7.栽培したい!

 濃い紅色の肉が鍋の中で踊っていた。

 イノシシ肉を牡丹と言うのは、その肉の色のためというのを聞いたことがあるが、なるほどと思う。

 ボクにとってイノシシ肉を食べるのは初体験だ。


「ふむ、美味そうであるな。山クジラを食すのは三年ぶりくらじゃな」


「山クジラ」も「牡丹」も建前上で肉食を禁忌していた歴史の残滓だ。


 薪に火をつけ、直火で鍋を煮込んでいる。

 味付けは醤油とみりんで出汁は肉から出てくるのだろう。

 食欲を刺激しまくる匂いがたちこめる。

 口の中に唾液が溢れ、飲み込むのが大変だ。

 早く食べたい……


「女神様みたいな綺麗な神様でも肉がすきなのだな~」


 子鬼のキコが感心したように言った。


「好きじゃ。神はサイコロステーキも嫌わぬ」


 日本の神様は肉食に禁忌などないので当然であろう。 


 鍋にはキコが採ってきた山菜やキノコも入っている。

 森で暮らしている鬼が毒キノコをもってくることもないだろう――

 グツグツと煮立っていく鍋。

 濃厚な肉と醤油の匂いは、日本人にとってはたまらんものがあった。 

 女神様と鬼も同じであろうけども。


 器によそって、食べ始める。


「くわぁ…… 美味い…… なに? 全然野獣臭さがない。柔らかいし」

 

 醤油の沁みこんだ肉はびっくりするぐらい柔らかく、肉の旨みが強烈に舌の上で踊りまくる。

 キノコ、山菜も味が沁みこんで恐ろしいほどに美味い。


(しかし、女神様も良く食べるなぁ……)


 美しい豊穣の女神・イルミナ様もパクパクと一心不乱に肉を食べていた。まるでダイエットを諦めた女子のように。

 子鬼のニコは熱そうにしながらも、ふーふー言いながら肉ばかり食べる。


(森で採れる物で食費は節約できるなぁ)


 と、ボクは思う。

 食費だけでなんだかんだで、五万円くらいはかかっているのではないかと考えた。

 外食抜きなら三万円くらいになるかもしれない。

 で、神域で食事を済ますなら、もっと安くなるだろう。

 プリンは仕方ないにせよ(手作りするほどの料理の技術はない)、おにぎりならば、米を炊いて自分で作れる。


「肉は美味いのだ! あははははは」


 パクパクと肉ばかり食う子鬼を横目に、ボクは女神様に言う。


「あの―― 女神様」


「ん? なんじゃ」


「ここって、電気きてないですよね……」


「いや、きとるぞ」


「え?」


「社の中に差込口もあるのじゃ」


「そうなんですか」


「今時、電気の通っていない場所などあるわけなかろう」


 肉をもしゃもしゃしながら女神様は言った。

 しかし、この広大な神域は電信柱が一本もない。

 まさか、地下にケーブルが走っているわけでもないだろう。


(どういう仕組みなのか……)


 疑問に思わないでもないが、電気代の請求が自分に来ないなら、こちらに電気製品を持ってくるのもありだ。電気炊飯器とか。

 

(いや、ここで暮らすということも……)


 しかしだ――

 ボクは女神様を見つめてしまう。

 視線が大きな胸にいかないように堪える。ゆれる大きな胸は凄まじい磁力があるのだけど……

 漠然と視野にいれる、見たいな感じで見つめたりする。


(こんな美しい女神様と一緒に暮らすとなると、理性が持たない…… それは不敬なことではなかろうか?)


 思ってしまうのは仕方ない。が、身近で暮らすとなれば、いろいろ大変だ。

 社で女神と同棲するというのは、時期尚早であろうと判断するしかない。

 で――


「あの、ここに、自分の住む場所を造るというのは出来ます?」


 というところに、結論は落ち着く。なので、訊いてみる。


「ん、住みたいのか?」


「まあ、将来的には」


「プリンさえ手に入るなら、それも良かろう」


 社に住めばいいとは流石に言ってこない。

 いずれ、ログハウスでも造ってみるかとボクは思う。


「女神様! 果物持ってきたのだ」


「ほう、いつも感心じゃな」


 ちなみに、女神様と子鬼は周知の関係だった。 

 まあ、神域に住んでいるのだから当然なのかもしれない。


「コウサクにもあげるのだ」


「おお、サンキュー」


 柿だった。

 しかし、柿というのはどうなんだ? 

 自生する柿の実は大抵「渋柿」だとどこかで聞いたことがあるが……


(ま、渋柿を差し出すわけはないだろう)


 ボクは柿をかじった。

 すげぇぇぇ、美味い。甘い。いや、なにこれ?

 トロトロに蕩けるような甘さなんだけど……


(こんな柿食べたことない!)


「すげぇ、美味いな! キコ」


「おにぎりの礼なのだ」


 いや、コンビ二のおにぎりなど問題にならん美味さだと思うのだが……

 

 その瞬間、ボクはひらめいた。


「女神様」


「なんじゃ」


「この柿の種を栽培することはできますか?」


 この柿は美味い。美味いから売れるのでは?

 ボクは単純に考えた。

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