益を上げる事が優先となれば戦う者たちの評価をあげられません。これが、若かりし頃に感じていた不当な評価の正体です」


なるほど…俺の働きが必ずしも組織の目的と合っていたかというのはわからないな

ドゥアルトの言っていた浮足立ったパーティのような感じか

知識が足りなかったわけだ


「そのため、評価をどのように下すべきか。下された相手をどのように説得すべきか。そういった事を考えるのが中心に立つ人物です。実務をしている暇などあるはずもありません」


たしかに…評価が足りないものに対しては特に

評価を上げるための仕事を振らなきゃいけない

同じだけの功績を積ませるためには評価が低くなりそうな者に、より仕事を与えるべきだ

そしてその本人がそれを不当と思わないように説得するか、受け入れて貰うか考えなければ


「ただ、それは小さな組織の場合ですな。大きくなると功績を勝手に立て始めます、なので功績を上が望み、それを買うような事もできるようになります。手を上げないほうが悪いという風潮になりますな。そうすると手を挙げる機会のない者たちがまた不満を募らせます。組織とはこういった所属する者たちの不満をどう解消するかという事に力を注ぐものです」


非常にめんどくさそうだ、他人の愚痴なんて聞いてられないぞ

何も前に進まないからな…


「俺には向かない気がするが…」

「もちろん、それは下の人たちに任せてください。一番上に立つものは夢を語って馬鹿げた話をしていればいいのです。そうして難しい仕事が増えれば功を上げるチャンスが増えるのですから」


なるほどね…

能天気な社長にイライラしたのはチャンスだったわけだ

我ながら被害妄想に囚われていただけだ…せめてこの世界ではもっとうまくやろう


「ありがとう、トール勉強になった」

「私ごときの稚拙な経験がイズル様の糧になったのであれば光栄でございます」


いい人だな…ビアスがトールトールとなんでも任せる気になるのもわかる


「トールはなぜ執事を目指したんだ?」

「そういう家柄ですので…お手伝いさせて頂いた方々が成長し大きくなっていく姿を見るのは誇らしく思います。いずれ、そういった方たちが私の死後、葬儀に顔を出して頂ければそれが何よりの報酬でございます」


勝てる気がしないな…一生を賭けて付き合い続けるつもりなのか


「俺もその葬儀に参加できるようにならなきゃな」

「是非、お待ちしております」


グングニルが大きくなるわけだ

トールはビアスの執事、いずれ離れると思っておいた方がいいだろうな

ケラウノスにもトールのような人物が必要だ

トールは特別すぎるが…5人でトール一人分にもなれば十分だろうか


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