5.ゆったり楽ちん生活を夢見て
ボクは浮かれすぎていた。非日常の中に埋没しすぎていた。
ここは「神域」ではあるが「異世界」ではない。
リアルな現実につながる場所であった……
(つまり、生活するには金が要る……)
暫くは貯金を取り崩して生活ができるかもしれない。
まあ、前の会社は給料だけはよかったので、二〇代後半としてならそこそこの蓄えもある。
忙しすぎて使う暇がなかったというのもあったが……
が、それにしたって無限ではない。いつかは夢幻のごとく消えていくだろう。
ボクは
どうしようか……
社に入ると、女神・イルミナ様がニッコリ笑ってボクを出迎えた。
一気に体の疲れは吹き飛ぶが、金の心配は残る。
「女神様、あのですね……」
「なんじゃ?」
「現金収入はどうやって得たらいいんですか?」
我ながら、なんの飾り気もない、真っ正直で愚直な質問だな――とは思った。
が、他に言いようもない。とにかく、お金を稼ぐ方法を確認しないといけない。
で、もしその方法が女神様から出てこないなら、自分でなんとかするしかないのだ。
「ああそんなことか」
軽く言い放つ女神様。神様には軽い問題でも、生身の人間にとっては大問題だ。
「収穫物を売ればよいだろうよ。簡単なことだ」
「売るって……」
簡単というけど、経験もノウハウもないボクではどうやって収穫物を売るのかさっぱり分らない。
農協にでも加盟するのか? どうなんだ。
「我のネットワークでどんどん売る。日本国内は及ばす、海外まで市場を広げる。ま、オヌシ次第であるが――」
「海外ですか!」
日本の農業については詳しくはないが、イメージとして海外に輸出するという感じがない。
まあ、高級果物とか、付加価値の高い農作物なら可能なのかとか、記憶を掘り返すが、そのような物ができるのだろうか?
「安くて、そこそこの品質のものを大量に作ればよかろう。我は豊穣の女神。豊作は約束できるのじゃ」
「で、販路はあるんですか?」
「ん? そんなものは、いくらでも持っておる。我は神なのじゃから」
神だから販路を持っているというのは、どういう理屈なのか分からない。
けれども、神様がそこまで言うなら、収穫さえできれば、なんとかなるのかもしれない。
ボクは、そういう風に納得して、自分のアパートに戻るのだった。
まだ神棚がないので「祠」経由で家に帰った。
◇◇◇◇◇◇
ボクはネットで「リヤカー」を注文した。
伐採した竹を運ぶには必要だし、今後もいろいろ必要だろうと思ったのだ。
(自動車は持ち込めるのだろうか……)
自動車が持ち込めるのであれば、それも便利であろうが、そのあたりははっきりしない。
こんど、女神様に確認してみようかと思う。
ついでに頼んでおいた神棚の状況を確認すると「配送中」であった。
明日には届く予定になっている。
通勤時間も決まってないし、荷物を受け取ってからいってもいいだろう。
で、ボクは預金通帳をとりだして、思案する。
つまりだ。
何もしなくても、現代社会では固定的にかかるお金がある。
ボクの場合――
家 賃:五万二〇〇〇円
保 険:四〇〇〇円(共済)
光熱費:一万五〇〇〇円
通信費:八〇〇〇円
という部分は動かせないだろう。
食費についても、切り詰めることはできても、ゼロにはできない。
他に諸々、生きて行くためには金がかかる。
さほど金が欲しいわけではなく、ゆったり好きなことをして生きていきたいだけだ。
それでも月一〇万円はないと、生きていくのが困難だろうなぁとは、思う。
貯金を取り崩せば、収穫できるまで、持たせることはできる。
が、収穫した物で月一〇万円稼げるかどうかは分らんのだから、そのあたりは不安はある。
(ま、なんとかなるかぁ……)
細かいことを考えるのがもう、嫌になって会社を辞めたのだ。
とにかく、女神様を信じて、明るい未来を信じて、ゆったり楽ちん生活を夢見て――
ボクは、寝ることにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日――
午前中に神棚が届いた。
ボクは、それを取り付けると「パンパン」と手を打って祈る。
すると、視界が歪んで、現実認識に膜がかかったようになる。
で、一瞬ブラックアウト。
気づくと、神域の社にいた。
「おお! 通勤時間ゼロ!」
「おお、来たか、高作よ」
「おはようございます! 女神様」
「おはよう」
「すいません、一旦戻って、買い物してきていいですか。プリントか弁当とか」
「うむ。プリンは大歓迎なのじゃ」
というわけで、もういちど家に戻る。
これは社の中で祈るだけで、同じように家に戻れた。
とにあえず、コンビ二まで行って、プリン、弁当、おにぎりを買って、また神域に戻る。
「女神様、プリンです! クリーム付きのやつです!」
「おお! このようなプリンもあるのか! 豪勢じゃ!」
女神様は大きな瞳を輝かせ、プリンをぱくつくのであった。
とにかく、女神様の言葉を信じ、ボクはボクで農業を楽しもうと思うのであった。
ボクはまた森へと向かって行った。
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