Ver 1.06 冒険者になれなかった男

冒険者ギルド


今日はリタとの約束で冒険者ギルドへ来た


扉をくぐるとよく見る異世界らしい光景だった

鎧を着こんだ男女があちこちに立ち、依頼を手に取り受付へ行く

テーブルには仲間でも待っているのだろうか?座っているだけで何もしていない男たち

受付のカウンターには可愛らしい女性が冒険者たちの対応に追われている


リタが周りを見渡し、4つほど並ぶ受付のひとつで働いている女性に手を振った


「ペトラー!」

「ちょっと待って!あと5分くらい!」


リタは首を大きく振ると俺を空いているテーブルへ案内した


「ペトラはすごいいい娘なんだよ。あたしいっつもあの娘にしか依頼受理頼まないの」


人と関わる商売だしな

好き嫌いあって当然か


「有能なのか?」

「まぁ…有能は有能だと思うよ…羊皮紙めくるの速いし…?」


聞き方間違えた

褒めるところが無い娘みたいになっちゃったな


「人がいいのか」

「そう!そうだよ。それに仲良くなっておくと依頼に書いてない情報とかも教えてくれるし、いろいろといい事も多いよ」


なるほど、それは有益だ


「お待たせしましたー!リタさーん」


ペトラが受理を終えてリタに声をかける

リタと共にペトラのいる受付へ向かった


「おはようございます。今日はどのような要件ですか?」


元気よくハキハキとした声、屈託のない笑顔でペトラは迎えてくれた

活力に溢れ、行動力のありそうな面持ち、どこかリタっぽい能天気な印象もある


「なるほどリタと気が合いそうだ」

「でっしょー。可愛いんだから」

「あはは…ありがとうございます」

「で、今日はさ、イズルを冒険者として登録して欲しいんだ」

「あ、はい。リタさんのお連れ様ですね」

「うん、あたしのパーティだよ!」

「わかりました。ではこちらにお名前とスキルを記入してください」


”スキルを記入してください” その言葉を聞いて手にしたペンが止まる


スキルもか…無しって書いたらやっぱなんか言われるんだろうな

でも嘘ついたところですぐバレるだろう、きっとここに書くという事はこれを見てパーティに誘ったりするんじゃないだろうか

あとでバレれば嘘つき呼ばわりされ信用を失うかもしれない

正直失った信用を取り戻すほうが何倍も辛い気がする、正直に書こう


イズルはさらさらと名前を書き、続いてスキル”なし”と記入する


「え?スキル無いんですか…」


ペトラは驚いてイズルに顔を向ける

その表情は不安に満ちており、どこか哀れみも感じる


「無い、魔力もないし体力もない」

「ボロボロになってたとはいえ魔獣倒してあたしを助けてくれたんだから!実力はあるんだよ」


自慢気に語るリタの話しを聞いて、冒険者たちがざわざわと騒ぎ出した


よくある中傷だ

「あれで冒険者やっていけると思っているのか?」

「俺たちの仕事舐めてるんじゃないか?」などなど

命を賭けてる者たちからすればさぞ俺の存在は気に入らないだろう

すぐにでもお前のようなやつが冒険なんて、と言ってくるに違いない


予想通り、いかにも三流と思える男がやってきた

図体が大きいスキンヘッドの男だ


「おいおい、お前スキルも魔力もねーのに何しに来たんだ?冒険者って言っても子供のごっこ遊びじゃねーんだぜ?俺たちは命かけてんだ。冷やかしに来たんなら俺が相手になってやるよ」


リタが手を広げ間に入る


「ちょっと待て!実力はあるって言ってるだろ。あたしが証人だ」

「そういう問題じゃねーんだよ。スキル無しでも冒険者やってけるって思われたら今後適当なやつが来る、そしたら俺たちがそいつらの面倒みなきゃいけなくなるだろうが」


周りの冒険者たちも傍観しつつ、小さく首を縦に振る


「ま、今後そんなやつが現れる度に言い聞かせてやるのも面倒だ。ちっと怪我くらいして帰ってくれ」


リタを押しのけ男はイズルの前に立ち胸ぐらを掴む

するとリタが男の腕を掴んだ


「おい!あたしのパーティメンバーに手を出すんだな?」

「どけ!」

「あっ………ッ」


男をは空いた手でリタを振り払い、たまたま悪いところに当たったのか

リタが左目をに手を当て、背中を丸める


リタ!!

よくもやってくれたな


イズルは男を睨み、術式を展開していく


「魔力矢、魔力矢、魔力矢、展開」


男とイズルの間に3つの術式が展開され、魔力の矢が男に突き刺さる

男は吹き飛ばされ、テーブルをひっくり返しながら反対側の壁まで飛んで叩きつけられた


「おい!女の顔に手をあげるのか!?冒険者ってのは」


イズルは魔石をポケットから取り出し、さらに唱える


「火球、火球、火球、火球、火球」


5つの術式が縦に重なりイズルの頭上に巨大な火球が生成され、ジリジリとギルドを焦がす


「……ッ!それをここで使うな!!」


慌てた冒険者たちが我先にとギルドを飛び出していく


「水牢」


どこからともなく聞こえてきた呪文にイズルの火球は水に包まれ消火された

ギルドの中からいかつい男が現れ、イズルの腕を掴む


「見境いねーのか、場所くらいわきまえろ。お前らが先に手を出したわけじゃないのは見てたがこれはダメだ。スキルで判断してるギルドの体制も問題だが…お前は頭を冷やせ」


イズルが周りを見ると散らかった机、慌てて飛び出す冒険者たち

剣を構える者たちまでいる

剣まで構える冒険者たちを見てイズルはハッと我に返った


やりすぎたか


「悪かったよ」


いかつい男はホッとしたよう表情を緩め、イズルの腕を放した


「とりあえずしばらくお前に冒険者証は渡せん、これだけの騒ぎを起こした罰だと思え。騒ぎを起こした張本人も同罪だ、当面依頼の受諾をしない。一旦これで引いてくれ」


顔の割に公正な男だ

罰が俺だけじゃないならいいだろう


「わかった」

「イズル…」


リタの目は無事だったようで少し赤くなっているが見る事自体は何ともなさそうだ


「俺はドゥアルト、ギルドマスターだ。ほとぼりが冷めたらまた来い」


やらかしたな、まぁ冒険者になれないのはわかってた事だったけど

ギルドに所属してなくてもダンジョンくらいいけるなら冒険にはなるだろうか


「冒険者じゃ無くてもダンジョンくらいいけるよな?」

「俺にそれを聞くのかよ。俺の立場ならダメだって言うに決まってるだろうが」


そりゃそうか


「そうか」

「そうだ」


しょうがない、別の方法を探すしかないかな


イズルはリタに向き直る


「目、大丈夫か?」

「あたしは治療士だよ。これくらい治せる」

「そういや、そうだったな。ごめんね、帰ろう」

「うん。あたしこそ」


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