第29話 僕の困窮

奈菜から明確な拒絶をされ、それ以上聞くことができなくなってしまった。先ほどから皆でビラ配りをしているのだが、どうにも身が入らない。他の皆は頑張ってくれているのに、仮にも部長の僕がこんな腑抜けた状態では示しがつかない。気を取り直して、懸命にアピールするが、それは他の部とて同じである。気が急いて少々前に出過ぎた僕は同じくビラ配りをしているラグビー部の先輩の足を踏んでしまった。先輩と言っても歳は同じなのだが、一応3年生だから先輩だ。

「あっ、ごめんなさい」

「ってーな。てめえ何処みてんだ」

 僕よりも一回り大きな体躯の男が僕の肩を突き飛ばす。

 以前の僕だったらそれで吹っ飛ばされていたんだろうが、今は事故の前よりもウェイトも増え、身長も伸びた。少しグラついたが、何とか耐えることができた。

「おい、止めろ。こいつは南雲だ。お前消されるぞ」

 僕を突き飛ばした男の連れらしき男が仲裁に入ってきた。消されるってどういう事だ。

「光岡の二の舞になりたいのか」

 ん、光岡ってちょっと前に僕に絡んできた奴だよね。そう言えばあれから一切絡まれていないな。

 僕の脳裏ににやっと笑う、ブラック瑞樹の姿が浮かび上がってきた。きっと瑞樹が何かしたのだ。たぶんそうだ。まさか本当に消してないよね。いくら瑞樹でもそこまではしないよね。怖くなってそれ以上考えるのは止めた。

「おい、こいつには関わるんじゃない。ほら行くぞ」

 そういって、連れて行かれた彼は怯えた目で僕を見ていた。

 僕が足を踏んでしまったんだから、僕の方が確実に悪いんだけどな。今度見かけたらちゃんと謝ろう。

 どうも今日は駄目だ。全く役にたてない。奈菜もぼおっと立っているだけだし。なんだか一年生の男子の囲まれているけど、何も聞いてなさそうにぼおっとしている。完全に無視されている男の子達は泣きながら去っていってしまった。どんな会話がなされていたのだろうか。


 はあ。本当に申し訳ない。今日の体たらくぶりにため息しかでない。

 現在、ビラ配りを終えて帰宅中である。勿論、奈菜は隣にはいるが会話は無い。大丈夫かな。さっきは家に帰るには曲がらないといけないのに、直進しようとしたから慌てて呼び止めた。今日の奈菜は終日こんな感じだ。これはかなりの重症だ。困ったものだが、関係ないと言われてしまっては、どうすることもできない。


 家に着いても奈菜の様子は変わらない。ずっと元気がない。

 僕は一年以上振りにキッチンに立つ。今日の奈菜に包丁は持たせれない。この手でどこまで出来るか分からないが、今日は僕が作ることにした。

 米を炊くのは左手でも問題なく出来た。味噌汁も豆腐と乾燥わかめを入れるだけなので、問題ない。出汁は顆粒の素で手を抜いた。

 問題はメインとなる品をどうするか。出来るだけ簡単なものがいい。野菜の皮むきはたぶんピーラーがあるので大丈夫だろう。みじん切りは無理でもぶつ切りくらいなら出来る筈だ。


 疲れた。まさか肉じゃがを作るだけでこんなに疲れるなんて。

 まず、ジャガイモの皮むきが想像以上に大変だった。右手の握力が無い為、つるつると滑る滑る。ピーラーで手を切りそうになってしまった。

 そして、何とか皮むきが終わっても左手で包丁を使って切るのが怖かった。細心の注意を払って一つ一つ切ったので時間がかかり、更に疲れた。

 料理は全身使うからリハビリには最適かもしれない。細かい力加減も必要になるし、集中力も必要になる。これは奈菜を手伝う口実が出来たかもしれない。毎日作って貰って悪いとずっと思っていたから、たまに手伝わして貰おう。


「何してんのよ!」

 僕が肉じゃがを煮込み終わり、最後の味見をしていると奈菜がキッチンに飛び込んできた。

「何って晩御飯作り? 見てよ。時間はかかったけどちゃんと作れたんだよ。これで奈菜の負担を減らすことが出来るね」

 作った料理を見て奈菜は泣き出してしまった。

「――てるのね」

 奈菜が何かを呟いた。

「優弥も私を捨てるのね。私はもう要らないのね」

 そして、泣きながら出て行ってしまった。

 違うんだ。僕は奈菜の手伝いをしたかっただけなんだ。久々に作った料理を奈菜に食べて欲しかっただけなんだ。美味しいって言って欲しかっただけなんだよ。


 あれから2時間がたったが、奈菜は戻ってこない。もう夜の10時近い。作った料理は既に冷めきっている。

 携帯と財布を持って奈菜を探しに行く。何処にいるか全く見当がつかないので、近所の公園からまわってみるが奈菜の姿は無い。

 奈菜と一緒に行ったネット喫茶にも行ってみたが奈菜は来ていなかった。いったい何処に行ったんだ。

 ネット喫茶から出るといよいよ日付けが変わりそうなったので、一度家に帰ってみようと駅から家の方に向かう途中だった。如何にも不良ですという風体の男たち数人に囲まれて歩く奈菜がいた。何処に向かっているんだ。表通りから路地の方へ入っていった。そっちの方向にはファッションホテルしかないぞ。

 僕は痛む足を気にせず駆けだした。絶対に止めないといけない。あの不良たちを相手にするのは怖い。でも奈菜をあいつ等になんかに渡す訳にはいかないんだ。


「待て!! 奈菜を返せ」

 不良たちが一斉に僕の方を向く。

「奈菜ってのはこの女の事か」

 不良のリーダーっぽい男が奈菜を指して言う。

「こいつは自分から俺達に遊んで欲しいって言ってきたんだぜ。別に俺達から誘った訳じゃ無い。だから帰りなお坊ちゃん」

「奈菜、一緒に帰ろう」

「おいおい、無視すんじゃねえよ」

 そういって僕を殴る不良のリーダー。流石に不良だけあって殴られると結構痛かった、そして喧嘩慣れしているので、的確にダメージになりそうな所を何発も殴ったり蹴ったりしてくる。

「な、奈菜、か、え、ろう」

「放っておいてよ。もう私なんて要らないんでしょ」

「そうそう、この嬢ちゃんは俺達といい事して遊ぶんだから、お前は家に帰って寝てろよっと」

 不良の内の一人が僕の右腕を思いっきり蹴った。

 ボキッ。確実に腕が折れた音がした。

「ぐっ、腕が……」

 折られた腕をかかえて蹲る。

「へへ、折れたな。ざまあねえな。俺達の邪魔するからだぜ」

 うう、痛い。折角治ってきたんだけどな。これでふりだしに戻るのかな。

「なな、かえ、ろう」

 朦朧とする意識の中で最後に見たのは不良たちをボコボコにする奈菜の姿だった。

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