4.森で伐採をしていたら子鬼に出会った

 社を中心にすると森は西から北の方にかけて広がっている。

 境界線まではだいたい徒歩五分くらいだ。

 一分八〇メートルという不動産業界基準でいくなら四〇〇メートルほどということになる。


「マジか…… 樹海かよ」


 目の当たりにすると、自然の圧にちょっとびびる。

 森はと言葉で言うと木が三つなんだけと、普通にそれどころじゃない。

 神様が住まう場所の森なのだけど「鬱蒼たる密林」とか「緑の深海」というような表現が陳腐に思える。

 

(ああ、ジ○リで見たことある)


 と、思う感じの森というとイメージできるかもしれん。知らんけど。


「女神様、ここに竹あるんですか?」


 見渡したところ、境界線あたりには竹っぽい物は生えていない。


「少し中に進まぬといかぬかな」


 ピンク色の唇がから出てくる声音も美しい。


「道がないんですが……」


 中を進もうにも道が見当たらない。 

 獣道すら無さそう。


「鉈で下草を刈りながら進むのだな」


「なるほど」


 ボクは神器の鉈を振った。

 軽く振った――

 

 スパパパパパーン!!


 前方一〇メートルくらい、人が通れる幅で下草が刈り取られる。


「わッ、マジですか!」


「うむ。振るう者の意思によって、斬れる方向も制御できるのじゃ」


「なるほど」


「それにしても、筋がよい」


「そうですか!」


「我は嘘やお世辞など言わぬ」

 

 美しき女神様はそういいきる。

 よっしゃ!

  

 ボクあ気合をいれ、鉈を振るう。

 バサバサ、スパパパパンと下草や細い木々を切りながら前進するのであった。


        ◇◇◇◇◇◇


「おお、竹があった!」


 五〇メートルほど進んだだろうか。

 そこに竹が密集していたのである。


 鉈を振るうとまるで「斬○剣」のように、竹が切れていく。

 全然、つまらなくない。面白いように切れていくので気分もハイになってくる感じ。


「うぉぉおおおおおお!!」


 スパン、スパン、スパン!!

 竹の繊維を刃物で断ち切る感じが気持ちいい。


 しかし、ここで気づく。

 相当に竹を切り倒してから気づいた。


(どうやって運ぶんだ? これ?)


 後ろでボクのことを見ていた女神様の方を振り返る。


「すいません。神器・リヤカーとかあります?」


「流石にリヤカーは大き過ぎるのじゃ」


 ちょこっと下を向いて女神様は言った。

 長い睫が黒い瞳にかげりりを作るのだけど、それも美麗。


「そうですかぁ~」


「すまぬな。神器は我が手に持てる程度のものしか練成できぬ」


「まあ、仕方ないっすね!」


 リヤカーは後日、家の方で買ってもってくればいい。


「竹はどの程度必要ですか?」


「うむ、この一〇倍ほどあれば、よかろう」


 と、女神様は切り倒した竹の山を見やる。


「うへ、一〇倍っすか!」


 口ではそう言うが、結構面白いので苦ではない。

 しかし――

 くぅぅぅ~

 と、腹がなった。

 

