6.今日は牡丹鍋

 唐突に大地から天に向け背の高い木々がかぜに揺られていたりする。

 ゆっくりと。風が葉をゆするかさかさという音が聞こえてくる。


(鬼以外ににもなにかいるのか?)


 静寂の中に森の奏でる音をききならがふとそんなことを思う。

「神域」であるので、何がいてもおかしくない。

 野生動物もいるだろうし、もしかすると他の妖やかしっぽい何かがいるのかもしれない。


 昨日、伐開した小道を通って、ボクは竹の密生している場所に行く。

 

「あ、キコ」


「おお! 来たのだ。早く! 竹きりをするのだ。そして、ワシにおにぎりをくれ」


「はいよ」


 と、ボクはおにぎりを取り出した。


「おお!!」


「ちょっと、封を開けてやる」


「任せるのだ! しかし早くなのだ!」


 両手を伸ばし催促する子鬼のキコ。


「おお! おにぎりなのだ! 食べていいか? 今、食べいいか?」


「いいよ。お昼用はまだあるし」


「本当か! おまえ親切なのだ。今日もいっぱい竹切ろうな!」


 ぴょんぴょんと子鬼のキコはおにぎりを持って跳ね回る。

 褐色肌の上を銀髪が揺れていく。

 キコは跳び回るのをやめると、もしゃもしゃとおにぎりを食べ始めた。

 片方の肩を出したワンピースのような虎皮にこぼした米粒がつく。


「美味いのだぁ~ あああ、すごく美味いのだぁぁ」


 感動で身を震わせながら、コンビ二のおにぎりを食す鬼。

 おにぎり数個で、鬼を使役できるのだから、安い物である。

 人間だったら、労働問題以前に人権問題になってしまう。


        ◇◇◇◇◇◇

 

 ボクはバサバサと竹を切る。

 キコは、竹を集め、上の方に密集した枝をむしっていく。

 鬼だけに小さくともパワーがすごい。


「あははははは、面白いのだ――!!」


「しかし、すごい力だな」


「それは、鬼だからなぁ――」


「そうか、納得せざるを得ないな」


 鬼なのだ。恐怖と力の象徴であり、結晶体であるべき存在だ。

 が、子鬼のキコは見た目は異常に可愛い。


(性別はどっちなんだ? ちょっと分らんな)


 幼い子や猫のような性別を超えた「ベビースキーマ」的可愛さが詰まっている


 体に比べて、頭が大きい。

 顔の中で瞳の占める割合が大きい。

 緩いラインを描く輪郭フォルム

 ちょこんと小さな鼻に口。


 おまけに、銀髪、褐色の肌ときている。

 これで可愛くなければ嘘だろう。

 ちなみに、ボクはロリでもぺドでもなく、ただ「ベビースキーマ」的可愛さを評価しているだけなのだ。


「ところで、キコ」


「うん? なんなのだ?」


「この森にはキコの他の鬼はおらんのか?」


「おらんな―― 見たことないのだ!」


 バーンと胸を張って、どや顔で言い切る。

 そこには、孤独の悲しさなど微塵もない。

 自分をレアな存在であると誇っているかのようだった。


「森にはキコに他になにかいるのか?」


「うーん…… 鹿がいるな」


「ああ、それは見たな~」


 鹿は日本全国どこにでもいて、増えすぎて困っているというニュースは耳にしたことある。


「あとは、ヘビ、トカゲ、イノシシ…… クマもいるのだ」


「クマもいるのか! マジか!」


「あははは、怖いのか? コウサク! ビビリなのだ! あはははは」


 指差して笑う子鬼。

 そりゃ鬼から見れば、クマは怖くないかもしれないが、人間にとっては怖い。

 ボクは空手道にまい進しているわけではないのだ。


「ま、滅多にここまではこないので、心配はいらないのだ」


「そうなのか」


「このあたりに、いるのは…… イノシシなのだな……」


「そうか」


 それも結構、凶悪な獣ではある。

 最近は都市部にも出現しているイノシシも数が増えているらしい。

 この「神域」にいるのも不思議ではないだろう。


 ガサガサ……

 

 と、話しながら作業をしていると、なんか下草や枯葉を踏む音が聞こえる。


 ブヒィィィィィィ!!!!


 まさに、言霊が呼び寄せたのか、竹林の間からイノシシが現れた。

 竹の子でも穿り返して食っていたのだろうか?

 やばい!

 イノシシは鋭い牙で下から突き上げてくるので、非常に危険な野生動物だ。


「おおおお!! 美味そうなのが来たのだぁぁ!!」


 子鬼にキコが小躍りして、飛び出した。


「ぶぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 キコの存在を確認すると、イノシシはガクンと突撃角度を変更し、走っていった。

 逃走したのだった。

 

「待つのだぁぁぁ!!」


 キコはそれを追いかける。

 呆然と見るだけのボク……

 

 ドップラー効果のかかった叫び声が遠ざかっていくのを見ているしかなかった。


「な、なんなんだ……」


 そして、遠くの方で絶叫のような鳴き声が響いた。

 ガサガサと、下草を掻き分け、なにかが接近してくる……


 がさッと、草と竹の間からイノシシの顔が出現する。


「わぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 鉈を持ってはいるが、そんなもので対抗できるとは思えない。 

 たとえそれが「神器」であっても、使うのがボクだ。

 獣と戦うのと竹を切るのでは天地の違いがある。


 おもわず、しりもちをついてしまった。

 あわわわ……


「あははっはははは!! イノシシはしとめたのだ!」


 そいうとでかいイノシシを背負ったキコがひょっこり顔を出した。


「え゛? 仕留めたって……」


「今日は、牡丹鍋なのだ。豪勢なのだ」


 そうやらボクはジビエ野生肉を食する機会を得たようだった。

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