第30話 僕の再入院
またここか。
目を覚ました時に見えたのは数ヶ月前まで毎日見ていた病室の天井だった。そして僕の手を握って号泣している奈菜がいた。
「奈菜が運んでくれたの? 重かったでしょ。ありがとう」
「ゆう”やぁ。ごべんなざい。手が、ぜっがくよぐなっだのに。ううう」
涙と鼻水で顔をべとべとにしているからもはや何を言っているかも聞きとりにくいけど、どうやら腕の骨が折れたことを誤っているみたいだ。
ふと右手をみると、しっかりとギブスで固定されていた。やっぱり折れてたか。すごい音がしたもんな。骨が折れるとあんなにはっきりと音が聞こえるんだな。
「奈菜を止められたんだから、骨折くらい何でも無いよ」
「ごべんなざーい」
うーん。困ったな。奈菜に泣いて欲しい訳じゃないんだけどな。僕は奈菜には笑っていて欲しい。
「奈菜、僕は君が要らないなんて思っていないよ。元気がなかった奈菜に元気を出して欲しかったんだ。僕の料理で美味しいって笑って欲しかったんだ。だって、奈菜はいつも美味しい料理を作ってくれて僕を幸せにしてくれてるから」
「ゆう”やー」
奈菜が僕の首に手を回して抱きついてきた。
く、苦しい。完全に首が極められている。奈菜の腕をタップする。ギブギブです。
「私、優弥のそばにいていいの?」
僕の耳元で小さく呟いた。
「いいよ」
「私、ガサツだし、すぐ手が出るし、優弥が他の女の子と楽しそうにしてたら、すごく嫉妬するよ。それでもいいの」
「いいよ。奈菜がいない生活の方がもう僕も耐えられそうに無い。奈菜のマッサージは中毒性が高すぎる」
「なんなのそれ、私はマッサージ役として必要なだけなの」
「それも奈菜が僕に必要な一つだね」
「なによそれ」
そう言って奈菜はニコリと笑った。やっと見れた奈菜の笑顔。まだ満面の笑みでは無い、ぎこちない笑みだけど、今日はこれで満足だ。
それから暫くして奈菜は安心したのか、あろうことか病室の僕のベッドで寝てしまった。奈菜は一睡もしてなかったのだろう。僕が髪を触っているのだが起きる気配は全く無い。可愛い寝顔をしている。
「ここは病室なんでいちゃつかれると困るんだけど……」
僕が奈菜の寝顔を眺めていると宮家先生が病室に来られた。
「おはよう、南雲くん。救急車で君が運ばれて来た時はびっくりしたよ」
「お手数をおかけしたようで、すみませんでした」
「いやいや。これでも一応医者だからね。仕事だから全然構わないんだけど……」
「この手の事ですか?」
「気づいてたのかい?」
「先生が言いにくそうにしているので、そうなのかなと。ですので遠慮なくおっしゃってください」
「それはまいったな。だったら遠慮なく言わせてもらうけど、今回折れた骨が神経を切断しててね。動かないだろ。指」
「はい」
「たぶん、それはリハビリでは治らない」
「そうですか。もう動きませんか。仕方ないですね」
奈菜のために失ったんだ。後悔はないさ。
「まあ待ちなさい。諦めるのは少し早い。ここに僕が現在研究しているポリマーチューブで作成した人工神経がある。これを繋ぐことで動くようになるかもしれない」
宮家先生が何気にすごい研究をされているのに驚いた。
「研究中ということはまだ医療承認は得ていないという事ですか?」
「そうなんだ。研究は完了していて後は治験だけなんだ。だから南雲くん実験台になってくれない?」
実験台って。それに頼み方が軽い。
「いいですよ」
「そうだよね。駄目だよね――っていいの!」
このまま僕の手が動かなかったら奈菜が気にするに決まっている。だったら少しでも可能性があるのならばそれにかけるしか無い。
「いいですよ。実験台にでも何でもなりますので、絶対に動くようにしてください」
僕は無事な左手を先生の方へ差し出す。先生も左手を出して僕の手を握ってくれる。
「約束しよう。僕の全力をもって君の手を治してみせる」
「それとこの事は奈菜にも他の人にも内緒にしておいてください。心配させたくないので」
「分かった。それも約束だ」
宮家先生のその目にはいつものおちゃらけた感じはなく、真摯な目をしていた。いつもこんな感じの先生なら信用できるんだけどな。
「南雲くん、いくら個室でも病院でエッチなことは禁止だからね」
ほら、すぐにこれだ。
「しませんよ。って言うか、そんな事出来ませんよ」
「そんなの見たら全然説得力無いんだけど、そうなんだね」
僕のベッドで寝ている奈菜。確かに何を言ってんだこいつって感じかもしれない。
「最近の子にしては遅れてるんだね。あんなに献身的に尽くしてるんだから、てっきり経験済みなんだと思ってたよ。ごめんごめん。じゃあ僕は早速今から準備を始めるからもう行くね。手術は骨折が治った後だから3ヶ月から6ヶ月後くらいかな。じゃあね」
それだけ言うと先生は行ってしまった。余程僕がお願いしたのが嬉しかったのだろうか。
「あ、そうそう言い忘れてた」
と思ったら戻ってきた。
「ユー、早くやっちゃいなよ」
この人は急に何を言い出すんだ。するなって言ったり、しろと言ったり。そもそも奈菜は僕のことなんて……。
「明らかな好意を向けられているのに気付かない男は駄目男だよ。しっかりしなよ。鈍感勇者にならないようにね。じゃあね」
「……」
宮家先生の言葉に何も言い返せれなかった。奈菜は僕に好意を持ってくれているのだろうか。こんなに可愛い子が僕なんかに……。まさかね。
「優弥!」
病室の扉がガラガラドカーンとすごい音をたてて開いたかと思ったら瑞樹が飛び込んできた。どうやってここを突き止めたんだろうか。瑞樹の持つネットワークがあればそれくらい余裕なのかも。
「怪我は大丈夫なの? っていうか何があったの? 何でこの子がここで寝てんのよ」
「瑞樹、落ち着いて。奈菜が起きちゃうから。ちゃんと説明するから」
僕は奈菜が家を飛び出した事は説明せず、単に不良に絡まれて骨を折られたと瑞樹に説明した。そして奈菜が助けてくれたと。そこは真実だしね。
「ふーん。じゃあ今日の所はここで寝るのを許してあげるわ。チャン、いる?」
「はっ。こちらに」
えっ、何処から出てきたの。忍者?
「学校に連絡しておいて」
「承知いたしました」
そしてしっかりと見ていたのに、急に消えてしまった。それどうなってるの。セバス・チャンさん!
そして、僕の布団の中に入ってくる瑞樹。
「な、何してんの!」
「この子だけズルいから、私も一緒に寝る」
そう言われてしまうと、追い出すことも出来ない。
「瑞樹、学校行かなくていいの?」
「いいのいいの。どうせ2回目だから行っても暇だし」
えー。それでいいのかな。
まあいいか。とりあえず眠いから僕も寝よう。
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