「腹が減っては戦はできぬ、しばらく休憩にしたらどうじゃ」


「そうですね」


 というわけで、ボクと女神様はいったん社に戻る。

 でもって、家のある鮒橋まで戻してもらうことにする。

 コンビニで昼食を買うために。


「高作よ、プリンも頼む」


「はい、分りました」


 供物のプリンを頼まれ、ボクは鮒橋に戻る。

 一応、同じ千葉県内ということであるが「神域」が房総半島のどこにあるかまではよく分からない。


        ◇◇◇◇◇◇


 コンビニで「弁当」と「おにぎり」ふたつと「お茶」と「軍手」を買った。

ほこら」経由で神域に戻る。

 戻ったとき、ちょっと現実認識に巻くができるというか、揺らぎが生じる感覚があるが、直ぐに治まる。


「女神様、プリンです!」


「おお! ありがたい!」


 女神様はプリンを受け取ると「うまうま」という感じで食べ始める。

 ボクも弁当をたべる。


 で、弁当が食べ終わると、竹の伐採作業に戻るのだった。


「もう、ひとりで大丈夫であろうよ」


「ん…… まあ、そうですね」


 女神様が一緒でないのは、ちょっと心細い感じもした。

 が、一緒に来てくださいと懇願するのも情けない感じがしたので、その大きな胸を目に焼きつけ、作業をすることにした。

 

 ボクはひとりで、竹を切る。切る。切る。切る。あはは、いと、たのし。

 おにぎりふたつは、小腹がすいたら食べようと思って、コンビニ袋にお茶と一緒にいれてそのまま持ってきた。


「結構切れたか……」


 気づくと陽はかなり西に傾いているようだった。

 森の底の方が茜色に染まっている。

 女神様の要求する一〇倍まではいかないが、五倍ほどは切れたかもしれない。

 

(作業は日が沈むまでだな――)


 時刻という人間の作り出した「呪詛」に縛られない作業は清々しい。

 日が沈んだら、作業は物理的に不可能なのでやらない。


 ボクはおにぎりを食べることにした。

 で、一個目を食べ終え、二個目に手を伸ばす。


「オマエ、誰なのだ? ここでなにしてるのだ? なに食べてるのだ?」

 

 いきなりの三連発質問が木々の間から飛んできた。

 

「なに?」

 

 ボクは声の方を振り返った。

 なんと、そこには子鬼ががいたのである。

 褐色肌に、銀髪。

 額から、一本角を生やした子鬼――

 だよね……

 

「……」


「なぜ黙っているのだ」


 ここは神域である。

 鬼くらいいてもいるのかもしれない。

 それにしても、非日常の存在に遭遇である。

 まあ、女神様からして非日常であるのだけど。


「何を食っている?」


「おにぎり」


「鬼をきるのか! 酷い奴だな――!! 悪者か? 悪魔か、貴様ぁぁ」


「いや、この食べ物の名前、握って作るので『お握り』」


「ほう…… そうか、で、誰だ? おまえ」


「新地高作―― 元社畜です」


「しんちこうさくか…… しゃちく?」

 

 ふん、と鼻を鳴らし、子鬼は可愛らしい口を動かす。


「わしはキコという。立派な鬼なのだ」


 見れば分る。これで人間ですといわれた方が困る。

 立派かどうかは知らんけど。


「何しとるのだ?」


「竹切ってます」


「なんで?」


「農業するため」


「農業? なんだそれ」


 と、言葉の定義まで聞いてくるのだけど、ボクはなんとか状況を説明する。


「ふ~ん。面白そうだなぁ。うん、面白そうなのだ。それに、それは美味しそうなのだ」


 じっとボクのおにぎりを見つめる子鬼。


「じゃあ、これあげるよ」


「おお! なんと! オマエ、親切な奴だな~」


 そういって、差し出したおにぎりをひったくるようにして受け取る。

 キコと名乗る子鬼は、おにぎりを「もしゃもしゃ」と食べ始める。


「美味いのだ! これは、美味いのだ!」


 声が感動に震えていた。

 コンビ二のおにぎりで感動できるのは、安上がりな舌で好ましい。


「よし! わしもオマエの農業とやらを手伝ってやろう!」


「え?」


 戸惑う。しかし、小さな身を反らし、子鬼のキコは言い切ったのだった。


 というか、ボクはこの時点でも本当に重要なことを忘れ、女神様に確認していなかった。

 コンビ二で買い物をしたというのに……


 そう。

 どうやって、収入を得るか?

 この部分を完全に失念していたのだから、間抜け以上の存在であった。

 ボクは…… 

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