第二章「無双」

 さて、さすがに端折はしょりすぎた気がするので、すこし時を戻そう。


――そこは瘴気しょうきただよう荒野の果て、禍々しくそびえ立つ魔王城。


 ついに来たかという感慨にひとり浸る僕の目の前で、巨大な城門がまるで歓迎するかのごとく左右にゆっくり、ゆっくりと開け放たれていった。


 その向こう側に待ち受けていたのは、薄暗い広間を埋め尽くすほどぎゅうぎゅう詰めになった魔物の軍勢である。


 数えきれない緑色の小鬼ゴブリンたちの中に、猪鬼オークの巨体もちらほらと見えた。そいつらが手にした剣や斧をガチャガチャと打ち鳴らしながら、不快な声で僕をあざわらっていた。


 この愚かな人間は、たったひとりで死ぬためにここに来たのかと。


 まあ、そもそもここまでの道中では毎日のようにあった魔物の襲撃エンカウントが、城の周辺にきた途端にぴたりと停まっていたし、いて当然だろう屈強な門番の影も形もないというのは、もう待ち伏せしてますよ宣言のようなものだった。


 というわけで僕は、城門がゆっくりと開く間に小声でぶつぶつとやりはじめていた精霊魔法の詠唱の、最後のフレーズを発声する。


「降りそそげ天の恵み! 慈しみの雨よ!」


 途端に広間の高い天井の付近にもくもくと灰色の雲が出現し、そこからざあざあと強めの雨が降りそそぐ。


 魔物たちは最初こそ慌てたものの、それが酸でも毒でもないただの雨であることを認識すると、ますます激しく武器を打ち鳴らしながら下卑た笑い声を上げる。中には踊りだすものまでいた。


「――あとついでに雷も!」


 だから僕の追加詠唱によって雲から降り注いだ幾本もの雷撃が、金属で武装した上に水でびしょ濡れのまま密着した彼らを襲い蹂躙しつくしたあとも、大半は笑ったままで黒焦げになっていた。


 こんがり焼き上がった魔物たちの死屍累々をなるべく踏まないよう気を付けながら、僕は城の奥へと歩を進める。


 ちなみに死屍とか言うものの、この手の低級な魔物は驚くほど生命力が強く、放っておけば数日後には活動を再開するだろう。


 まるで転生前の僕の部屋に住みついてたあの虫のようだ。今となってはなつかしくさえある。なつかしむだけで、逢いたくはならないけれど。


 たまにガバッと起き上がってくる豚鬼オークの脳天を、聖なる盾の角のところでぶん殴って昏倒させつつ僕はずんずん進んでゆく。


 途中ひときわ大きい、小山のような黒焦げの塊があったのだが、どうやら中ボスとして配置されたドラゴンまで一掃してしまったようだ。なんだかちょっと、すまない気がしてきた。


 そのあと、禍々しい装飾の施された大扉の前に立ちふさがる、漆黒の鎧をまとった六本腕の騎士と激しい一騎打ちになった。


 完璧に連携のとれた三人の剣の達人を同時に相手にするようなもので、おそろしく強かった。これまで僕が戦ってきたなかでも、最強の剣士と呼べる相手だった。


 いかに強力な聖剣をもち、この世界のあらゆる剣術の奥義を極めた僕でも、苦戦するほどに。


 辛くも勝利を収めた僕は、しかしもう自力では歩けないほどの深い傷を負っていた。扉の向こうからはこれまで感じたことのない強大で邪悪な気配が伝わってくる。


 間違いなく、この向こう側に魔王がいる。しかしこんな状態では、勝ち目はない。


 そこで僕は、神聖魔法を使ってこの世界の神の加護を乞い、すべての傷を一瞬で完治させてから、勢いよく立ち上がった。


 剣術、精霊魔法、神聖魔法。あの日お姉さんから授かったチート能力でこの世界のそれらすべての奥義を極めた僕は、ついに最後の決戦の場に足を踏み入れるべく、目の前の禍々しい扉に手を掛けたのだった。

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