第14話 奈菜SIDE 私と彼との生活
「ちょっと、その線からこっちには入らないでって言ったわよね」
彼との生活が始まって数週間、今の所、大きな問題は起こっていない。かと言って小さな問題が無いわけではない。
その一つがこれだ。それなりに広いリビングに引かれた境界線。これは彼と私の生活圏を決める境界線だ。
まあ、優しい彼も一応男の子だ。タイプは違っても私の様な可愛い女の子が横にいたら間違いを犯すかもしれないと思い、越して来た当日に勝手ながら引かせて貰った。その際にすこーしばかり私の方の陣地を広くしたのはご愛嬌ということで許して欲しい。一応、家主の彼に上座を譲っているのだから、これくらいは許して欲しい所だ。
これだけ気をつけていても、やっぱり彼も男の子だった。寝ている私に襲いかかってきたのだ。この黄金の右で黙らせてあげたけど、やはり男は狼ね。隙を見せたらすぐに襲いかかってきたのだから。
次は、お風呂ね。脱衣所の鍵がないの。これは覗かれたらたまらないから、ホームセンターで鍵を買ってきてつけたけど、こんな釘を打ち付けただけの鍵なんて、力ずくで直ぐに外せちゃうから、ほんの気休めにしかなってないわ。無いよりはマシだけどね。
最後にもっとも困ったのが、彼にデリカシーというものが無いことね。だって私が使った後のトイレに直ぐに入ろうとしたのよ。信じられる。ビックリして幻の左が炸裂しちゃったわよ。
こんなデリカシーの無い男の子を好きになんてなるわけないじゃない。康介さんも何を考えてあんな条件だしたんだか。
この家に住まわせてもらう代わりに家事と彼のリハビリの手伝いをするという契約になっている。でもそれは私が望んだこと。一日でも早く彼を普通の生活に戻してあげたい。何の不自由もない普通の生活に。そのためにここに住み込んでいる。
今日もいつもの日課になっている、就寝前のマッサージを行う。流石に半年以上しているので、私も慣れた。既に彼の体に触っただけで何処が疲れているのかはっきりと分かる。もっと言うと、触診しただけで、調子の良し悪しまで分かる様になってしまった。私は既に彼に関しては主治医よりも彼の体を知り尽くしていると言える。
力加減についても寝ているときは分からなかったが、今は意識があるので、彼の反応でどの程度が好みなのか把握できている。
最近はマッサージの途中で彼が寝てしまうようになった。今日も寝てしまったので、布団をかけて部屋を出る。
「おやすみ。南雲くん」
「なんで貴方が優弥の家にいるのよ」
うん、そう言われると思ってたよ。彼女なんだから当然よね。
「み、瑞樹、彼女は家政婦さんとして雇ってるんだ」
「家政婦? 高校生なのに? ちゃんと出来るの?」
私を見た目で判断されると困るわね。クッキングパパを読んで更に実力があがったこの料理を食べてみるがいい。
という事で、昼食を振る舞ってあげた。メニューは定番のオムライスだ。
「どうぞ、お嬢様。召し上がれ」
「ぐっ。これで勝ったと思わないことね」
食べ終わった、水瀬さんから捨て台詞を頂いた。ふ。勝ったな。
「優弥。私がもっと完璧な家政婦を雇ってあげるから、この子を解雇してよ」
この女、可愛い顔して結構言うな。気持ちは分かるけど。私ももし彼氏がいて、他の女と一緒に暮らしてたら、追い出したいと思うだろうし。
「後見人を介して契約してるから無理だよ。双方の合意が必要なんだよ」
「そういう事でございます。お嬢様。諦めてくださいませ。彼のお世話は私にお任せください」
「優弥。あの女が苛めるの」
まあ、見事なぶりっ子ですこと。
「七瀬さん、瑞樹と喧嘩しないでください。瑞樹も七瀬さんを困らせないでよ」
「七瀬さん――ね。これなら大丈夫そうね。所詮その程度の関係か。安心したわ」
何、この子。私に喧嘩売ってるの? そうなのね。上等じゃないの。
「優弥。私の名前知ってるわよね」
「どうしたの急に」
「べつにー。私達同級生じゃないの。名前で呼ぶのが普通よ。ね。そうよね」
「普通って、別にどっちでもいいような――」
「名前で呼ぶのがふつうよね」
「ひぃ、はい。普通です」
「呼んでみて」
「いや、急には――」
「呼べ!」
「ひぇ。な、奈菜さん」
「あ゛ん」
「奈菜」
そう、それでいいのよ。
「なあに。優弥」
水瀬さんの方を見ながら優弥に返事する。水瀬さんが悔しそうな顔をしている。ふ。勝ったな。
その後、水瀬さんが帰り、二人きりになって、優弥に名前を呼ばれて急に恥ずかしくなってしまった。よく考えてみると異性を名前で呼ぶのも、呼ばれるのも初めてのことだった。水瀬さんにカチンときてやってしまったけど、これは無かったわね。滅茶苦茶恥ずかしんだけど。
康介さんとの約束どおり、彼の通う高校の編入試験を受けた。自慢では無いが私はかなりの進学校に通っていたので、あの程度の試験は余裕だった。ネット喫茶で暇だったので、ドラゴン桜を読んで勉強した私の敵ではなかった。
彼と同じ高校に通うことは内緒にしている。ちょっとしたサプライズだ。学校側には私は彼の親戚ということにして、彼のサポートの為に同じ教室にして貰っている。これには康介さんにも協力して貰った。
週明けから一足早く私は学校だ。彼にバレないように制服には学校で着替える準備をしている。
ふふ。教室で私を見た彼の反応が楽しみね。
サプライズが成功してよかった。彼の驚いた顔、いい顔してたわね。
今日は久々の学校で疲れたのだろうか。いつもより早く彼は寝てしまった。かわいい寝顔。彼のさらさらの前髪に触れる。
それにしても、今日の私はどうかしているわ。
どうして、彼が目を反らしただけでムッとしてしまったのだろうか。
どうして、彼に褒められたのがあんなにうれしかったのだろうか。
どうして、こんな格好で彼の前に来てしまったのか。
どうして、どうして。
あれ、今何時。私何してたんだっけ。あ、優弥のマッサージしてて寝ちゃったのか。
ひゃあ。私、何てことしてるの。
優弥の部屋で寝てしまった私はあろうことか優弥を抱きしめて寝てしまっていた。私の胸に顔を埋めている優弥。しかも私の服ははだけてしまっている。
あう。なんて状況。私が先に目が覚めてよかった。こんな格好見られたら軽く死ねるわ。
優弥が起きないようにそっと抱きしめていた彼を離し、布団をかける。
「奈菜――」
ビクッ!!
なんだ、寝言か。びっくりした。止めてよね。
「――好きだ」
うえぇぇぇぇ。何言ってんのこいつ。
私はその場を逃げ出した。
「奈菜の作る甘い玉子焼、好きだ。ムニャムニャ」
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