第13話 奈菜SIDE 私の契約

「南雲君、ごめんなさい」

 翌日、彼の病室を訪れて、まず彼に謝罪をした。当然だ。こんな重大な怪我を負わせてしまったのだから。

「南雲君を撥ねて大けがをさせてしまったのは、私のお父さんなんです。本当にごめんなさい」

 私の謝罪に対して、南雲くんは父さんが謝罪に来いと怒りを露わにした。

 当然の反応だ。私でも目が覚めて体が動かないような怪我を負わされたら、怒るだろう。物を投げつけられてもおかしくない。もし彼の体が自由に動けば投げつけられていたかもしれない。

「お父さんは来れません。だから私が代わりに謝ります。私がリハビリのお手伝いもします。きちんと社会に復帰できるまでお手伝いします」

 お父さんは私を残して死んでしまったから。もう私しか償うことができる人はいないのだから。

「だから君の謝罪なんていらないんだよ。もう出ていってくれ。もう来ないでくれ」 

「私だって、私だって、来たくて来てるんじゃないわよ!」

 限界だった。私だって学校で友達とくだらない話ではしゃいでいたかった。部活だって続けたかった。誰かと恋もしたかった。でも、もう私しかいないから。私しか償うことができる人がいないからしてるだけよ。

 もう来るなって言うなら来ないわよ。


「あーあ、明日から何しようかしら」

 彼の所を飛び出して、今日の寝床のネット喫茶に戻ってきた。もう半年近く通っているので、店員さんの顔と名前まで覚えてしまった。向こうも同じだろう。毎日別の店に移動しているけど、たぶん家出娘だと思われているだろうな。

 明日から、本当にすることが無くなっちゃった。私、空っぽね。

 読みかけだった、漫画を持ってきて読む。いよいよクライマックスだというのに全く面白く感じない。

「何であんな事言っちゃったかな」

 私は謝る側なのに、彼にあたっちゃ駄目でしょ。明日、もう一回ちゃんと謝りに行こう。


 翌日、彼の病室へ行くと、ちょうどリハビリに向かう所だった。

「南雲くん、昨日はごめんなさい。やっぱり、リハビリを手伝わせてください」

 やはり、あのまま逃げて何もしないという選択はできなかった。宮家先生からの勧めもあって、何とかリハビリのお手伝いをできることになった。


 初めてリハビリの現場を体験したが、想像以上の過酷さだった。彼の手を療法士の先生が掴み無理矢理動かす。そのたびに癒着の剥がれるメリメリという音と彼の悲鳴が聞こえてきた、凄まじい激痛なのだろう、目には涙も浮かんでいた。

 痛みに耐える彼の姿に心臓が張り裂けそうに苦しかった。

 ごめんなさい。南雲くん。


 リハビリによって熱を持った体をマッサージで痛みを和らげてあげる。私にはこれぐらいしかできないけど、少しでも痛みが無くなって欲しい。

「七瀬さん、ありがとう。さっきまで死ぬほど痛かったのに、大分よくなったよ」

 よかった。少しは彼の助けになれている。


 マッサージが終わった後、彼と話していると彼の弁護士が来て、ちょっとした口論になってしまったが、彼はお父さんの事を訴えないと言ってくれた。

 あんなに酷い怪我を負ってしまったのに残された私の事を気遣ってくれる優しい男の子。

 そういえば、目が覚めたときも私が泣いている事を一番に気にかけてくれた。

 そんな優しい彼に、この先長いリハビリ生活をさせることになる。でも私は彼に何も返す事ができない。だったらこの体で返すしかないわ。しっかりリハビリのサポートしてみせるわ。

  

 えっ、南雲君、彼女いるの! 全くの予想外。まさか彼女がいるなんて。

 しかも滅茶苦茶、可愛い子だった。私と違って清楚系で、艶のある黒髪を肩口まで伸ばした如何にも良い所のお嬢様の様な子だった。

 南雲くんはこんな子がタイプなのか。私とはまるっきり正反対のタイプね。

 彼女がいるのであれば、私が彼に触れてたらいけないわね。向こうも怒ってるみたいだし。

 と思ったけどやっぱり駄目。彼女には南雲くんを任せておけない。せっかく良くなった体を壊されてしまうわ。マッサージは私がやらせて貰いますからね。


「康介さん、今回はお父さんの遺産を取り返してくれてありがとうございました」

 今日は、私の未成年後見人になっている叔母さんの監督者としての異議申立てを裁判所に行い、その結果が出た日だった。無事、私の申立は可決され、叔母さんは私に資産を返す事が決まった。併せて、私の後見人に康介さんが名乗り出てくれて、そのまま資産管理をお願いすることにした。

「気にしなくていいよ。これはボランティアみたいなものだからね。僕の息子も君たちと同じ様に親が亡くなってね。養子にした子なんだよ。それでね、その子の子供、つまり僕の孫がさ、滅茶苦茶可愛くてさ――」

 また、康介さんの孫自慢が始まってしまった。もう聞き飽きるくらい聞いているから勘弁して欲しいものだ。


「――でさ。おじいちゃん、大好きなんて言ってくれるの」 

「康介さん、折り入ってお願いがあるんですが……」

「なんだい? 家の事かい? 今探している所だからさ、暫くホテルに――」

「その事なんですけど、部屋探さなくていいです」

「どういう事だい?」

「私、南雲くんの家で住み込みでお世話しようと思います」

「んー。本気かい」

「はい」

「一応、彼も男の子だよ。襲われるかもしれないよ」

「構いません。彼くらい撃退できます」

 別に良いわ。もし襲ってきたら返り討ちにしてあげるわ。ボクシング漫画で覚えたガゼルパンチで……。

「本気みたいだね。でもね後見人の立場としては、許可できないんだよね。未成年どうしの同居なんてね」

「お願いします。彼の側でサポートしたいんです」

「どうして? もう君がそこまでする必要は無いんだよ。彼も訴えないと言ったわけだし。元の生活に戻ることだって可能だ」

「私、気づいちゃったんです。私にはもう何も無いんです。やりたいことが。唯一、彼を治すことだけが今の私がすべき事なんです」

「でもね。万が一間違いがあったらいけないんだよね」

「仰ることは分かります。でも、彼にはサポートが必要だと思いませんか」

「いた方がいいだろうね。というか、必要だろうね」

「幸い私は今のところ住む家もなければ、仕事もありません。家事も得意ですし。彼のサポートの仕方も分かります」

「分かった。じゃあ、条件を出そう。半年間。半年間二人で暮らしてみて、彼の事を好きにならなければ、引き続き同居を認めよう」

 そんなの余裕じゃないの。好きにならなければいいんでしょ。

「はい。大丈夫です。私は彼のサポートをして、早く社会復帰して欲しいだけです」

「もう一つある、きちんと高校に通って卒業すること」

 そ、それは。もう退学届出しちゃったからな。

「はい。これ見て」

 康介さんから、一束の書類を渡される。

「これは?」

「優弥くんの通っている学校の編入試験予想問題だよ」

 何で今、その書類が準備されてるのよ。それにどうやって、試験の予想問題を準備したの?

「なるほど。彼と同じ学校に通えば、学校の方でもサポートできますね。最初から私にサポートさせるつもりでしたね」

 学校が始まれば、そちらにいる時間の方が家にいる時間よりも長くなる。サポートが必要な場面も出てくるはずだ。

「この2点の約束が守れるなら、協力するよ」

「分かりました。お約束します」


 こうして、本人不在のまま、彼の家で私が住み込みで働く事が決定した。

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